第94話 民間人を守る

拳を振り上げるヒトツメニュウドウに対し、私は《魔闘法》全開で蹴りを放ち、弁慶の泣き所を攻撃する。


しかし、分厚い皮と筋肉で守られているせいか、まるで効いている気配がない。


一方のかずちゃんは、新しく手に入れた武器の性能も相まって、素早い動きで何度もヒトツメニュウドウの体を斬り裂く。


……だが、それもあまり効いている様子はない。


「チッ!結構深く斬ったつもりなんですけどね!」


実際、刃がほとんど隠れるほど深くまで斬っているのに、ヒトツメニュウドウはまるで何事もなかったかのように振る舞っている。


本当になんともないのか、痩せ我慢か……或いは早川になにかされたか?


「コイツ…!痛覚ってモノは無いんですかね!?」

「痛覚が無い、か……だとしたら激辛液も効かないね。対策されたか?」

「なるほど!どうせ使い捨ての駒ですし、死ぬこと前提で使うなら余計な感覚は取っ払うべきですもんね!!」


縦横無尽に飛び回り、何度も同じ場所を斬り続けるかずちゃん。


流石に煩わしく思われたのか、かずちゃんが狙われ出したが、私もただで見ている訳では無い。


「ここなら…効く!!」

「オアァ…?」


刃を仕込んである靴で思いっきりヒトツメニュウドウの名前の元にもなった、1つしか無い大きな目を蹴る。


水晶体を破壊した感覚があり、これでヤツの視界は封じられたも同然。


かずちゃんが狙われる事はないだろう。


……とはいえ、その巨体は脅威であることに変わりはないし、パワーは全く衰えていない。


「オアアァ!!」

「っ!?」

「マジっすか!?」


ワンパンで3階建ての建物を粉砕したヒトツメニュウドウ。


それだけでもそのパワーの規格外さが理解出来るが……


「アアアアアアアア!!!」

「ちょっ!?地面が!!」

「地団駄を踏んだだけでこの惨状…圧倒的な巨体とパワーというのは恐ろしいわね」


その場で地団駄を踏み、暴れただけでアスファルトが粉々になり、それどころか下の地面まで抉れる。


まるで狙いの定まっていない振り方をする腕は、一度何処かに当たればその建物が倒壊する。


少し移動した影響で誤って車を蹴飛ばせば……とても車がする挙動ではない動きで吹っ飛んでいく。


化け物め…


「かずちゃん…倒せそう?」

「倒せなくはないです。周りへの被害を考えなければ」

「そっか……ん?」


突然地面が輝き、魔法陣が現れる。


その魔法陣からモンスターの影が現れた。


「ここで追加!?逃げた民間人を襲わせる気か!!」

「神林さん!ここは私に任せて追加の雑魚をお願いします。全部レベル40程度の雑魚です!!」


ここで私がヒトツメニュウドウと戦ってもダメージを与えられない。


だから、雑魚処理をしたほうがいいだろう。


「任せたよ!」

「はい!」


ヒトツメニュウドウの対応をかずちゃんに任せ、私は雑魚の対応をする。


現れたばかりのモンスターを一瞬で蹴散らし、煙と魔石へ変えていく。


しかし、モンスターは次々と現れてくる。


「雑魚だから支配も楽と……後どれだけ出てくるんだか!」


倒しても倒しても尽きる気配がない。


それどころか、召喚のスピードが上がって、私の対応力の限界まで迫り始めている。


「キェェェエエエエ―――――ッ!?」

「うるさいなぁ!」


大きな鳥型のモンスターが奇妙な叫び声を上げ、私の神経を逆撫でる。


思い切り頭を蹴飛ばしてワンパンし、他のモンスターへの対応を急ぐが……


「くそっ!やっぱり火力が足りない!!」


格闘家特有の火力不足。


少し前、火力不足感が否めずかずちゃんに聞いてみたら、気付いたら話題を変えられて話がなぁなぁで終わっていた。


その後も何回か聞いたが、やはり話をそらされる。


気になって自分で調べてみたら、格闘家の冒険者というのは、もはや奇人の類らしい。


レベルアップや《魔闘法》で身体能力を強化しようとも、他の武器使いと比べて遥かに火力が劣る。


暗器か何かを使って、殴打以外でダメージを与えられるようにならないと、レベルが上がれば上がるほど火力不足に悩まされるそうだ。


ネット上では格闘家冒険者は散々な言われようであり、フォローを入れようにも、武器の維持費がかからない事くらいしか良い点が無いため、どうしょうもない。


私は《鋼の体》によって盾役としての役割を担えるが……そういったスキルがない人は悲惨だ。


そんな事を考えているうちに、ついに民間人の方へ走り出すモンスターが現れてしまった。


今までは出てきた直後や、出てくる途中で倒していたけれど…それが追いつかなくなったんだ。


「くっ!流石にこれ以上は…!」


あとはずるずると引っ張られていくだけだ。


私に出来ることは、かずちゃんがアレを倒すまでの時間稼ぎをすることのみ。


それでも諦めずに戦い続けていると、急に出現するモンスターの量が爆発的に増えた。


「これはっ!?」


こんな量、私にどうこうできるものじゃない!


おかしい。急にこんなに出力を上げられるわけ……まさか?


「紫!一葉ちゃんと合流しろ!!」

「杏!っ!?町田さんが!!」

「こっちは私がなんとかする!早く行け!!」


突然杏が町田さんを抱えて飛び出してきたのだ。


町田さんは早川の魔法にやられたのか、かなりの重傷だ。


ポーションは飲ませているみたいだが、まだ回復できていない。


片手で剣を振り、次々とモンスターを殲滅していく杏に雑魚処理を任せ、かずちゃんのところへ走る。


その瞬間、かずちゃんがヒトツメニュウドウの体を蹴って飛んだ。


「やっぱり!」


かずちゃんが飛んだ直後、早川の熱線魔法がその場を通過する。


かずちゃんも私の方へ走ってきて、すぐに合流することが出来た。


「どうなってるんですか?」

「町田さんがやられた。杏が町田さんを逃がすために撤退してきたから、早川らこっちを狙い始めたってわけ」

「流石に二人だけだと厳しかったみたいですね」


表通りに姿を現した早川は、傷一つない完全体であり、いつくもの魔法をいつでも発動できるようにしている。


「ふ〜ん?合流させちゃったか…あの女、即断即決が得意なのか?」

「無関係な人間まで巻き込む外道が…何呑気に話してる」

「おお怖い。1人じゃ何も出来ないくせに、口だけは達者だね。神林君?」

「黙れ。お前にだけは言われたくない」


多少魔法が使いるようだが、それがなんだ。


コイツの1番厄介なところは、間違いなく《傀儡化》だ。


ダンジョンに潜ればいくらでも手紙を用意でき、その駒を使って自分は安全な後方から攻撃するだけ。


それをするだけで大抵の相手―――ましてや、格上にすら勝てる。


『松級』という冒険者の超上澄みにさえ手が届くんだ。


しかし、コイツ単体ではそれほど脅威にならない。


きっと、あの二人だけで殺せたはずだ。


「どうせモンスターの物量攻撃で二人を押し切ったんでしょう。そんなあなたが、私に対して『1人じゃ何も出来ない』なんて事を言う資格があると思って?」

「酷いなぁ…わかったわかった。失言は撤回するよ。僕が悪かった」


そう言い切ると、頭まで下げる早川。


あまりに予想外な行為に、一瞬気が緩んでしまう。


その隙を、早川は見逃さなかった。


「バァンッ!」

「「っ!?」」


2つの熱戦が私達へ襲いかかる。


私と比べて警戒心が高かったかずちゃんは、すぐさま私の背後へ隠れ、熱線を回避する。


私は元々鋼の体で防御していたため、熱線一発程度なら耐えられる。


だが、速射で2発目を撃たれると不味い。


「なぁんだ。不意打ちで倒せないのか」

「防御力だけが私の取り柄だからね!」

「そんな事ないですよ。神林さんはとってもいい女です」

「ふふっ、ありがとね」


かずちゃんの言葉に、少し緊張が緩む。


それを見た早川は、『何やってんだこいつら』とでも言いたいような表情を一瞬見せた。


が、すぐにいつもの薄ら笑いを貼り付ける。


「アツアツだね。僕もそれくらい愛し合える人に出会いたいよ」

「じゃあ今すぐ死ぬことをオススメするわ。来世に期待しなさい」


コレに恋愛ができるとは思えない。


それに、させるわけにはいかない。


やるなら来世に期待しろと言うしかないのだ。


「本当に辛辣だね?君は」

「あなたと馴れ合う気はないの。態度を改めてほしいなら、まずはそのモンスターを引っ込めることね」

「そうかい?なら……これでいいかな?」

「……ふざけてるのかしら?」


何故だろう?


ヒトツメニュウドウを指差して引っ込めと言ったはずなのに、ヒトツメニュウドウの数が増えた。


コイツマジで……性根が腐ってるわね。


「アレ…一体じゃないのか」

「どうするの…これ、勝てたとしてもヒトツメニュウドウをどうにかしないことには、どうしょうもないわよ」

「なんとか頑張るしか……」


ステータスだけなら私達のほうが上なのに、ヒトツメニュウドウのほうが強い。


そんなやつを同時に2体相手して、かつ早川の攻撃にも対応しないといけない。


杏たちの応援は…期待出来そうにないね。


私達だけでの撃破は諦め、近畿支部から応援が来るまでの時間稼ぎに切り替えたほうが良いだろう。


とにかく耐えることだけを考えようと、かずちゃんにハンドサインで伝えると、私はヒトツメニュウドウが壊したアスファルトの破片を早川へ蹴る。


「それは効かないよ」


冷静にバリアで防御をした早川は、ヒトツメニュウドウをけしかけようとして―――ペンキをぶちまけたように顔色を青くした。


「くそっ!早すぎるだろ!!」


そうして、何かの魔法の準備を始めた。


これ幸いと私とかずちゃんは同時に攻撃を仕掛けるが、なんとジンメンジシを2体召喚され、行く手を阻まれる。


それに舌打ちをしようとしたその時、凄まじいオーラを放つ何かが、とんでもない速度でこちらへ迫っていることを探知で見つけた。


おそらく、それに気付いただろう早川が、大急ぎで何かの魔法の準備をしているんだ。


「コイツで私を止められると、本気で思ってる!?」

「チッ……使えない」


ジンメンジシを速攻で1体倒したかずちゃんは、もう1体を私に押し付けて早川へ刀を振り下ろす。


だが、早川は後ろに飛んでかずちゃんの攻撃を回避すると、更にモンスターを呼び出す。


その直後のことだった。


「「「!?」」」


凄まじい衝撃波と爆音を受けて上を見ると、2体のヒトツメニュウドウの頭が消し飛んでいた。


あまりの光景に私とかずちゃんは思考が停止した。


だが、早川はそうではなかったらしい。


「戦略的撤退!!」


そう叫ぶと光りに包まれ、どこかヘ消えてしまった。


…転移魔法だ。


その光と声で我に返った私達は、煙と化して崩れさるヒトツメニュウドウの亡骸の足元に、いつの間にか佇んでいた狐のお面で顔を隠す女性を見つける。


「誰…?」


私が警戒しながらそう聞くと、手を振って敵意がないアピールをしながら話しかけてきた。

 

「咲島さんから伝言を預かっている。『2日後の夜9時に、近畿支部跡地へ来い』だそうだ」

「……あなたは?」

「ではまた」

「え、ちょっ?」


女性は私の言葉を無視して走り去って行った。


呆然としていると、モンスターを殲滅した杏と町田さんがやって来て、魔石を拾うよう言われ、わざわざ手作業で魔石を拾う。


すると、程なくして警察が到着し、もはや慣れてしまった事情聴取をした。

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