第5話 夏先輩からの手紙

 夏先輩が亡くなる直前、わたしは一通の手紙をもらっていた。

 それは、夏先輩の祖母である葉子さんから直接手渡しされた。




 ――山田萌枝様

 

 ごめんね。すぐに退院するって言ってたのに。

 ごめんね。一か月以上もかかってて。

 交通事故になんか遭わなければ、足を骨折なんかしなければ、こんなに長いこと会えなくなることなんてなかったのに。


 ごめんね。新型コロナウイルスにかかっちゃった。

 ごめんね。もう家族しか会えないんだって。

 萌枝がここにお見舞いにこれたのは、たったの数回だけだったね。

 ずっと痛くて辛くてさみしかったから会えてとてもうれしかったよ、ありがとう。

 でも、もう、会えないかもしれない。ごめんね。


 死にたくない。

 こんなことで死にたくない。

 でももう、ダメそう。


 だから、これは遺言。

 最後に伝えたかったことをここに書いておくね、萌枝。

 

 あのね、あたし、あなたのことが大好きだった。

 友人としても、後輩としても。

 それから、恋愛対象としても。


 ごめんね。こんなこと言って。

 気持ち悪いって思われたらいやだけど、あたしはずっと萌枝のことをそう想っていた。

 嫌われたくなくて、いつも伝えられずにいた。

 ごめんね。最後にこんなこと言って。


 でも、本当なの。

 ずっとずっと萌枝と過ごしていたかった。おばあちゃんになってもずーっと。

 なのに、ごめんね。

 運が悪かった。まさか病院でクラスターに巻き込まれちゃうとはね。


 治したいけど、治りたいけど、たぶん無理そう。

 どんどん咳はひどくなってるし、熱は全然下がらない。

 今はぎりぎり意識を保ててる状態。

 でも、もっと熱が上がったら……。


 萌枝、あたしにもしものことがあったら、この手紙をおばあちゃんに託すから受け取って。

 同封したものはあたしの形見だと思ってほしい。

 ペリドットって宝石、綺麗でしょ。


 できたらずっとそれを持っててほしい。

 あたしのことを忘れないでいてほしい。


 でも一番願ってるのは、萌枝の幸せだから。

 あなたが幸せになるなら、いつかはあたしのこと忘れていいよ。

 萌枝、大好きだよ。

 ずっとずっと。


 早乙女夏——



 夏先輩の遺書でもあり、ラブレターでもあった手紙。

 それは、今もわたしの机の鍵のかかった引き出しの奥にしまわれてある。


 同封されていたのは、若葉色をした宝石のペンダントだった。

 わたしはこのペンダントをお守り代わりにいつも身に着けている。

 そして、誰かに盗られたりしないように、ずっと服の下に隠している。



 仕事を終え、帰宅した。

 K駅から自転車で十五分ほどの場所にあるマンションの三階が我が家だ。

 わたしは母と二人で暮らしていた。

 父はわたしが小学生のときに病気で亡くなった。母はそれから女手一本でわたしを育ててくれている。でも、わたしの今の仕事に母はあまりいい顔をしていない。


「ただいま」


 リビングに声をかけたが、誰もいなかった。

 真っ暗な部屋。わたしは手探りで明かりをつける。


 母は看護師をしていた。今日は夜勤の日なのだろう。そうすると帰りは明朝だ。わたしは脱衣所に行って、溜まっている衣類を洗濯機に入れた。

 ついでに自分もシャワーをあびるために服を脱ぐ。


 下着姿になると、胸元に淡い緑色の石がきらめいた。

 細い金色のチェーンの先についている美しい石。


「夏先輩……」


 どうか、どうかお願いします。

 わたしが夏先輩以外の人を好きになりませんように。

 夏先輩はそのときが来たら忘れていい、なんて手紙に書いてたけれど。


 いやだ。忘れたくない。

 夏先輩を好きな気持ちを、忘れたくない。


 わたしは鏡の中のその石を、祈るような気持ちで見つめた。

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