第93話 外野からの攻撃

交代で見張りを続け、ようやく人通りが少なくなった頃、私達は杏の指示で奴らの拠点へ襲撃を仕掛けた。


「これは酷い…」


ものの一分で全滅し、死屍累々の地獄絵図と化した密売組織のオフィスを眺めて、そう呟く。


「見てくださいよ神林さん!金庫を叩き斬ったら、こんなにお金が出てきましたよ!」

「一応この金は回収して『花冠』の資金にするんだけど……多少ポッケナイナイしても問題ないよ」

「ふんふ〜ん♪貴重な副収入〜♪」


突然襲われ、理由も分からず殺された密売組織の人間を哀れんでいると、私を除いた三人がウッキウキで略奪をしていた。


金庫から出てきた札束の山に群がる三人。


杏と町田さんの二人はともかく、かずちゃんは別にそこまでがめつくなる必要ないでしょ…


一般人の生涯年収の数倍の資産をすでに持ってるんだから。


……まあ、お金はどれだけあっても困らないけどさ。


「神林さんも一束くらい貰ったらどうですか?軽く一億は超えてますよ」

「遠慮しとくわ。さっさと片付けて帰りましょう。そこそこ大きな音は立てたし、誰かに気付かれててもおかしくない」


そう言って、仕方なくアイテムボックスに遺体を入れ用意すると、杏が先に回収してくれた。


血痕のついた物や、壊れた物、更には床に飛び散った血まで綺麗に片付けられる。


アイテムボックスにそんな使い方があるのか……


「さて。じゃあ帰りましょう。久しぶりに焼き肉でも食べに行く?」

「いいね!行こう行こう!」

「厚かましいのは承知ですけど、私と神林さんも……」

「もちろんいいわよ。ご馳走は大人数で食べたほうが美味しいもの」


久しぶりに副収入が入った二人はノリノリで、私達を誘って焼き肉を食べに行こうと騒いでいる。


……人を八つ裂きにしたすぐ後に焼き肉を食べに行くというのは、中々にすごい事だと思うけど……まあ、この二人ならそれくらい慣れっこなのかも。


私はあんまり食べる気にはなれないけど、食べないわけじゃない。


それに…


「せっかく奢ってもらえるなら、高い肉を沢山食べないとね。『人の金で食うメシは美味い』って言うし」

「なんだかんだ言って、神林さんも食べるんじゃないですか〜。やっぱり、一束くらい貰います?」


そう言って、札束を差し出してくる町田さん。


手と首を振って『いらない』と伝え、オフィスを出ようとした瞬間、猛烈に嫌な気配を感じた。


「かずちゃんッ!!」

「えっ…?」


魔力を全力で使ってかずちゃんに飛びつき、必死に庇う。


二人で倒れ込んだ直後、灼熱の風が私の背中を襲う。


「なっ!?」


攻撃され、狙われていた事に気付いたかずちゃんが驚きの声を上げる。


火災報知器が作動し、スプリンクラーが水を降らせる。


「紫!一葉ちゃん!!」

「裏の窓から逃げて!!町田さん!オフィスに連絡を!!」

「っ!?は、はい!」


こちらへ駆け寄ってくる杏に裏の窓から逃げるように叫び、町田さんに『花冠』のオフィスに連絡するよう頼む。


私はかずちゃんを抱きかかえて全力で裏の窓へ走る。


そして、窓を突き破ってビルの裏手に飛び降りた。


遅れて杏と町田さんがやって来て、ちょうど電話が繋がった。


「長距離からの魔法狙撃を受けました!術者は不明―――「早川だ」―――え?」

「術者は早川だ。あの熱線、早川の魔力を感じたもの」


一体どうやって私達がここに居る事に気付いたか知らないけれど、あの熱線は間違いなく私がかずちゃんを庇う事を知っての攻撃。


だって…


「流石パワータイプのギフターだ。その直感の良さは本物だね」

「あれだけ私に悪意を向けておいて、気付かないわけないでしょう。それに、こんなにノコノコ出てきて……覚悟は出来てるんでしょうね?」


私がそう言うと、三人がそれぞれ獲物を構える。


いくらレベル差があるとはいえ、4対1だ。


流石に勝てる。


しかし、早川は目を細めて不敵な笑みを浮かべる。


「人数有利がなんだって言うんだい?僕が誰か忘れちゃったのかな?」


そう言って、何かの魔法を使う早川。


地面に魔法陣が浮かび上がり、そこからモンスターが現れる。


―――――――――――――――――――――――――――


種族 ジンメンジシ

レベル80

スキル

  《咆哮Lv6》

  《豪牙》

  《飛翔Lv5》

  《捕食》


―――――――――――――――――――――――――――

―――――――――――――――――――――――――――


種族 ヒトツメニュウドウ

レベル90

スキル

  《剛腕Lv8》

  《怪力Lv8》

  《威圧の魔眼》

  《厚皮装甲Lv5》


―――――――――――――――――――――――――――

―――――――――――――――――――――――――――


種族 ムクロリュウ

レベル85

スキル

  《鋭爪Lv5》

  《炎魔法Lv6》

  《死蝕の息Lv5》

  《麻痺毒Lv8》

  《状態異常無効》

  《魔法攻撃耐性Lv9》


―――――――――――――――――――――――――――


強力なモンスターを3体も召喚され、一気に形勢不利に陥る。


だが、こんな事をすればどうなるか…


「キャー!」

「な、なんだアレ!?」

「モンスターだ!通報しろ!!」


建物の裏手とはいえ、日本ではまず見ない大きさの生物がこれだけ入れば、普通に目立つ。


特に、ヒトツメニュウドウなんかはビル並みにデカイ。


民間人が警察に通報をした。


それを『花冠』が気付かないはずないし、そもそもさっき町田さんに連絡してもらっている。


すぐにでも応援が来るはずだ。


「確か、近くに第2近畿支部があったね。噂じゃ『青薔薇』が居るらしいじゃん?今いる最高戦力を持って、速攻で終わらせるよ」

「最高戦力?これが?」


『花冠』が想定していたよりも少ない戦力に、町田さんが思わず首を傾げる。


しかし、早川は自慢げに返事をした。


「どう?日本全国を飛び回って集めたボスモンスターの生き残りさ!……本当はこの十倍は居たんだけど……前にその二人を襲ったときに、『松級』に全部やられた

んだよね〜。全く、僕も居たってのにアレほどの被害…『松級』は化け物しかいないのかい?」


……早川と、レベル90前後のボスモンスター数十体を同時に相手にして、あの人は殺されたの?


しかも、数十体のボスモンスターを一人で壊滅させた?


……化け物か?


「あの人は『花冠』でも十本指に入る猛者。『椿』のコードネームを与えられている」

「なるほど…ネームドだったか。通りで強いわけだ」


ネームド?


……二つ名持ちって事?


しかも十本指に入るって……どんな強さなんだ。


警戒を解かないようにしながらもそんな事を考えていると、早川がニタァっと、不愉快な笑みを浮かべた。


「ネームドをあの程度の損害で殺せたなんて…『花冠』も落ちたものだねぇ?」

「――――っ!!?黙れッ!!!!」

「町田!?」

「町田さん!?」


早川の挑発に乗り、激昂した町田さんが早川に斬り掛かる。


その間に割って入るようにジンメンジシが襲いかかってくるが、軽やかな身のこなしでそれを躱し、一直線に早川へナイフを振り上げた。


「甘いね」


早川は後ろに飛んでナイフを躱すと、ジンメンジシとムクロリュウをけしかける。


2体のボスモンスターに挟まれた町田さんが冷や汗を額から垂らす。


しかし……


「こんな簡単な挑発に引っかかるなんて、暗殺者向いてないと思うよ」


かずちゃんがジンメンジシの背後から現れ、その首を一太刀で斬り落とす。


「これが最高戦力?ずいぶん弱いね?」


ニヤリと笑みを浮かべ、早川を挑発するかずちゃん。


それに対し、早川は冷や汗を流して少し驚いている。


「驚いたな……たった数日でここまで強くなるか?」

「なるんですよ。私達は」


魔闘法を全開で使っているかずちゃんは、超高速の斬撃でムクロリュウの両手を斬り落とし、麻痺毒をたっぷり帯びた爪を無効化した。


しかし、ムクロリュウは口を開き、黒い息をかずちゃんへ吐きつける。


至近距離に接近していたかずちゃんは、その黒い息に包まれ、その姿が見えなくなる。


「かずちゃん!!」


さっき見たスキルにあった、《死蝕の息》か!


どんな効果があるか知らないけど、字面的に相当ヤバい!


すぐにその黒い息に飛び込もとした私は、何事もなかったかのように息の中から飛び出し、凄まじい速度で頭部を叩き割ったかずちゃんの姿を見て、唖然とする。


「このブレス、字面の割に状態異常なのか……通りでなんともないわけだ」


そんな事を呟きながら、頭部を叩き割る為に振り下ろした刀を、一瞬で早川に接近して振り上げる。


早川はそれを紙一重で躱し、何とかかずちゃんの攻撃を回避した。


「ぐあっ!?」


しかし別の方向から攻撃を食らった。


慌ててその場を飛び退いて離れると、落武者のような姿のスケルトンを呼び出し、自分の前に立たせる。


いつの間にか背後に回っていた杏に背中を斬り裂かれていたのだ。


「チッ!《隠密》ね……厄介な」

「御名答。操り人形が居ないと何も出来ない愚図が、あの二人と戦いながら、私達の警戒を出来て?」

「私“達”…?ぐっ!?」

「最悪の反逆者って聞いてたからどんな奴かと思ってたけど…なんだ、ただの小心者じゃん」


横から町田さんに、ナイフを深々と突き刺された早川の表情が、酷く歪む。


かずちゃんに気を取られた瞬間、暗殺者としての本領を発揮した二人に追い詰められる早川。


「《傀儡化》は……効かなそうだね」

「私達を操り人形にしようなんて甘い考え、捨てなきゃダメだよ。『花冠』をあんまり舐めないでほしいね」

「町田。かと言って気を抜くな。この中ではお前が一番危ない」

「はいはい。でも、この状況でどうするの?勝ち目はなさそうだけど」


二人の暗殺者の凶刃が届く位置にいて、そこから抜け出せたとしても、どこに逃げようとかずちゃんが居る。


今のかずちゃんの速さ的に、早川がどんなルートで逃げても斬撃が飛んでくる。


そして、まだ何もしてない私―――は正直戦力外だから無視でいいとして。


モンスターを召喚したところで、アレが最高戦力ならかずちゃんにワンパンされる。


……終わりかな?


「大人しくお縄につけ、早川照」

「今ならすぐには殺したりはしないからお得だよ〜?」


二人に降伏勧告を受け、歯を食いしばる。


しかし、悪知恵を働かせて何か思い付いたのか、途端に表情が変わった。


それを見て更に警戒心をあげると、何処かを指差す早川。


思わず首を傾げそうになった直後、ズウン…という大きな足音が響く。


「ここで僕を捕まえられたとして……アレはどうするのかな?」


アレとは、ヒトツメニュウドウの事だ。


ヒトツメニュウドウは、無理矢理ビルの隙間を抜けると、表通りに出る。


それを見て私達は気付いた。


「チッ!ここは私達に任せて、二人はアレを!!」

「わかった!」

「わかりました!!」


杏の指示に従い、ヒトツメニュウドウの後を追う。


そうして、表通りで民間人を襲うとしているヒトツメニュウドウに、飛びかかった。

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