第54話 地獄の道
自分という存在を嫌悪する時が、時々ある。高飛車に振る舞い、自分の好きなように生きる。そう決めたいつかの日から、そんな感情は捨てたつもりでいたのに。私の水浴びを見たものを時には殺し、私の領域に踏み入ったものを蛇の怪物にも変えた。本当に、些細なことで他者に迷惑をかけてきた。だからこそ、時折り虚しく感じるのだ。自分という存在の情けなさに。
「お前は間違っておらん。」
父はそう言ったが、内心どうだったかは知らない。と言うか私は本当は、父の事を……いや、考えるのはよそう。もう、何も考えたくない。事実、私の居場所などどこにもないのだから。
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過去は変えようがない。だから考えないようにしてきた。他者から見れば無鉄砲にも見える行動の裏には、俺なりの考えというものがあるのだ。罪人としてのカンダタ、そして六道としてのカンダタ。いわば二つの側面を今の俺は孕んでいるとも言える。そのどちらにも傾くつもりはないし、それ以上の選択肢が出たとしても、それは同様だ。
だが結局、選ぶどうこう以前に、俺には選択肢などなかつたのだ。六道の皆に拒絶され、またしても居場所を失った。前世での報いは、俺を未だに縛りつけるらしい。現楽……俺はどうしたら良いのだろうか?奈蜘蛛……俺どうあれば良いのだろうか?手遅れになる前に知りたかった。
その時だった。
その時だった。
私の目の前に
俺の目の前に
1人の女が立っていた。
「何してるんですか?本当に。」
その女は、腕を組みながらこちらを見る。
「アイリス……?!どうして……」
私は思わず立ち上がる。そして思い切り彼女を抱きしめた。
「ごめんなさい……ごめんなさい……!私、貴方を守れなくて……」
アイリスは私を抱き返すと、耳元に囁くように言った。
「私の能力で……いざと言う時にカンダタとアテナ様に発動するようにしていたんです。……さあ、あそこに出口があるでしょう?」
アイリスは、遠方にある出口を指差す。そこからは、黒い瘴気が立ち込めている。まるで、この先が地獄の道であるかのように。
「アンタ、消えるのか?」
カンダタは、アイリスに聞く。彼女は何も言わずにコクリと頷くと、言葉を続ける。
「ええ……そう。これは幻だとわかっていると思うけど、念の為。……きっとアンタの守りたいものは増える。その度に裏切られる可能性は出ると思う。……でも、だからこそ、折れないで欲しい。」
カンダタは、しばらく沈黙する。裏切られる可能性。ダンのように、か。だが、それでも彼が迷うことはなかった。彼は彼女に拳を突き出すと
「おう、わかってんよ。」
と自信満々に言い放った。アイリスは、顔を崩すように笑顔を作った。
「私……やり直せる?」
「ええ、きっと。」
アテナの質問に対し、アイリスは答える。これが最後の会話となる事を、アテナは感じとると、若干の笑顔を作り、扉の方へと歩いて行った。
「その先は地獄の道です。行けるんですか?」
アイリスは、アテナとカンダタに聞く。それに対して、カンダタは語り始めた。
「わかったんだ。俺たちは……俺たち六道はみんな罪を背負ってる。罪人なら地獄の道を歩くのは当然さ。俺たちは……『地獄の道の罪人ども』さ。」
それを聞いたアイリスは、満足げな笑顔で返した。
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「な……に……?!」
ダフトは、自身に起こった状況に困惑していた。アテナとカンダタが、自身の幻夢から脱出し、その場に立っているのだ。
「ば、バカな……!僕の幻夢から脱出するなんて!」
ダフトは再び、自身の神器である杖を振る。そこから放出された霧は、2人を囲い込んだ。ニヤリ、と彼は笑う。これで再びこいつらは夢の中に……。彼はそう確信したが、現実は違った。アテナの盾によって、周囲に立ち込める霧の全てが吹き飛ばされてしまったのだ。霧が無くなったことで、周囲に倒れていた天使たちも起き始める。
「な、何故……!」
「俺たちゃなあ……後ろなんざ振り返るのはごめんなんだよ!!」
カンダタは、ダフトを思い切り殴り飛ばした。
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塔の中、円卓を囲んで12の神が会話を交わしていた。
「奴ら……思ったよりもやるわね。」
神……アフロディーテは、円卓の中央に映る映像……天使たちを蹴散らしていく美琴を見て、チェスの駒を手先で弄りながら呟く。それに対して、ヘスティアは頬杖をつきながら、満面の笑みで返す。
「ディーテったら結構機嫌いいじゃん!!って言うかアテナちゃん、結構頑張ってるね。」
「父上、どういたします?」
ヘルメスは、真顔を崩さぬまま、円卓の最も巨大な椅子……全長5mはあるであろうサイズのそれに座る老人に目線を移した。
「うむ……」
その人物ゼウスは、しばらく考え込んだのち、ゆっくりと立ち上がると
「よし、我々が動くとしよう。」
と一言言った。
「おおおおお……!始まるのか!!!戦いがぁ!!」
アレスは全身を動かし、部屋の天井に向かって雄叫びを上げた。
「はっはっは……アレス君は相変わらずヤンチャだね。」
アポロンは、そんな様子の彼を見て優しく微笑んだ。
「ああ……可哀想に。これから殺されてしまうのですね。」
ヘラは両手を合わせると、悲しげな表情で涙を流した。
「さて……お姉さんやっちゃうぞー!」
アルテミスは背伸びをしながら、自身の手に持った弓の手入れを始める。
「はっはっは……随分と楽しい宴になりそうだぜ。」
髭を生やした男……ヘファイストスは、自身の顎を弄りながら高らかに笑った。
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