第10話 日曜の朝

ピンポーン!


「ん〜?」


いつものようにスヤスヤとソファーで寝ていると、珍しくインターホンが鳴った。

誰か、私に用がある人が来たんだろう。


「日曜の朝から何のよう…?」


重い瞼を擦りながら玄関に向かう。


途中、散らばったゴミをいくつか蹴飛ばして玄関まで来ると、鍵を開けてドアノブを捻ると―――


「約束の時間から1時間も経ったのに…いいご身分ですね?神林さん?」

「なんだ…かずちゃんか」


私がドアを開けるよりも早く、かずちゃんが先にドアを開け、開口一番そんな事を言われた。


…確かに、スマホの時計を見ると、昨日約束した時間から1時間は過ぎている。

待ちきれなくなって、わざわざ迎えに来てくれたみたいだ。


「相変わらずタバコ臭い部屋ですね?退去費用高くなりますよ?」

「良いのよ。どうせ、この部屋に住みたがる人なんて居ないし」

「それはどういう…?」

「気にしないで。こっちの話だから」


かずちゃんは、自分の家のように私の部屋に入ってくると、私の手を引いてすぐに洗面台へ向かう。


途中、部屋がタバコ臭いと文句を言われながら洗面台まで来ると、いきなり顔に水を掛けられた。


「…なにするの?」

「いきなり水を掛けられたのに、反応が薄いですね……《鋼の心》の効果ですか?」

「多分ね。まあ、後はわざわざ洗面台に来る理由なんて、コレしか無いし、なんとなく予想出来てたのもある」


仕方なく自分から顔を洗うと、かずちゃんが近くにあったタオルを取ってくれた。


濡れた顔を拭き終わると、かずちゃんがやたらとソワソワしているのが見えた。


「どうしたの?」


私がそう聞くと、意外な答えが返ってきた。


「化粧水はどこですか?」

「そんなの無いけど?」

「えっ!?」


化粧水なんて、久しく使ってない。

学生時代は親の金で買ってもらってたけど、社会人になってからは金が足りなくて買ってない。


「お金ないんだよ…」

「……でも、タバコは吸ってるじゃないですか?」

「家賃、水道代、光熱費、食費ときて、次にタバコ代が出てくるの」

「絶対そのせいじゃないですか」


タバコを買うために、他の出費を削った結果、化粧品類を全く持てなくなった。


本来、優先順位は逆なんだろうけど、私にとってはタバコのほうが大事だから、タバコを優先してる。


「…私が買いましょうか?」

「10歳も歳下の女の子に、生活必需品を買ってもらって生活するのはちょっと…」

「じゃあ、タバコを控えて下さい。今月いくら使ったんですか?」

「……さあ?」


そんなの覚えてない。

ただ、いつもゴロゴロしてて、エネルギーを消費しないから、1日1食で生きてた事を考えると……食費も削ってるね、これ。


「ん〜?…一ヶ月に使用するお金の半分くらいとかじゃない?」

「……それって、下手したら10万くらい使ってません?」

「流石にそんなに使ってないかなぁ〜?」


コンビニで売ってるタバコが、一箱約800円でしょ?

で、仮にタバコ代に10万円使ってたとすると……125個!

うん!絶対にそんなに買ってない。


「一日一箱みたいなヘビースモーカーじゃないし、一ヶ月の支出の半分は言い過ぎだったね」

「ですねよ?びっくりしましたよ」

「まあ…1万ちょいくらい?」

「…ホントですか?」


1万ちょっと……まあ、1万使ってたとしたら、月に12個。

そのちょっとを足して、15から18くらいって考えると……多分それくらいかな?


「多分あってるよ。数えてないから分かんないけど」

「レシートは?」

「すぐ捨ててる。私の家のゴミ箱を漁りたいなら、さがしてきてもいいよ?」

「遠慮します………」


私がそう言うと、かずちゃんはあからさまに嫌そうな顔をして、首を横に振った。


前にうちに来た時も、『早く帰りたい』って感情が隠し切れてなかった。

私のために気を遣ってくれてたのは知ってるけど……今日は隠す気無いね?


「…そんな事より!ホントに無いんですか?化粧水」

「化粧水どころか、化粧品類はほぼゼロだよ?いつ買ったのか分からないやつの残りならあるけど…」

「いや、捨てましょうよソレは…」

「え〜?いつか使うかも知れないじゃん?」


……かずちゃん?


私の言葉に、かずちゃんは『出た〜、ゴミ屋敷をつくる人の言葉〜』とでも言いたげな表情をした。


…いや?自分でも分かってるよ?

『いつか使うかも知れない』は、ゴミ屋敷をつくる魔法の言葉だって。


でも、ホントにそう思って捨てられないんだって。

察してよ…


「じゃあ、せめて顔はしっかりと洗ってくださいね?」

「洗ってたじゃん、さっき」

「小まめに洗うんですよ。あと、歯も磨いて下さい」

「……口臭いとか言わないでね?」

「…言ってあげましょうか?」

「止めて」


わざとらしく、鼻を近づけようとするかずちゃん。


上目遣いでソレをしてくるかずちゃんの顔は、もし私が男だったら気まずくて仕方ながないモノだ。


こんな美少女に上目遣いでそんな事されたら、勘違いするでしょ?


「男の人にこんな事したら駄目だよ?」

「しませんよ。…というか、どうしてすぐに頭を撫でるんですか?」

「いい感じに手が届くから?それに、かずちゃんも嫌がらないし」

「……美人で優しいお姉さんにナデナデされて、嫌な気はしませんよ」


美人?

私が?


…まあ、自分で言うのも何だけど、確かに私は顔が整ってる。

平凡ではないし、確かに美人の部類に入るのかも知れない。


「……満更でもなさそうですね?」

「そりゃあ、こんな美少女に『美人で優しいお姉さん』なんて言われたらねぇ?」

「美少女って……止めてくださいよ…恥ずかしい……」

「かずちゃんも、満更でもなさそうだね?」


そう指摘すると、かずちゃんの嬉しそうな表情が一変し、ムスッとした表情になった。


そして咳払いをして、歯ブラシと歯磨き粉を押し付けてくる。


「ここで待ってるので、早く歯磨きして下さい。いつまで私を待たせるんですか?」

「さあね?」

「……怒りますよ?」

「おー、怖い怖い」


棒読みな声でそう言って、歯ブラシと歯磨き粉を受け取ると、いつもより丁寧に歯を磨いた。






           ◇◇◇





「まさか、神林さんが車を持ってるとは思いませんでした…」


実は、私は車を持っていたりする。

そして、免許も持ってるから普通に運転できる。


「ふふっ、良いでしょ?」

「……この車、ホントに大丈夫ですよね?走行距離のメーターが、おかしいんですけど?」

「大丈夫だよ。これくらいの車が、海外でバリバリの現役として働いてるんだし」


部品取り替えとか全くしてないけど…まあ、大丈夫でしょ?


最悪、爆発する前に飛び降りればいいし。

それに、今の私なら例え爆発しても耐えられる自信がある。


……かずちゃん?


とりあえず、ドアを開けて飛び降りてもらうかな?


「ほら、着いたよ」

「車って、便利ですね」

「まあね。冒険者として働いて沢山お金が手に入ったら、もっといい車を買いたいなって思ってるよ」


例え爆発しても大丈夫とはいえ、いつまでもこんな車に乗ってられない。

それに、こんな旧式の電気自動車、燃費が悪過ぎて、話にならない。


…まあ、ガソリン車よりは遥かにいいけど。


「…買うなら、マナ車ですか?」

「そうだね。まだ、魔力補給所が少ないとはいえ、そっちのほうが安く済むからね」


マナ車って言うのは、魔力で動く自動車の事だ。

ガソリン車や電気自動車と比べても、遥かに燃費が良く、そして環境に優しい。

本体の値段が高いのが欠点だけど、そこさえ目を瞑れば、理想的な車だ。


「じゃあ、マナ車を買ったらドライブに連れて行って下さいよ」

「良いよ。何処に行きたい?」

「そうですね…………まあ、その時に決めます」

「そうだね。ゆっくり考えよう」


そんな雑談をしながら更衣室へ行き、装備を身に着けるとダンジョンへ入った。


……まあ、着替えたのはかずちゃんだけで、私はメリケングローブを付けただけ。

アーマーを着ようとすると、かずちゃんが露骨に嫌そうな顔をしたから、防具は付けてない。


「さて…じゃあ、アルクハナを探しに行こうか?」

「はい」


自分の頬をタタイて気合を入れるかずちゃんを連れて、私達はアルクハナを探しに森の中を進んでいった。


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