第49話 強さと孤独

 カンダタは目を覚ました。そうだ、あのガブリエルは、どこにいる?アテナ達の元に行かせては行けない。彼は周囲を見渡した。だが、そこは先ほどまでいた場所とは全く別の場所だった。周囲にはコンクリートの瓦礫が浮かび、灰色の空から白い太陽が彼を照らしている。


「なんだ……ここ……」


 困惑する彼に対して、何者かが話しかけた。


「負けちゃったんですね、カンダタさん。」


 誰だ、とカンダタは振り向く。そこにいたのは、奈蜘蛛だった。


「奈蜘蛛……?!どうしてここに……」


「ここは謂わば貴方の心象世界……刀として貴方と繋がった僕がここに来れるのは必然です。」


 どこか怪しげな笑顔を浮かべつつ、奈蜘蛛は言う。そうか、そう言うことか。てっきりあの世かと思った。いや、そもそもあの世で戦っているのだから、冷静に考えればそれはあり得ないな。とカンダタは自身の抱いていた疑問を自己完結させた。


「じゃあ……始めましょうか。」


 奈蜘蛛がそう言うと、突然周囲の景色が変化する。灰色だった空は赤く染まり、周囲に浮かぶ瓦礫は逆再生のように積み重なっていく。それは、カンダタ達が目指している神々の塔そのものだった。


「……これが貴方の目指しているものですか。」


「何をするつもりなんだ?」


 カンダタは、奈蜘蛛に問う。彼はニヤリと笑うと、自身の瘴気を解き放った。


「貴方はこれに勝てるんですか?カンダタさん。」


 塔の中から、黒い影が飛び出してきた。その数は12体。まさか、これは。


「オリンポスの12神……!」


 カンダタは、思わず腰についた刀に手をかける。だが、そこにあるはずの刀はどこにもなかった。


「貴方は勝てるんですか?相手はオリンポスの12神だ。勝算なんて微々たるもの……と言うか0かもしれない。」


「だとしてもやるんだよ、俺は。」


「あなたが?四大天使にさえ負けたあなたが勝とうと言うんですか?」


「勝てるかどうかの問題じゃねえっての。」


「仲間のため、ですか?違うでしょう?本音を言ってくださいよ。」


 12神の影に取り囲まれたカンダタは、ゴクリと唾を飲み込んだ。本音、とは何だ。俺にも気づかない何かが、あると言うのか。影たちは、カンダタを一斉に襲い始める。槍、剣、弓……ありとあらゆる武器で彼の全身は貫かれた。大量の赤血が地面に飛び散る。


「俺は……」


 俺は、マカの為に、そして出来た場所のために戦ってきたと思っていた。だが、それは違うのか?朦朧とする意識の中、彼は考える。

 その時、彼は気がついた。それは、かつて彼自身が口にした言葉そのものだった。


「……気に入らねえんだよ。」


「と言うと?」


 奈蜘蛛はカンダタに聞く。


「気に入らねえのさ、神って奴が。散々好き放題してふんぞり返るあの姿勢が気に入らねえ。俺は気に入らねえ奴を叩き潰してきた。今も昔も変わらねえ!!だから来い、奈蜘蛛!仲間のためでもなんでもねえ!俺の為に戦ってくれ!」


 彼は奈蜘蛛に手を伸ばす。彼は嬉しそうに微笑むと、伸ばされた彼の手を取った。周囲の影は一斉に消え、神々の塔は砕け散った。赤色だった空は青色に染まり、白い太陽が彼らを照らした。


「その回答を待ってました。一緒にいきましょう、カンダタさん!!」



 …………………………………………………

 カンダタは立ち上がると、己の瘴気を解き放った。ガブリエルはそれに気がつくと、ニヤリと笑顔を浮かべる。


「ははははははは!!!最高だぜ、お前はぁ!」


 彼は自身のオーラをカンダタに放つ。それはカンダタの瘴気と拮抗し、周囲の建物を揺らし始める。


「さあ、来い!お前の力を見せてみろ!」


 ガブリエルは双剣を構えると、カンダタを再び挑発する。カンダタは地面を強く踏むと、彼との距離を急速に詰める。それを受け止めようとしたガブリエルの双剣は上に弾かれ、そのまま彼の胸元には深い傷がついた。


「ははぁ!!良いぜ、本気を出しても良さそうだ!!」


 自身の胸元についた傷を抑えながら、ガブリエルは双剣を構える。


「擬似固有神器解放・Lhaplusラプラス!」


 ガブリエルの瘴気が膨れ上がる。だが、肝心の彼の双剣には変化がない。これは、どう言うことだ。トライガルの槍も、多少の武器の変化はあった。だが、瘴気のみの変化と言うのは、どうにも怪しい。カンダタは警戒を強めつつも、ガブリエルに向かって刀振り下ろした。だが、彼によって繰り出された剣戟は、悉くガブリエルにかわされてしまった。


「……?!」


 この動きは、回避している訳ではない。予めわかっているかのような動きだ。まさか……


「未来予知か!」


「正解だよ、カンダタ。俺は元から神器を解放した奴らと同等の強さがある。だからこれ以上極めようがなかった。……極めるとしたら、単純な強さ以外だろ?」


 ニヤリと笑いつつ、ガブリエルはカンダタに双剣を振り下ろした。未来予知を駆使した攻撃は、カンダタの防御の間を通り抜け、大量の傷をつけていく。


「畜生!」


 カンダタは刀を鞘にしまうと、前のめりに構えた。


「ははは!そう来たか!だったら俺も答えてやるよ!」


 ガブリエルも同様に双剣を構える。そして両者はほぼ同時に地面を踏み込み、互いの刃を走らせた。だが無情にも、それに勝利したのはガブリエルだった。ぶつかり合いに押し負けたカンダタは、そのまま後ろへと弾かれてしまう。


「くそ……!これでもダメなのかよ!」


 奈蜘蛛と繋がった状態でも、ここまで追い詰められる。これが、四大天使の強さだと言うのか。


「中々楽しめたぜ、カンダタ。あばよ。」


 ガブリエルは冷徹に、彼に向けて双剣を振り下ろそうとする。だが、その時だった。突然カンダタはニヤリと笑うと、ゲラゲラと笑い始めたのだ。


「はははははははは!!!そりゃあそうだよな。俺のもなしにアンタに勝てるわけがなかった。」


「本気、だと?」


 その言葉を聞き、ガブリエルの顔が引き攣り始める。カンダタはゆっくりと立ち上がると、瘴気を自身の心臓部に集中させる。ゴゴゴゴゴゴゴゴ……それは周囲の建物を揺らす。そして地面の瓦礫を浮かばせる。巨大な瘴気の柱が、彼の体に纏われていた。


黒牙神帝ブラック・ラース!」



 カンダタの背中に、巨大な羽が生える。頭の上には、黒い輪が浮かぶ。漆黒のパーカーが、彼の全身には纏われていた。瘴気で出来たフードを脱ぎつつ、カンダタはガブリエルの方を向く。


「よお、ガブリエル。始めようぜ?」


「その姿を……俺に見せるな!!」


 ガブリエルは、先ほどまでの笑顔を消し、怒りに満ちた表情でカンダタを睨みつけた。かつての自身の友……ルシフェルがカンダタと重なって見えた。


 フードを取ったカンダタの顔は、黒い瘴気で纏われていた。悪魔にも天使に見えるその姿は、より一層ガブリエルの怒りを加速させる。


「この……!」


 ガブリエルは未来を予見し、カンダタの動きを見る。だが、その未来を見た彼は、大きく目を見開いた。まずい、ここにいてはいけない。咄嗟に彼は右に避ける。次の瞬間、凄まじい斬撃が彼の刀から解き放たれ、塔の周囲に張り巡らされた壁までにある全てを両断した。その斬撃によって、地面には巨大な崖が形成された。


「早い……いくら何でも早すぎる。」


 動揺するガブリエルの背後に、即座にカンダタは回り込むと、自身の拳を彼の顔面に叩き込んだ。彼が叩きつけられた地面には、巨大な穴が形成される。


 ガブリエルは、倒れたまま自身の過去を回想した。かつて、自身の同僚だったルシフェル。彼が堕天した日。突然だった。突然、彼は自分の前からいなくなったのだ。


『ルシフェル……お前どうして。』


 そうして見つけた頃には、彼にはかつての姿はなかった。止めるために、戦った。だが結局、戦いの末に自分は敗北した。共に生きてきた彼とは、結局それっきりだった。あの時止められていれば。あの時自分がもっと強ければ。何度そう思ったか分からない。


『強く……ならなきゃ。』


 そう決意するのに、時間はかからなかった。そうするうちに、強敵との戦いを楽しむようになっていたのだ。もう2度と、誰にも負けない。負けてはならない。


「おおおおおおおお!!!」


 ガブリエルは再び立ち上がると、カンダタに向かっていく。


「強さだけ求めたアンタに……俺が負けるかよ!!」


 カンダタはそれに対してそう返すと、自身の刀を構える。瘴気によって巨大化した刃は、ガブリエルの双剣とぶつかり合った。カンダタは、自身の奥義を詠唱する。


「羅生門!!!」


 互いの剣は上空で交差し合う。そしてガブリエルの首元に傷がつき、血が噴出した。


「くっそ……ダメかよ。」


 地面に落下したガブリエルは、仰向けに倒れたまま、空を見る。


「強えな……お前は。」


 彼は笑顔を浮かべ、カンダタを見る。


「アンタに何があったかなんぞ知らん。後悔したきゃ勝手にしな。」


 カンダタはそう言うと、その場を去っていった。


「畜生……強くなりてぇよ……ルシフェル……どうすれば良いんだ?」


 ガブリエルは、空に向かって聞いてみる。しかし当然、誰も答えてはくれない。当然か、と彼は悔しそうに笑って見せた。



「くそ……流石に瘴気を……使いすぎた。」


 カンダタは、ヨロヨロと体を引きずらせながら歩く。今までの負傷と瘴気の不足。それは、彼の意識を朦朧とさせていた。


「やばい……だめだ……」


 ドサ、と音を立ててカンダタは倒れ込んだ。そこにはもう誰もいない。助けの1人も来はしない。はずだった。何者かが、彼に手を差し伸べたのだ。


「大丈夫。……貴方はきっと死にはしない。」


 その何者かは、彼の体を治療した。

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