もうひとつの探求

第26話 多様で広大な地平#1

「心療探査・・・ですか?」


「そう、、だが、治療を受けてもらおうというわけではない。

その心理学教室の教授が、君に話を聞きたいと言うんだ。」


男遊びというか、男で遊ぶのにも行き詰まりを感じてきたころ、

クリプトメリアが妙なことを言い出した。


「経緯を正しく話さなければな。

彼は学生時代からの悪友でね。

実は既に何度か、あなたのことで相談をしていたんだ。


私は、この通りの賤しく浅はかな人間だ。

人に接するあるべき姿というものが、この歳にして恥ずかしながら、さっぱりわからん。

トワトワトの初めの頃――お父上のことで苦しんでいるあなたを見ても、

どうして良いかわからず、見て見ぬふりをしていたような男だ。


今のあなたに何をしてあげればよいのか、

たとえば言ってはいけない言葉は何か、食べ物は何がいいか。

いや、笑わんでくれたまえ。

そういったことを知りたくて、あなたのことを話して、そいつにアドバイスを求めたんだ。


しかし、何と言うか、学者なんてアテにならんものだな。

要は私に出来ることは何もないと言うわけだよ。

心の働きは、しおれた花に水をやればしゃんとするようなものではない。

食い物がどうかとか言う時点でお前のやることは見当違いだから、余計な事はするな、と言うわけだ。


ところが、その、、君とアマロックのことを話したら、奴は興味を持ってね。

君と話がしたいと言うんだ。

私は知らなかったんだが、心療探査というものは実に広範な学問で、自然科学の分野で喩えれば、

物理学から生物学の範囲までカバーするような、多様で広大な地平であるらしい。


どうも私は、花の雌しべの構造が知りたくて、天文学者の門を叩いたようなものだったらしい。

そいつの専門は、多重的心象領限の構造がどうとかで、

学問上の関心から、魔族と関わりを持った人間の話が聞きたいと言ってきた。


私は初め、勿論断った。


その魔族に関わったせいで心に消えない傷を負った、それを癒やしたいと言っとるのに、

その傷跡を抉り返そうとはどういう了見だと、奴をぶん殴ろうかと思った。


だが彼は、それこそが傷を癒す方法でもあると言う。

自分のことを人に話すことで、魂は救われるのだと。


私には良くわからん。


心療探査というもの自体、実はあまり信用はしていないんだ。

心という土台目に見えないものを、おしゃべりをしたり、何だか絵を描いてみたり、

そんなことで捉えることが、導くことが本当に出来るのかと。

私だったら、他人に自分の心を覗かれたいとは思わん。


だがそれによって少しでもあなたの気持ちが楽になるなら、無駄ではないのかもしれない。

それに、奴も経緯を詮索する気はない、あなたが話したいことを、話したいときに聴くだけだ、と言っている。


どうする?会ってみるかね?」


アマリリスはくすりと笑った。

断りもなく人に話したことを、クリプトメリアは詫びたが、少しも悪い気持ちはしなかった。


何ともクリプトメリアらしい、不器用な気遣いだった。


それ以外のことでは実に決断が早く、泰然としているのに、

こと人との関わりになると、まるでどうして良いか分からず、

言わなくても良いことをたくさんしゃべった後に結局人に判断を委ねる。


むしろクリプトメリア博士のほうが、

何か大きな心の負債を抱えているんじゃないかしら?

そんな想像がよぎった。


さて、翻って彼の提案を検討してみると、

アマリリス自身は、特に自分が、たすけを必要とするような心の状態にあるとは思っていなかった。


アマロックのことも、あえて考えないようにしていたし、最近は思い出さない日も多い。


しかし、そしてあんなひどい裏切りに遭ったというのに、

思い起こされるのは、不思議と澄んだ、楽しい日々ばかりだった。


折角博士が気を遣ってくれていることだし、

そろそろアマロックとのことを整理しておくのもいいかも知れない。

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