第53話 無価値の価値
アテナは、軍を引き連れて走っていた。あともう少しで、塔まで着くだろう。他のところに行ったのか、幸い自分たちへの妨害は今の所ない。だが突然、異変は起こった。目の前にあるはずの塔が、消えていた。と言うよりはそもそも、自身を取り囲んでいた倉庫、壁が存在しない。ただ真っ白な空間に立たされている。自身が引き連れていたはずの軍も何処にもいない。完全に自分1人だった。
「ここは……どこ?」
彼女は、キョロキョロとあたりを見渡す。相変わらず、何一つとして物がない。だが、その時だった。後ろから、何者かの声が聞こえたのだ。
「アテナ。」
聞き慣れた声。ずっと聞きたかった声。これはまさか……
「パラス?」
かつて自分の前で死んだはずの友人が、自分の前に立っていた。
「なんで、あなたは死んだはずじゃ……」
思わず、彼女は自身の疑問を口にする。それに対して彼女は笑みを崩さずに
「何言ってるの?殺したのはあなたでしょ?」
と、軽快な口調で言い放った。そうだ、その通りだ。彼女が死んだのは、私が不注意だったばかりに……殺したのは私自身の責任だ。そして、景色は移り変わる。次に目の前に現れたのは、髪の毛が蛇へと変わった怪物だった。
「お前さえいなければ……私はポセイドン様といられたのに!!」
パラスとは打って変わって悍ましい怒りの表情を浮かべ、その怪物は彼女に詰め寄った。
「それは……」
アテナは何も答えられない。事実だからだ。自分の身勝手で、彼女を怪物へと変えてしまった。
「嫌ね、本当に。貴方は自分じゃ何もできないのに。」
「その癖他人に迷惑ばかりかける。」
同様に、怪物の姿へと変わった2人の女がアテナの目の前に迫る。
「私……私は……!」
途方もない自己嫌悪が、彼女の内側から溢れ出す。ズキリ、と心が痛む。ガタガタと唇が震える。今まで自分がしてきた罪が、波となって全身に覆い被さってくる。思わず、彼女はその場にうずくまった。それでも、周囲の人間は彼女を責め立てる。
「お前のせいだ。」
「クズが。」
「消えてしまえ。」
景色は次々と移り変わる。白かった景色は、彼女の見慣れた光景へと変わっていく。アテナは恐る恐る、目を開けた。その視界に映っていたのは、オリンポスの庭だった。
「ここは……」
アテナは歩き始めた。良かった、あれは夢だったんだ。今までの事も、全部。もはや彼女の頭の中には、カンダタ達のことなど微塵もありはしない。虚構に満ちた幻に頼る傀儡そのものだった。
……………………………………………
「くっくっく……12神がこのザマたあね。」
その場に倒れる軍とアテナを前にし、1人の天使は言った。
「このダフト様がなってやっても良いかもなあ!12神って奴!」
ダフト、と言う名の天使は、ゲラゲラと笑いながら、高らかに言う。周囲には、彼が作り出したであろう霧が立ち込めている。誰1人として、この霧の中で意識を保っているものはいない。……はずだった。
「何やってんだ……テメェは!!」
ダフトの背後から、何者かが刀を突き出す。彼は咄嗟に身を捻ってそれを避ける。
「危ない危ない……この中で正気を保っているやつがいるとはね……実にcoolだ。」
パチン、と指を鳴らしてダフトは言う。霧の中から姿を現したカンダタは、それに対して刀をギュッと握った。
「……さっさと解放しやがれ。じゃなけりゃテメェは殺す。」
「良いのかい?その考えは随分とfoolだぜ?僕を殺したところで彼女たちが目覚めるとは限らないからね。」
チッチッチ、と指を動かしながらダフトは言う。カンダタは、その事実を前にし、刀を下に下げた。確かに、目覚める保証はない。この霧が、このダフトとか言う奴によるものと言う確証もない。今、下手に動いたら……
「残念ながら思考が長すぎるぜ、君。Time Overだ。」
パチン、と指を鳴らしてダフトは言う。その瞬間、カンダタの視界は右に傾いた。自身か倒れている事に気付いたのは、その直後だった。
「さあ、おやすみ。せいぜい苦しんでくれたまえよ。」
ダフトはその場に座り込むと、カンダタに告げた。
「……ここは。」
カンダタが立っていたのは、いつもの場所……六道の事務所の自分の部屋だった。彼は自分の部屋から出ると、下の階へと降り、居間の方へと向かった。今には、その場で朝食の仕度をするマカがいた。
「よお、マカさん。」
カンダタは、彼女に対して挨拶をする。だが、彼の存在に気づいた途端、マカの表情が変わった。
「……人殺し。」
彼女の発した言葉に、カンダタは思わずえ、と声を漏らした。彼女は言葉を続ける。
「お前のような人殺しに、誰が手など差し伸べる?さっさとここから出ていけ。」
カンダタは、思わず一歩後ずさった。そうだ、心のどこかで考えていたのだ。自分のような罪人に、マカは手を差し伸べるだろうか。自分の全てを知って、彼女のような人間が心の底から自分と接してくれるのか?と。
「君にはがっかりだよ、カンダタ。あんな事をしていたなんてね。」
彼の後ろから、美琴が言う。
「「人殺し」」
牛頭と馬頭が、物陰に隠れた状態で言う。玄関がガチャリと開き、納言が入ってくる。だが、カンダタの姿を見るや否や恐怖に顔を染め、
「ひ、人殺し!!」
と叫んだ。そして何処からか額が彼の正面に立ち、
「君のような人間が、更生などできると思っていたのかい?」
と冷酷に言い放った。そうだ、俺は初めからそう言う報いを受けるべき人間なんだ。初めっから、地獄にいれば良かった。俺なんか、生まれるべきじゃなかったんだ……。そのまま彼は、絶望の淵に落ちていく。地獄の亡者と共に、地獄の底へと落下する。
「もう……良いや。」
流す涙の一滴も、そこにはありはしない。ただ、何も考えずに落ちるだけだった。
アテナは、ゼウスのいるであろう場所に向かって走る。夢だったとはいえ、やはり父の安否は心配になる。
「お父様……」
彼女が叫ぼうとしたその瞬間、とある会話が耳に入った。
「アテナ様について、どうされますか?」
それは、ゼウスの部下だった。
「あれはもう要らん。私の手にも余る。」
そんな、嘘だ。そんな訳がない。父がそんなことを言うはずがない。アテナは思わずその場から逃げ出していた。周囲から、陰口のような声が聞こえる。
「もう必要ないんだって、アテナ様。」
「何もしてなかったもんねー。」
「てかぶっちゃけ私も嫌いだったし。」
涙を流しながら、必死で走る。それでも声は聞こえてきた。
「向こうは親友だと思ってるみたいだけど……私は全然思ってないって言うかさあ。」
パラスの声が聞こえてくる。
「あいつのせいでメドゥーサは……」
ポセイドンの声が聞こえてくる。ああ、なんて自分は情けないんだろう。どうして、こんな事になってしまったんだ。アテナはその場にうずくまる。
「アテナ様、ゼウス様がお呼びです。」
そんな彼女の後ろから、天使が話しかける。嫌だ。嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ……………
彼女の精神が崩壊を始める。目の前に広がる現実を直視できない。ならいっそ、壊れてしまおう。ガラス細工が割れるような音がする。思考回路にヒビが入る。ああ、自分はなんて無価値なんだろう。そう思いながら、彼女は沈んでいった。
………………………………………………
「くそ……!この量は……」
美琴達は、塔の前に広がる後悔に絶望した。数千体を超える量の天使たちが、上空を埋め尽くしていたのだ。これを、自分たちでどうにかしろと?しかも、アテナ達もいない状況で?
「……やりましょう!やるしかないです!!」
マカは剣を取り出すと、ウリエルと共に空へと飛び上がり、天使達を倒し始めた。
「くそ!ふざけてる……!」
美琴は悪態をつきながらも、同様に天使たちへの攻撃を開始した。
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