第55話 固有神器

 塔の前にて、天使達は、美琴に向かって神器を振り下ろす。彼はそれに即座に反応すると、自身の拳で天使達を薙ぎ倒していく。だが、体に上手く力が入らない。恐れているのだ。また力が暴走する事を。先ほどは僅かに理性を失わせる程度にとどめようとしたが、結果として全ての理性を失ってしまった。もし、また同じ事が起こってしまえば……美琴は身震いした。考えるうちに、無尽蔵に湧き出る天使達は彼を取り囲む。


「くっ……うおおおおおおお!!!」


 一体どれぐらいの時間、これを続ければいいんだ。アテナ、早く来てくれ。僕たちが全滅する前に。雄叫びを上げながら、美琴は拳を振り回した。



「ウリエルさん!カンダタさん達との連絡は?!」


 マカは上空を飛びながら、天使達を切りつけつつウリエルに問う。彼は無線機越しに来た連絡を、彼女に伝える。


「あと10分はかかるそうです!」


 10分。それまで、耐え切ることができるだようか。ゴクリと彼女は唾を飲み込んだ。だが、入り口の天使達を倒し続ければ問題はない。


「みなさん、入り口の天使を集中して狙いましょう!!」


 マカの指示を聞いた一同は、それに頷くと、塔の入り口に密集する天使への攻撃を始めた。牛頭と馬頭、美琴の巻き起こした衝撃により、天使たちは吹き飛ばされる。入り口に向かおうとする天使たちを、マカは自身の持つ剣で切り伏せていく。納言は、自身の手に握られたバットを握りしめ、振り払うようにブンブンと振り回している。


「ふっ……!」


 ウリエルは、炎の剣を解き放つ。すると、そこから放たれた炎が、残る天使たちを一掃した。だが、それでもやはり天使は湧き出てくる。


「どういう原理だこれは……!」


 無尽蔵に湧き出る天使たちを前に、思わず美琴は言葉を漏らした。どうして、こうも際限なく湧き出てくるのだ。


「天使は元々神性によって作られるもの……故に神々がそれをやめない限り無限に沸き続けます!!」


 ウリエルは、美琴に対して説明する。美琴はなるほど、と一言返すと、払いのけるように、襲い来る天使を吹き飛ばした。


「カンダタならきっと……神が諦めるまでぶっ殺すって言うだろうな。」


「だと思います。」


 美琴の言葉に対して、ウリエルは若干の笑みを浮かべてそう返した。一同は、次々と天使たちを倒していく。あと10分。それだけに限れば、この量など造作もない。徐々にマカは、心のうちで勝利を確信しつつあった。だが、その時だった。


「……!」


 ウリエルの顔が、突然強張る。まるで、恐ろしいものでも見たかのような表情で、塔の方を向く。それは、マカと美琴も同様だった。神性を感知できるものだけが、その異常さを知ることが出来た。


「……げましょう。」


 思わず、ウリエルは口に出していた。何故、そんなことを言っているのか、彼自身もわからない。そして今度ははっきりと、叫んでいた。


「逃げましょう、今すぐここから!とてもじゃ無いが、勝てる相手じゃ……」


 だが、そんな彼の言葉を遮るように、刺客たちは現れた。突如、美琴の背後に現れた筋肉質な男は、彼の顔面を殴りつけると、そのまま塔の壁面まで叩きつけた。凄まじい衝撃波が周囲に伝播し、とてつもない突風を巻き起こす。防御の術などなく攻撃を喰らったが故に、叩きつけられた彼はその場に倒れるのみだった。牛頭と馬頭は、目の前にいる男に対して、絶え間ない恐怖を感じていた。やばい。やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい。動いたら、死ぬ。確実に殺される。とてつもない殺気と瘴気、そして神性を男は全身に帯びていた。


「おはよう、反乱軍諸君。我が名はアレス。戦いの神だ。」


 アレスと名乗った男は、ゆっくりと2人の方を向く。その言葉一つ一つに、凄まじい量の瘴気が纏われている。2人は、自身の体がガタガタと震え出すのを感じた。だが、だが……ここで止まってはいけない。


「ああああああああああああ!!!」


 馬頭は、思わず前に飛び出していた。それに続く形で、牛頭も同様に前に飛び出す。瞬間移動を駆使した、全方向からの攻撃。当然、その変則的な攻撃に、相手は錯乱する……はずだった。アレスは何食わぬ顔でその攻撃を片手で悉く弾くと、2人を地面に強く叩きつけた。その衝撃により、地面に巨大な穴が開く。


「あ……」


 プツリ、と2人の意識は暗転する。まさに、瞬殺という言葉が正しいだろう。全くもって、全力が叶わない。相手は神器すら使用していないのに。


「さらばだ、名も知らぬ少女よ。残念だが、これが戦いだ。」


 アレスは、冷酷な口調で2人に向けて拳を振り下ろす。既に2人に意識はない。それを遠方から倒れた状態で美琴は見ていた。見ていることしかできなかった。ダメだ、ダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだ……僕が……僕が、なんとかしなきゃいけないんだ。


 美琴の体が膨れ上がる。再び、理性が白紙へと変わった。巨大な虎へと変わった美琴は、猛スピードでアレスへと向かっていく。だが、それを前にした彼は、至って冷静な口調で


「ふむ……これか白虎か。この程度とは、些か残念だ。」


 とため息をつくと、自身の神器の名を詠唱した。


「神器解放・神樹槍トネリコ。」


 彼の右手から繰り出された槍は、虎の半身をあっさりと吹き飛ばしてしまった。その衝撃波は、中にいる美琴の右腕をも巻き添えにした。虎の状態が解けた美琴は、右腕を失った状態で地面を転がる。


「あ……ああああああ!!!」


 それを見ていた納言は、ようやく体が動き、アレスに向けて突進する。だが、彼はアレスの右拳にあっさりと吹き飛ばされてしまった。


「では……さらばだ、反乱軍よ。」


 アレスは、3人を見下ろしながら、冷徹に槍を振り下ろした。




「ウリエル……アンタ、誰の許しを得てここに立っているのかしら?」


 弓を片手に、アフロディーテはウリエルに聞く。対する彼は


「誰の許しも得てはいません。私の意思です。」


 と、真っ直ぐな目で答えた。それを聞いて彼から興味を失ったアフロディーテは、マカの方へと視線を移す。


「穢らわしい……堕天使がここに立っている事が1番の問題よ。」


 彼女は顔を顰めながら、マカの方を指差す。マカは剣を握りしめ、地面を強く踏み込んだ。翼を使用した超音速の攻撃。虎へと変わった美琴でさえも凌駕したその速度の攻撃は、アフロディーテの首元を捉える……事はなかった。


「はあ……遅いわね。こんなんで勝てると思ってたわけ?」


 彼女はため息混じりに呟くと、上空に右手をあげた。


「神器解放・射陽無窮パンデモス!」


 上空に、無数の弓矢が浮かび上がった。1000、2000、3000……続々とそれは増えていく。咄嗟にマカは攻撃を止め、防御の姿勢をとる。


「マカさん!!!!」



 ウリエルは、思わず叫んでいた。そして上空から降り注いだ大量の矢は、彼女の全身を容赦なく突き刺していく。


「あはははははははは!!滑稽ね!でもお似合いよ?醜いものには醜い末路を。そうでしょ?ウリエル。」


 アフロディーテは、炎で矢を防ぎ切ったウリエルの方を向く。彼は、その場に横たわるマカを見て、ワナワナと震え始めた。


「ああ、可哀想なウリエル。貴方はそうして何もかも失ったのね。」


 アフロディーテは、そんな彼の顎を軽く掴むと、自身の顔に近づける。


「さようなら……愚かな天使!!」


 そして彼女は、慈愛に満ちた表情を止め、悍ましい笑みへと変えると、彼に向けて弓矢を解き放った。血飛沫が上がる音が、その場に轟いた。

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