エレオノーラの影を追って
第5話 正義の怒りをぶつけろ
「あ、おはようございます……」
次の日、夜起きて僕はヴィオラさんと目を合わせられなかった。あの時の、何が起こったかわからないまま子供のように泣きじゃくったあれがとても恥ずかしかったからだ。
「おはようございます、クルス様」
けれどヴィオラさんはいつも通りで、恥ずかしいのは変わらないけど少し安心した。
「えっと、」
今日は何からやりますか。そう聞こうとして、僕はその場に崩れ落ちた。少し立ち眩みがして、頭が痛い。
「あ、れ……?」
「大丈夫ですか?クルス様」
「はい……けどちょっと気分悪いかもしれません」
「今日は雨ですから、あまり無理なさらないでください」
雨。そういえば吸血鬼の弱点に流水があった事を僕は思い出した。てっきり全く動けなくなるかと思っていたけれど、どうやら低気圧が苦手な人と同じような感覚らしい。ちょっと意外。
「普通の吸血鬼であればもちろん動けなくなる者もいますよ」
ナチュラルに心を読んできたヴィオラさんがそんなことを言う。
「そうなんです?」
「ええ」
「そうですか」
「……」
「……」
やっぱり、どうにも気まずい。
「あの、」
「昨日の件でしたら私は気にしておりませんよ」
「あっ、〜〜ッ!人の心に土足で踏み込まないでくださいよ全く」
「あら、お顔に全部書かれてたものでしたから、隠しているとは気づきませんでしたわ。ごめんあそばせ」
「なっ」
僕は咄嗟に顔を覆う。そんなに分かりやすくかっただろうか。
「ええ、とても」
「ぐ、うぅ……」
どうしようもなく唸るしかできない自分が情けない。けれど、なんだか自分が勝手に張っていたヴィオラさんへの壁は少し薄くなった気がする。
——————
夜食と言う名の朝食。
空に浮かぶ月をぼんやりと見つめながらの食事にも段々と慣れてきた頃、僕に少し異変が出てきた。
ご飯を食べ終わってしばらくぼぅ、っと天井を眺めていると、目の端に何か動くものが見えた気がしたので顔をそちらの方へ向けた。
そしたら何が見えたと思う?
人形を持った女の子が恨みの籠もった表情でこちらを見つめているんだ。それも自分、もといエレオノーラの部屋で。
「えっ?……ッ!!」
僕は驚きのあまり飛び上がって、そのまま膝を机の角に強打した。
膝の激痛を抑えながらもう一度女の子の方を見ると、そこには誰もいなかった。
代わりにヴィオラさんがこちらを不思議そうに見つめている。
「……クルス様?」
「な、なんでもありません」
恥ずかしさをかき消すために付いてもいない膝の埃を払うそぶりをしてみる。
「……ヴィオラさん、エレオノーラは生前変な幻覚を見たりとかしてませんでしたか」
「幻覚、ですか?」
「例えば人形を持った女の子とか」
ヴィオラさんの眉がピクッと動いた。
「知ってんですね?」
「……エレオノーラ様は長い間ご自身のお父様について心を痛めておりましたから。幻覚の話は私も聞かされたことがありませんが、恐らくは」
エレオノーラについて、いくつか話を聞くことができた。さっき見た女の子について、昔エレオノーラは泣きながらヴィオラに話したことがあったらしい。
連合国への侵攻の際、エレオノーラ率いるドラゴン騎士団はその先鋒として駆り出された。そこで激しいゲリラに遭い、敵兵と民間人が区別できなくなった隊は無抵抗な民間人まで殺さざるを得なくなったらしい。
半ば錯乱状態で暴走した強い力はエレオノーラの指揮を外れ、目の前で殺戮を始めたと。男も女も関係なく、母の亡骸にすがりついて泣く子どもでさえ、部隊員は容赦なく後ろから刺殺したらしい。
エレオノーラは部隊を統率仕切れなかった自分を悔いて、自分にも他人にも厳しい態度を取るようになった。
多分その時の、体に刻み込まれたトラウマが幻覚を生んだんだと思う。
「そんなの、不条理ですよ」
話を聞いて湧き上がってきたどうしようもないこの怒りを、どこにぶつけたらいいだろう。
「僕、決心がつきましたよ」
これは言われたからやるんじゃない。僕が今までの短い人生を生きてきて、初めての能動的な判断だった。
「貴女に言われたから仕方なくやるんじゃありません。僕にやらせてください。エレオノーラの代わりを」
こんなこと言わなくたって僕がエレオノーラの代わりなのは決まっていたことだったけれど、言わなければ気が済まなかった。
エレオノーラの無念を晴らすなんて立派なことを言うつもりはないけれど。
僕の勝手なこの怒りを正当な場所へぶつけたいが為に、僕はエレオノーラを演じることを決めた。
冴えない僕は吸血姫〜パッとしない学生の僕は最強美少女になって世界を変える〜 月咲 幻詠 @tarakopasuta125
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