第5話 分からず屋

「そういえば、お前の名前、聞いてなかったなぁ。なんて名前だよ」

「あんたに教えてやる名前なんてない」

「へえ。俺は八木野メロン。もちろん作家名な」

「え……」

 うそでしょ。小説の投稿サイトで、私が唯一読んでいる作品の作者だ。確か、一カ月くらい更新がなかったけど、まさか、本当に……?

「あ、もしかして読者だった? マジ? 笑えるんだけど。憎んでる相手の妹が俺の作品読んでくれてたんだ。ねえ、どっちが好き? 作品。あんな鬱物語より、俺のサクセスストーリーの方がいいっしょ」

「……確かに、お姉ちゃんにないものはあるよ。でも、お姉ちゃんのは鬱っぽい物語だけど、その中に優しさがあった。あんたのは、空っぽだよね。人気ばっかり集めようとしてるのが、わかるんだよ。それに、少しは好きだったけど、あんた見て幻滅した。もう読まない」

 そう言うと、メロンは腹を抱え、大きな声で笑った。

「作者に幻滅したからって作品は好きなんだろ? だったら大事な読者様だよ。もっと読めよ。あんな女よりずっとずっといいだろ。俺の方が欲望曝け出せるだろ。女の子の恋愛物語だしよぉ!」

「うざ、きも」

 そう言うとメロンは目を見開いて、歯を食いしばる。そして拳を振りかぶって、私に殴りかかってきた。

 ただで殴られてやるつもりもない。私は当然避ける。

「避けるなよ!」

「誰だって避ける! それにあんたの作品、今だから言うけど、くどくどくどくど、ねちっこくて蛇みたいでそこが好きになりきれない部分だったのよ!」

「蛇だと……? くどくど……? 俺の作品のこと、何もわかってない癖に! よくもそんなこと!」

「そんなのそっちだって一緒でしょ! お姉ちゃんのこと知りもしないで! 勝手に嫉妬して、勝手に殺して、お姉ちゃんが、お姉ちゃんが可哀想……っ!」

「んだと!?」

 その瞬間、メロンの影から蛇が現れた。そしてその蛇が私に襲い掛かってくる。

「嫌ぁっ!」

 思わず目を閉じる。

 ほんの数秒後、ざっと、草を踏みしめる音がした。

 いつまで待っても来ない衝撃に、私は目を開けるとそこには薬屋さんが立っていた。

 包帯がぼろぼろになり、特に顔の部分なんか解けてしまって、顔が見える。

 白い肌に不気味なくらい、真っ白な髪の毛に赤い眼……。

「大丈夫か?」

 蛇を全て斬り捨てた薬屋は、私を見てそう言った。

 でも、凄くボロボロだった。

「だ、大丈夫だけど、薬屋こそ……」

「俺はいい。だが、問題はこいつだな。繰り返す中で今回初めてお目にかかったが、こいつはもう人間じゃない。かと言って、妖怪でもない。ただの化け物だ」

 メロンは目を赤く光らせてこちらに突進してくる。

 薬屋は私を抱えて逃げ回る。

「な、なんで? 戦えば、勝てるんじゃないの!? あの赤鬼って言うのも、やっつけたんでしょ?」

「赤鬼は一時的に力を失わせるのが精いっぱいだった。完全に消えたわけではない。俺も、力を大分削がれてしまったからな。今は逃げる方がいい」

 そんな……。

 私は絶望の淵に立たされたような気持ちだった。

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