第20話 建前なんてもんはドブにでも捨てておけ
十二月の街はキラキラしている。
俺はそんな中、ロイヤルホストでサーロインステーキにナイフを入れた。ギリ、と肉の筋に刃が引っかかる。端から丁寧に切って、一口、口に入れる。
柔らかい、アメリカ産の肉は、和牛とはまた違って、噛み締める歯ごたえが心地いい。
口の中は美味しいのだが、目の前の人の視線が気になって、正直それ所では無かった。
昼下がり、少し空き始めたファミレスで、リョージさんもギコギコと肉を切っている。
「俺の奢りだからさあ、何でも食えよ」
「いえ……自分の分は払わせてください」
じろり、と目線が刺さった。
ガツッとフォークに歯が当たる音がする。リョージさんはステーキを噛み砕きながら、値踏みする様に俺を見た。
「俺に話って何?」
そっとフォークとナイフを置いて、リョージさんに目線を合わせる。後で食べるから許してくれと、心の中で熱々のステーキに謝った。
色々言い訳は考えたのだ。
大学を受験するとか、先生に怒られたとか、それらしい嘘をつくのは簡単だ。でも、奏多さんに言われた事が、それを口に出すのを許さない。
『人を騙すのって凄く難しいんだよ。喋らないか、誠実に話すか、どっちかだと思う。……』
「……俺は、ヤクザにはなれません。それをお話しなくてはと思って、今日お時間をいただきました……」
目の前で、ステーキがギコギコと切り落とされている。自分もそんな風に、何処か切り落とされる瞬間が来るかもしれない。冷や汗が流れた。
でも、今何とか話さなくては。闇の住人とならず、太陽の下で生きるために。
「……なるほどねぇ……誰かに入れ知恵されたか?」
「されていません。ずっと言わなきゃ行けないと思っていましたが、中々切り出せずに居ました……」
俺はぐっと頭を下げる。
「お世話になったのに、申し訳ございません」
顔を上げずに、リョージさんの言葉を待つ。視界の隅で、ナイフが置かれるのが見えた。
「まあ頭上げろよ」
促されて、顔を上げる。リョージさんはニヤニヤしていたが、目が笑っていない。
「…………」
「変な言い訳しなかったのは褒めてやる。もうちょい深いとこが聞きたいね俺は。何で暴力団はダメなんだ?」
頭の中で悲鳴が聞こえた気がした。
『何であんたはそうやって私の事困らせるの!?私が後で何て言われるか分かってるの!?』
母さんが泣いている。前妻は家柄の良い人だったが、上の兄を産んでしばらくして、愛の無い結婚に病んで出ていってしまったらしい。
その後、後妻に貰われた母が産んだのは、βの兄だった。親戚に陰口を叩かれながら、αの連れ子とβの実子を育てて、その後お腹に出来たのが俺。
兄はβだったが、母にとても過保護にされていたと思う。父方はα系で繋いできた家系だ。兄を親戚の悪意から守りたかったのかも知れない。
俺はと言えば、母からしたら、やっと生まれたαの子だった。力の無い母を守る為の、盾となる存在。
「……俺は、出来の悪い息子で、散々母親を泣かせてきました。これ以上何かあれば、母が壊れてしまうかも知れないんです……暴力団を軽蔑したりしている訳ではありません、でも、俺は母を守らないといけないんです……すいません、今はそれだけです」
大学に行こうとか、ちゃんと就職しようとか、色々あるけど結局は言い訳だ。俺は本当にやりたい事なんて見つけていない。
ただ、優しくて良い子だと言われたかった。
カナタさんにも、結局母を重ねて甘えているだけなのだ。本当はとっくに気が付いていたけど、あまりにも自分が子供で、情けなくて、認められなかった。
ふと、リョージさんが窓の外を見る。
街はまだ明るかったが、街路樹のイルミネーションがキラキラと光っていた。道行く人の表情も、不思議と楽しそうに見える。
「俺は母ちゃん居ねえから理解はできないがなあ、まあクソみたいな嘘言わなくて良かったよ」
クリスマスにはしゃいだ風景の中に、見知った顔が居たような気がした。
真っ黒な髪をすっきりとセットして、猫のような瞳を細めて、洗練された、黒いロングコートに革靴。
そして、隣には女性。
カナタさん。
髪の長い、スラリとした美人と腕を組んだカナタさんは、いつもの柔和な雰囲気ではなく、都会的な大人の男だった。
腕を組むと言ってもベタベタした感じでもなく、道路側を歩き、エスコートする様に歩いている。その表情は穏やかで、女性を優しく見守って居る様だった。
俺は目を逸らした。見てはいけないものを見てしまった気がした。
そうだ、Ωと言っても、カナタさんだって男だ。彼女が居ても全く不思議では無い。
「まあいいや、カケルも大方そんな感じだろ?」
はっとしてリョージさんを見る。からりとした笑顔は得体が知れない。
「……俺からは、何とも」
「まあいいよ、ちょっとどうするか考えるから、また呼ぶわ。……呼んだら来いよ」
「……はい」
やはり一筋縄ではいかない。
リョージさんはいつの間にか食事を終えて、伝票を引き抜いて席を立った。俺も慌てて立ち上がる。
「俺も払います」
「ゆっくり食ってから出ろ。ガキと飯代割り勘するとかクソだせえから俺が出す……また連絡する」
「……はい」
俺が渋々ソファーに座ると、リョージさんは会計をして足早に店を出ていった。
少しほっとして、すぐ近くのマックで様子を伺っているカケルに連絡を入れる。
『今終わった』
すぐ返信が来た。
『リョージさんも出てったね。合流する?』
『待って、何か疲れちゃって立てない……リョージさん近くに居るかもだし、とりあえず食べてから出るから、三十分後に駅とかで良い?』
『おk、俺もちょっとゆっくりしてるわ』
『じゃ、後でな』
俺はスマホを置くと大きくため息を一つ吐いて、冷めてしまったサーロインステーキに謝罪しながらナイフを入れた。
まだまだ、難しい局面だが、ちゃんと縁を切るのだ。頑張らないといけない。
しかし、
「カナタさん、やっぱ彼女居るんだ……」
「あっ居た居た!良かった追いついて」
「ああ、さっきの……」
追いつかれたというか、単に来るかと思って待っていたのだ。
念の為、友達は近くの店で待ってて貰っている。どうにも危ない匂いがした。
「お兄さんアキラの友達?めっちゃ見てたからさあ」
「友達というか、アルバイト先の人間ですね。たまたま見かけたので。アキラくん良い子だって評判なんですよ」
「へーそうなんだ!お兄さんΩ?」
そう来るのか。中々真意が伺えない。
まあ、バレる嘘はつかない方が良い。目が合っただけで追いかけてくるあたり、随分勘が鋭そうだ。まあ、自分は自分で来るのを見越していた訳だが。
アキラくんの言う「縁を切りたい先輩」は間違いなくこの人だろう。
値踏みする様に、上から下まで見られる。これはあれだ、四方ちゃんが俺に売春を勧めた時と同じ目線だ。
悪い先輩とやらは、人の良さそうなカラカラとした笑顔で笑った。
「お兄さん、俺と賭けようよ。お兄さんが勝ったらアキラとカケルはお兄さんにあげるよ」
続
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