第52話 明瞭世界
納言とラファエルは、美琴の前に立ちはだかる。指をポキポキと鳴らしながら、ラファエルは隣の納言に向けて言う。
「いきなり吹っ飛ばされるとか勘弁してよ。僕らの再生力にかかってるんだから。」
それに対して納言は、迷いのない目つきで
「分かってます。……行きましょう。」
と答えた。そこには普段のおどついた様子など毛ほども感じられない。美琴は2人を捕捉すると、凄まじい速度で突進を始めた。来る、と2人が悟った頃には、納言の腹部を美琴の右手の爪が捉えていた。それはそのまま彼の腹を突き破ると、勢いを止めることなくラファエルへと伸びた。
「こ……のおおおおおおおお!!」
納言は体に爪が刺さった状態で地面を強く踏むと、必死で美琴の動きを止めようと全体重を前にかけた。分かっている。この程度では止めることはできない。だからこそ、もう1人の助力が必要なのだ。むしろ自分は囮。本来の目的は……
「おおおおおおおおおおお……!!」
ラファエルは、自信の持ちうる最大限の瘴気と神性を全身に纏うと、納言の後ろから爪を受け止め、前へと押し出した。結果として美琴の動きは徐々に減速し、遂に完全に停止する事になった。
「今だ!2人とも!!」
ラファエルは、全身に汗が吹き出した状態で、ウリエルとミカエルに呼びかける。2人はそれを聞くと大きく飛び上がり、それぞれの剣を取り出した。ウリエルは、自身が提案した作戦を思い出す。
『彼が白虎だと言うのなら、やることは一つです。……中にいる本体を引き摺り出すんです。』
『本体……?あれが美琴さんの本来の姿なんじゃ……』
マカの疑問を答える形で、ウリエルは説明を続ける。
『実際そうです。あれが本来の姿です。ですが、桃源郷の
そうか、とマカは、つい最近の出来事を思い出した。つい先月の悪霊憑きのあの集団……彼らも中に本体が眠っていた。もしや、あれも獣者の力を応用したものなのでは無いか?
『とにかく、私たち2人が攻撃しますので、マカさんは引き摺り出す役目を。』
ウリエルとミカエルは、空中で体を回転させる。赤と青。交差する2つの炎は、美琴の背中に傷をつけた。本体を狙う、とは言ったものの、結局どこにそれがあるのか検討もつかない。探っていかなければ。2人は凄まじい速度で体を切り刻んでは、移動していく。その度炎で辺りは包まれる。
「くっ…‥早くしてくれ……!」
美琴の体を固定させている納言とラファエルの体は、すでに限界を迎えつつあった。その時だった。
「これは……!」
ミカエルは、走らせた傷の奥に、一つの光が見えたのを確認すると、
「ここです!早くやってください!」
と指示を出した。それを聞いた牛頭と馬頭、マカは一斉に前に飛び出し、自身の持つ武器をそこに向けて順番に振り下ろした。
赤血が飛び散ると同時に、虎の体の中から、ぐったりとした様子の美琴が頭を出した。
「あれだ……!早く!!」
ウリエルは、張り裂けんばかりの声で叫んだ。マカは、それに向かって手を伸ばす。あと少し……あと少し……と言うところで、彼女は弾き飛ばされてしまった。
「……?!」
ミカエルは、納言とラファエルのいた場所を見る。そこには、壁に叩きつけられ、その場に倒れる2人がいた。そんな、間に合わなかったのか。美琴の本体は、虎の体の再生とともにその中へと再び沈んでいく。そして彼は、天に向かって凄まじい雄叫びを上げた。
「一旦離れてください!!」
ウリエルは叫ぶ。一同は美琴から距離を取ると、それぞれの思考を巡らせていく。どうすれば、これを止められる。もう一度やるか?いや、もしかしたら学習されて同じ手が通じないかもしれない。引き摺り出すにしても、あの再生力を前には……
「……」
遥か遠方まだ吹き飛ばされたマカは、同様に思考をめぐらせた。私は、救えなかったのか。またしても、失敗してしまったのか?いつもこうだ。私が正しいと思ってやったことはいつも上手くいかない。他人に否定されるか、思惑の逆を行くかのどちらか。私が、堕天使だからか?だから、こんなにも失敗を繰り返す。そう言うふうに出来ているのか?この世界は。
「……違う。」
そうだ、違う。カンダタさんが、アテナが私を肯定したように、きっと私に救えるものはある。ある筈なんだ。
『これを使えば後戻りはできないわ。』
アテナの言葉をマカは思い出す。だからなんだ。後戻り?しようと思ったことなど一度もない。やってやる。やってやろうじゃ無いか。マカは自身の内の神性を解き放った。
パリン、とガラスが割れるように、自身の全てが消失するのを感じる。視界は澄み、そして同時にドス黒い。見たことの無い感覚と、感じたことない興奮が、彼女を襲った。試しに目を瞑ってみる。周囲の音が、鮮明に聞こえる。悲鳴、爆発音、そして助けの声。
『誰か……』
そうか、これがあなたの声ですか。マカは立ち上がると、背中に生やした羽を大きく広げた。片方は白く、片方は黒い。頭に浮かぶ輪も同様に、白と黒に分かれている。半堕半天のその色合いは、あまりにも不恰好で不完全だ。だからこそ、私に似合っている。歪んでいて、不完全。それで良いんだ。マカは走り出した。加速するように、徐々にその足を早めていく。
そして、彼女は飛び出した。音の壁を突き破ったその飛行速度で一瞬のうちに美琴の方へと追いつくと、再び本体の場所に向けて剣を突き立てた。その剣は、今までのものとは違う。白と黒に別れ、彼女の身の丈ほどのサイズにまで膨張している。
「マカ……!生きてたんですね!」
牛頭は、嬉しそうに言う。
「なんだ、今の速度は。僕らより早いじゃないか!」
ラファエルは、その驚愕を思わず口に出していた。まさか、彼女は自分たちさえ超えると言うのか?
「皆さんで止めてください!本体からは、私が引き剥がします!」
マカはそうとだけ言うと、上への上昇を開始する。このまま、落下に任せて本体へと剣を伸ばすと言うのか。ウリエルは彼女の意図を読み取るや否や
「みなさんで止めましょう!足元を狙ってバランスを崩してください!」
と叫んだ。一同はそれに賛同すると、虎の足元を狙う。牛頭と馬頭は全体重をかけ、足元へと傷をつけた。ウリエルとミカエルは炎の剣を振り翳し、炎で虎の全身を囲い込んで逃げ場を無くした。納言とラファエルは虎の周囲を駆け回り、囮として注目を集める。マカは本体のある場所を狙い、剣先を地面に向ける。そして自身の手に持つ剣をさらに巨大化させると、一気に急降下を始めた。
「
剣は、美琴の本体の手前を捉え、それを露出させる、マカは美琴に向けて手を伸ばし、手を掴み取る。しかし、中々引き抜くことはできない。
「くっ……粘着力が強い……!」
そうこうしている間に、再び体の再生は始まった。このままでは、体に閉じ込められてしまう。マカは選択を迫られる。このまま諦めて出るか、取り込まれるか。だが、ここで諦めてはいけない。諦めたく無い。彼女が葛藤していたそんな中だった。6つの手が、美琴の手を掴んだのだ。それは、納言と牛頭、馬頭だった。
「ふぎぎぎ……美琴さん!!こう言う時に助けないのは男じゃ無いですよね!」
納言は、必死で美琴に呼びかける。
「美琴さん……帰ったらアイス奢ってくださいね!」
牛頭も続けて、彼に呼びかける。
「早く、戻って、きて。」
馬頭は、辿々しい口調で彼に向かって囁くように言う。
「こんなにも助けてくれる人がいるんです……美琴さん……早く戻って……きてください!!」
マカはそう叫ぶと、後ろに全体重を乗せ、思い切り美琴を引き抜いた。
雨の中、美琴は座っている。道ゆく人々は、誰1人として彼に目を向けない。他者から見れば、彼は単なる獣の一種でしか無いからだ。だが、そんな彼に手を差し伸べるものがいた。それは……
「はっ!」
そこで美琴は目を覚ました。美琴は、自身の体を舐め回すように見る。そして自分が服を一切着ていないことに気がつくと、目をぱちくりとさせた。
「美琴さん……戻ったんですね。」
マカは、嬉しそうな笑顔で彼に言う。彼は、一同を見て状況を察すると、ウルウルと涙を流し始めた。
「みんな……すまない……本当に……」
「良いんですよ、そんな事。」
「そう。助け合い。」
牛頭と馬頭は、優しく美琴の頭を撫でた。美琴は涙を拭うと、優しく2人の頭を撫で返した。そう言えば、2人は他人に頭を撫でられることに抵抗がなくなったのか。とマカは思う。これもカンダタの影響だろうか。
「さ、美琴さん。代わりの服です。……くすねて来たものですけど。これを着終わったらいきましょう!」
自慢げな笑顔を浮かべ、ウリエルはボロボロの軍服を差し出した。渋々彼はそれを着ると、スッと立ち上がった。
「美琴さん、僕らが引き連れた人たちは既に塔の前まで迫ったようです。」
納言は、無線機越しに届いた連絡を美琴に知らせる。彼はその知らせを聞くと、
「そうか……分かった。ところで……」
とラファエルとミカエルに視線を移す。
「いや……私は辞めておきます。私は貴方に私を理解して欲しかった。だけどずっと前から、私は理解してもらえていたんですね。」
ミカエルは、どこか悲しげな笑顔を浮かべてそう言った。
「ああ、そうだね。いつか君も来るさ。大事な人を守れる日が。」
美琴は、それとは対称的に、優しい笑顔で返した。
「貴方は?」
マカはそう言うと、ラファエルの方を見る。
「マフェットちゃんは無理だって。僕も同意見だ。」
ラファエルは、自身の右手のマペットの口をパクパクと動かしながら答えた。
「やっぱり記憶が消えても、2人は2人のままなんですね。……気が変わって倒したくなったなら、いつでもどうぞ。……それでは。」
ウリエルは、澄んだ瞳で2人に言うと、一同と共にその場を後にした。記憶が消える?それはどう言うことだ。裏切ったのはウリエルの方では無いのか?2人は眉を顰めた。その時、2人の脳内に記憶が流れ込んだ。
「……!」
なんだ、これは。どこの記憶だ。その頭の痛みに、2人はその場にうずくまり、そして原因不明の涙を流した。
「……」
マカは、走りながら何か違和感を感じていた。視界が悪い。いや、視界がむしろ冴えている。なんだ、この感覚は。人のものではない。気分がいいのに、気持ち悪い。その違和感の正体は、彼女含めた全員が知るよしも無かった。
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