第9話 一葉頑張る

襲い掛かってきたアルクハナに対して、かずちゃんが刀を振り下ろす。


―――まだ、間合いに入っていないアルクハナに対して。


「あ、あれ…?」

「はぁ…目を瞑ったでしょ?」

「あ、神林さん……すいません」


私は《鋼の体》を使って、アルクハナの茎を掴む。


アルクハナは、私の手の中から離れようと暴れるが、《鋼の体》に守られている私には一切効かない。


そんな、哀れにも負けが確定したアルクハナを差し出し、かずちゃんが刀を振り下ろすのを待つ。


「……何してるの?早く殺ってよ」

「えっ?……は、はい」


これでも駄目なら、私が殺る。

そして、しばらくはかずちゃんに、生物を殺す訓練をした方が良いかも。


かずちゃんは、深呼吸をして刀を上段に構える。

そして、暴れ回るアルクハナを見つめ、呼吸を荒くした。


……必要以上に激しく緊張してる。

体も小刻みに震えてるし…大丈夫かな?


「ふぅ……ハアッ!!」

「おっ?いけた」


振り下ろされた刀が、アルクハナの体を一刀両断した。


切断された下半身が地面に落下し、ピクリとも動かなくなる。

数秒は上半身が暴れていたが、すぐに水が足りなくて萎れた植物のように、垂れてしまった。


「うわっ!?」


萎れた植物のようになってすぐ、アルクハナの体が黒い煙に変わり、手の中に固くて小さな何かの感触が残った。


「モンスターは死んだら煙になる…マジなんだね」

「はい………そうですね……」


塵も残さず、煙となって消滅したアルクハナ。

私は、アルクハナの魔石を見つめながらかずちゃんに話しかけると、元気のない応えが返ってきた。


「…相手は植物だよ?」

「分かってます……あの、次もお願いします」

「ん。了解」


元気のないかずちゃんの背中を撫で、体を抱き寄せてあげる。


かずちゃんは刀を鞘に戻すと、自分から私に寄りかかって、ふらふらと歩く。


「……一旦帰る?」

「いえ…大丈夫です」

「無理はしないでね」


ダメそうなら、私がおんぶして連れて帰ろう。


かずちゃんは見た目通り軽いし、私なら簡単に持ち上げられる。

連れて帰るのは簡単だ。


私は、元気を無くしてしまったかずちゃんを連れて、次の獲物を探して2層の森を歩き回った。






            ◇◇◇






「うっ!――――――――!!」


4体目のアルクハナを倒したすぐ後、ついに耐えられなくなったかずちゃんが、吐いてしまった。


私はかずちゃんを道の脇に連れて行き、なおも吐き続けるかずちゃんの背中をさする。


「うぅ…おぇ………」

「大丈夫?水飲む?」

「もらい…ます」


カバンに入れていたティッシュで、かずちゃんの口の周りを拭き、予備のミネラルウォーターを飲ませてあげる。


私から水を受け取ったかずちゃん、震えながらキャップを開け、少しずつ飲んでくれた。


「ふぅ……」

「よく頑張ったね。よしよし」

「ありがとう…ございます」


しゃがみ込んで、血の気を感じない真っ白な顔をしたかずちゃんの背中をさする。


励ましの言葉を掛けてあげると、少しだけ顔色が良くなった気がする。

更に水を飲み、少し元気になったかずちゃんは、立ち上がって申し訳無さそうに私に頭を下げてきた。


「すいません。こんな、こんな事をさせてしまって…」

「気にしなくて良いわよ。私は大丈夫」

「はい…」


それはもう、申し訳無さそうなかずちゃんの顔を見ると、どうにか励ましてあげたいと思う。


「かずちゃんはよく頑張った。今日は5体も倒したんだよ?きっとレベルが上がってるよ」

「そうですね…」


かずちゃんの視線が、何も無い場所に向く。

どうやら、かずちゃんはステータスを確認しているらしい。


私もレベルが上がってるか見てみよう。

あれは、倒すのに貢献した判定になってるはず。


―――――――――――――――――――――――――――


名前 神林紫

レベル2

スキル

  《鋼の体》

  《鋼の心》

  《不眠耐性Lv3》


―――――――――――――――――――――――――――


よし、レベルが上がってる。

何か変わった気はしないけど…まあ、少しは強くなってるはず。


とにかく、レベルが上がったって言うのは、大きな一歩だ。

私がこれなら、実際に倒してたかずちゃんも上がってるはず。


「どうだった?」

「上がってました」


かずちゃんは、少しだけ嬉しそうにそう言って、私にステータスを見せてくれた。


―――――――――――――――――――――――――――


名前 御崎一葉

レベル3

スキル

  《魔導士Lv1》

  《鑑定》

  《抜刀術Lv3》


―――――――――――――――――――――――――――


へぇ?

あれだけしかしてないのに、私よりもレベルが高くなってる。

やっぱり、倒した人は手に入る経験値が多いんだね。


……ん?


「…わざわざ鑑定しなくても、言ってくれたら見せてあげるよ?」

「……ごめんなさい」

「別に怒ってないよ。…もしかして、レベルの事?それも怒ってないから大丈夫」

「………」


励ますつもりが、また落ち込んじゃった。

これじゃあ、変に何か言わずに、撫でてあげたり抱きしめてあげたりして、ボディタッチで優しくしてあげた方が良いかも。


「よしよし。私は怒ってないよ」

「………」


かずちゃんを抱きしめて、頭を撫でてあげるが、状態的に顔は見えない。


…というか、かずちゃんの顔が私の胸に埋もれてるから、声も聞こえない。

ただ、何かモゴモゴと言っているのは分かる。


息が服を貫通してきて、くすぐったいからね。


ちなみに、《鋼の体》の効果があれば、別にボディーアーマーは要らないかな?という事で、今日は付けてこなかった。


「………臭い」

「えっ…?」


胸がくすぐったいのを耐えて、よしよししてあげていると、かずちゃんがそんな事を言い出した。


「く、臭い…?」

「うん……タバコ臭い」


かずちゃんを離して肩に手を置き、顔を覗き込むと、かずちゃんは鼻に手を当てながらそう言った。


タバコ臭い、かぁ……


「ごめんね。今度はちゃんと洗濯するから」

「えっ!?」

「え?」


何故か、かずちゃんが信じられないモノを見るかのような目で私を見ながら、少し距離を取った。


……なんか、気に障るような事言ったかな?


「……いつも、洗ってないんですか?」

「洗ってるよ?」

「……洗剤で?」

「いや?水洗い」


別に、水洗いでも充分でしょ?

最近の洗濯機なら、洗剤無しでもキレイになるはず。


「……帰ったら洗剤買いましょう。お金は最悪私が出すので」

「え?なんで?……というか、なんでそんなに距離を取ってるの?」

「…その、無駄に栄養が詰まってる不埒な胸に手を当てて、よく考えてみたらどうですか?」

「なんか、言葉にトゲを感じるんだけど…」


私が一歩近付くと、かずちゃんは一歩下がる。


……もしかしたら、かずちゃんからしたら、洗剤を使わない洗濯はそんなにキレイじゃないって思ってるのかな?


なんか、汚物を見るような目で見られてるし…


「……ちゃんと体も頭も洗ってますよね?」

「もちろん!毎日洗ってるよ」

「……お湯だけで?」

「ちゃんとシャンプーもボディーソープも使ってるよ!!」


流石にお湯だけは嫌だ。

それだけだと、絶対に汚れは取れてないし。


あと、タバコを吸ってるから、念入りに洗ってるんだよ?

臭いって、言われたくないし。


「……信じますからね?」

「もう!ちゃんと洗ってるって!!」

「そうは言っても…服を洗剤で洗わない人はちょっと……」


むぅ…だからって、そんな目で見なくて良いじゃん。

確かに、洗剤を使わないのは不衛生かも知れないけど……


「タバコ臭いのは仕方ないのかな、って思ってましたけど……ちゃんと臭いんですね?」

「……あー!あー!聞こえなーい!」

「都合のいい耳ですね?もしかして、胸に栄養を取られすぎて、聴力が落ちてます?」


……カッチーン


「かずちゃんのくせに生意気よ!」

「はあ!?うわっ!?離れて下さい!!」

「うるさい!謝るまで離れないよ!!」

「意味わかんない!悪いのは神林さんでしょ!?」

「ほらほら、あなたの大好きな神林紫の服だよ〜?」

「タバコの臭いしかしませんよ!大体、別に大して好きでもないですし!!」

「酷い!?あんなに優しくしてあげたのに!!」

「初対面で脅してきたくせに何言ってるんですか!!」


ちょーっと頭にきた私は、無理矢理かずちゃんに抱き着いた。

かずちゃんは、さっきまでの落ち込みが嘘のように暴れて、私から離れようとするけれど、身体能力と体格で勝る私のほうが上。


簡単には抜け出せないと察したかずちゃんは、言葉で私が怯んだ隙に逃げようとする。


そのせいで軽く口論になり、無駄に疲れてしまった。


「洗剤はこれがオススメです」

「へぇ〜?」

「使い方は、そのまま入れるか、横の洗剤投入口から入れて下さい」

「メモメモ…」

「干すときはちゃんと、あんまり臭くない場所で干してくださいね?こんな、タバコ臭い部屋で干したら、洗剤を使っても臭いので」

「うっ…!……善処します」


喧嘩になりかけたから、もう捨てられちゃうかと思ったけど、かずちゃんはオススメの洗剤を教えてくれるだけでなく、使い方まで教えてくれた。


お礼にファミレスに連れて行ってあげたら、散々文句を言いながら高い料理を注文してた。


「…明日もよろしくお願いしますよ」

「……え?」

「…何驚いてるんですか?」

「いや……もう私には頼まないかなぁ、って思ってたから…」


私がそう言うと、かずちゃんは溜息をついたあと、ジュースを一気に飲んでから私から視線をそらしながら口を開いた。


「脅されてるってのもありますけど……神林さんは良い人だって、信頼してます。…まあ、洗剤を使わずに洗濯するような非常識な人ですけど」

「それは……ごめんなさい」

「あと、もう26歳の大人のくせに、子供みたいな理由で10歳も歳下の女の子と喧嘩する、幼稚な人です」

「……ごめんなさい」


信頼してると言いたいのは分かるけど、それ以上にザクザク刺してくる。


今日のアレは、反省すべき失敗だ。

かずちゃんの言う通り、幼稚だった。


なんで、あんな事しちゃったんだろう?


「…失敗誰にもありますよ。私はもう、怒ってません」

「ホント、優しいね。かずちゃんは」

「神林さんもですよ」


かずちゃんは…私を捨てなかった。

明日も、かずちゃんと一緒にダンジョンに行く。


良かった…かずちゃんに捨てられなくて。


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