第76話 ロペジア・アポカリプス#4
管理者が「自分の仕事」に費やせるのは、手持ちの時間の3分の1に満たないという統計がある。
それ以外を占める「他人の仕事」のための時間、定例会、報告会、検討会、審議会、、といったもの。
伝統的に重要であると信奉され、確かにそれなしでは立ち行かない一面もあるが、
費やした時間に比して得られるものは往々にして希薄であり、余りにも長い拘束が、参加者の活力を削ぎ取っていく。
特にルピナスを消耗させたのが、決裁者である取締役に対し、業務の計画や現状、発生した問題への対策といったことを報告し、承認を取りつけるプロセスだった。
その手の会議では多くの場合、彼自身がその妥当性や、正義すら信じてはいない考えを、自らの言葉で、彼自身の信念として他人に説明し得心させなければならなかった。
いっそ本心を、計画の破綻や、より重大な問題発生の懸念といったことを語れたらどんなに楽だったろう。
しかしそれは許されなかった。
そういった現場レベルの課題は、報告者が自らの責任において予め解決しておくべきことであって、御前会議の場で求められれている内容ではなかった。
会議に翻弄されている間にも、日ごと設計部に届く発注仕様書の枚数は増えるばかり、
負荷軽減の手を打とうにも、部下の協力が得られないのではルピナスは手足を
やがて恐れていた通り、納期遅延、設計不良といった深刻な問題が発生するようになっていった。
そうすると、それらの問題の総括と、再度の問題発生の未然防止のための分析、計画、報告といったことに、より多くの時間を使わなければならなくなった。
たまりかねたルピナスは、直属の上司である部門長に窮状を訴え、助けを請うた。
ところが部門長は、相談内容とはほとんど無関係な、状況報告のまとめ方のような枝葉末節に、
予想だにしなかった指摘と、宿題までつけてくれて、彼を励ましただけだった。
これまた今にしてようやくルピナスは、社員たちが自分との間に置きたがる不可解な距離を理解した。
上司を自分の仕事に近づけてはならない、困りごとは、それを隠すことがあったとしても、間違っても上司に持ちかけてはならない。
相談しても、彼らは余計な仕事と厄介事を持ってくるだけだ。
それを、社員たちは肌身に染みて知っていたのだ。
縮小均衡的な、次第に窄まる渦にはまり込んで抜け出せないような感覚のなか、
ルピナスはただ呆然と、職場を覆う暗澹の渦を眺めることしかできなくなっていった。
上司である取締役たちは、自分の指示がたちどころにして整然と実現されることを期待し、
実現に伴う多くの困難や矛盾、必要な妥協やそれでも訪れる限界といったことは、部下が責を負うものとして取り合わなかった。
自分への報告用に美しく仕立てられた、都合の良い話しか聞こうとしない。
部下である社員たちは、自分たちの生活と自己実現、さまざまな欲求に関して、会社に全責務があると信じ、
あたかも宗教上の神と人との契約のように、会社の指示に従ってさえいれば、当然にして安楽と幸福がもたらされることを期待している。
それ以外の自分たちの振る舞いなど、考えてみることもしない。
思えば企業とは小なりといえ一つの世界であった。
世界が公正であり力強く心地よいことを望みつつ、世界が背負う苦悩の負担を拒否して顧みないという点で、彼らはとてもよく似ていた。
それは若い苦悩するルピナスにとって、世界の終末を見る思いだった。
公平のために記するならば、
彼が身を置いた組織が、求められる働きが、他と比べて殊更陰湿で苛烈なものであったという事実はない。
歴史ある大企業にはよくあるように、その組織運営に旧態然と硬直したところがあったとしても、
そのような企業に属する社員の殆どがそうであるように、その精神に組織に対する依存を含んだところがあったとしても、
だとすれば組織とは、人とは本来そういうものなのだ。
人と人とが共に働く上で不可避の歪みであり、不合理なのだ。
実際、ルピナスの悩みを知れば、上司にあたる取締役はびっくりして、彼を苦しめるつもりは毛頭なく、一重に、有望な若手社員の成長を願っての采配だったと言っただろう。
ルピナス自身も、時に上司から叱咤激励を受け、部下の不満をぶつけられることがあっても、そのことに苦悩したわけではなかった。
彼らはただ粛然と、ルピナスが自らの任務を全うすることを期待しているだけだ。
取締役は魔王ではないし、部下たちも
頭では分かっていても、そして自分に何度言い聞かせてさえ、彼にはそのように思えてならなかった。
そして差し詰めこの俺は、苦悩の差配人といったところか。
今やルピナスは、能力や資質はおろか、
自分の良心や、過去に成し得た仕事の価値までも、信じることが出来なくなっていた。
彼が心の拠り所とした、部下のための上司であろうとする信念。
彼らの働きやすさ、働きがいのために奔走し、時には会社側と対立さえした日々。
しかしそれらは本当に、当時そう信じていたような、自分の良心から生じたものだったのだろうか?
むしろ、部下との良好な関係を築きたい、彼らをより良く働かせ、それによって自分の周囲の、居心地のよい空間を維持したい、そんな利己的な動機にすぎないものだったのではないか。
だとしたらそれは、正義感とも、人格の高尚さとも、上司としての資質とも、何ら関係がない。
みじめでならなかった。
成果もさることながら、信念が、矜持こそが、どれほど辛い時にも彼を仕事へと駆り立てる原動力だった。
しかしそれらが独善であり、博愛に見せかけた卑しい欺瞞であるとしたら、いったい彼は何を支えとして、この苦しみに満ちた職に留まることができるだろう。
作業場監督の1年目の、何倍のも長さに思えた設計部管理者の2年目を、ルピナスが勤め切ることはなかった。
彼自身がその心にどう始末をつけたものか―――悲しむべきか、憤ればよいのか、或いは恥じ入るべきか、
判断のつかないわだかまりを抱えて、ルピナスはその職を辞した。
なお、余録として。
設計部の窮状に際してルピナスが目論んだ施策は、一定正しかったことが後に証明される。
企業運営の顧問として、産業の合理化を推進する特命員たちが、翌年本社から、この製罐会社に派遣されてきた。
設計作業の一部を電算化しようとしたルピナスのアイディアを踏襲、更に踏み込む形で、
彼らは設計のみならず、資材調達から作業場での製品製作工程までを一気に電算管理とする計画を推し進めた。
これにより人間は、設計の意匠や、熟練の技倆を発揮する必要もその余地もなくなり、
機械の正常な稼働を監視し補佐する、見守り役に過ぎなくなった。
大量の職工が、その必要を失って職を追われ、設計部社員の大半は、別の事務所へと移っていった。
ルピナスが愛し、運営に情熱を注いだ職場の姿は今や影も形もない。
ルピナスの考えたことは正しかったが、その結果は忌まわしいものだった。
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