fighter2.5:悪夢からの目覚め

 冷たく暗い闇の中、幼い私は寂しく彷徨い、一人歩いていた。

「ひっぐ、ひっぐ、ううう…」

 何もない筈の闇の中から痛くて鋭い視線と耳障りな罵詈雑言ことばを受けていた。

「来るな化け物! こっちまで傷つきたくない!」

「痛えよぉ! 化け物のせいで、化け物のせいで!」

「何が空手だ! お前がやると、ただの暴力だ!」

 私はただその罵詈雑言ことばに打ち拉がれるしかなく、俯いた顔から大粒の涙を流し、泣き続けていた。

「ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさい」

「泣かないで下さい。」

 その時、今までの声とは違う優しい声に気付いた私は見上げると、そこには淡くも眩い光を放つ焔に包まれた少女が立っていて、私に手を差し伸べた。

「一緒に行きましょう。約束の為ではない、あなたの為に。」

 私は差し伸べられた手を掴み、ゆっくりと一歩ずつ踏み出し、やがて、歩いていた。

 周りの視線罵詈雑言ことばは彼女に見惚れて、聞こえなくなり、二人の優しい時間が続いた。


「んん、ふわぁぁぁ…。」

「奈緒! お母さん、やっと目を覚ましましたよ!」

「あら、良かったわ! 後でお水や甘いものを持って来るからね! そこで待ってなさい!」

「はい、分かりました!」

 そして、畳の上の布団から目が覚めると、自分の部屋に彼女、蓮火がいる事にやっと気付き、これまでのことを思い出した。

「確か、私は蓮火に負けて、そのまま眠って…ああ、悔しい! あの時はいけると思ったんだけどなぁ!」

「ドンマイです、奈緒。私から見ても、あの一騎討ちは一手間違えただけでも、勝ち目が薄かったと思います。」

「そんな他人事みたいに…ああ、やっぱり悔しい!」

 目覚めの言葉が悔しいなんて、我ながら可笑しくて、笑えてしまう。

 そんな私を見た蓮火は何か不安気に顔を硬らせて、私の目を見る。

「何、どうしたの? 勝ったのにそんな緊張して?」

「奈緒、これからも私と闘ってくれますか?」

 その言葉を聞いて、私はハッと気付いた。今まで、私は自分の暴力性を恐れて、空手から離れて、蓮火の約束を一度は裏切ってしまったことに。

 だから、彼女は怖くなっているんだ。私と同じ暴力性を秘めながらも、私と共に闘って分かり合えるのを失うことを。

 そう気付いた私は彼女を元気付けようと、勇気を出して、言葉にした。

「あったり前でしょ! これからもずっと、蓮火の戦友しんゆうでしょ! それに負けっぱなしだと空手馬鹿少女の名が廃るってね!」

「奈緒…! うっ、ひっぐ、ひっぐ!」

「ちょっ、何で泣くのよ!? 私、空手は辞めない…というか、再び続けようと…」

「だから、嬉しいんです。これからは一人じゃなく、大切な誰かと一緒に闘えるから…ひっぐ…」

 夢の中の蓮火は強く、優しいはずだったけど、今はまるで逆、だから、私が彼女を支えよう。

 そう思った私は泣き虫の戦友しんゆうを優しく抱いて、背中を摩り、受け止めた。

 すると、蓮火は釣られて、強く抱き返すけど、さっきの闘いで痛めた身体に更なる激痛が走り、苦悶した。

「痛たたたたた! ちょっと待って…! 身体が痛過ぎて…!」

「すっ、すみません! 嬉しくて…つい…ぷっ、ふふふ。」

「ふふふ…あはははははは!」

 緊張が解けた私たちは互いに笑い合い、これからの楽しい闘いを信じた。

 そして、私は不意に聞いた。

「ねぇ、教えてよ。あなたの強さの秘密を…」

「はい、教えます。私の強さの原点、鬼門の血を持つ一族の話を…」

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