■□月星歴一五四二年十一月⑪〈姉弟〉

【■アトラス→□ハイネ】

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 翌朝、イディールにはファルタン邸前まで来てもらった。


 竜は契約者が騎乗するならば、もう一人までなら乗せてくれる。

 月星に帰りがてら途中迄送ることにになった。


 一日で用が済んだ為、帰路はそれ程急いでいない。

 昼にかかる頃、行程の三分の一分程の距離の港町で降り、休憩をとることにした。


 そこそこきれいな店構えの飯屋にアトラスは二人を連れて入る。

「三人なんだが、空いてるかい?」

「奥の窓側のテーブルを使いな」

 店の主人の声が飛ぶ。


 アトラスは席に着くと、机の上のメニューを二人に見えるように広げた。

「食べたいものはあるかい?」

「どう見ればいいのか、よく分からないわ」

 イディールは困惑を顕わにし、ハイネも同意する。

「任せるよ。見ても、どんな食べ物なのか想像ができない」

 アトラスは頷き、給仕の女性を呼んだ。

「お薦めは何かな?」

「この時期はこの魚をぜひ食べてほしいねぇ。揚げても焼いても煮ても美味いよ。これと、この辺りも旬さね」

 女性はメニューの項目を指差してみせる。

「じゃあ揚げたやつと、貝の酒蒸しか。これも美味そうだな。それと、これも。適当に三人でつまめる量で盛ってきて」

「はいよ」

 頷きながら、給仕の女性はまじまじとアトラスの顔を見る。

「お客さん、前にも来てくれたよね?」

「よく覚えてるな。二年前くらいに寄らせてもらったよ」

「食べ方がキレイだったから覚えてるよ」

 女性は含み笑いで連れに目をやる。

「違う女性連れて、お兄さんもすみに置けないね」

 レイナは少年のふりをしていたはずだが、しっかりバレていたらしい。

「前のは婚約者。今回のは……姉だ」

「お姉さん?言われて見れば似てるね」

 姉と言われて、イディールが目を瞠る。

「辛いのは平気かい?」

 照れ隠しなのかアトラスは強引に話を戻し、視線を向けられたイディールは呆気にとられながらも頷いた。

「じゃあ、これも足して」

 てきぱきと注文をしてメニューを片付ける。 


「すごいわね。旅をしていたって聞いた時は半信半疑だったのだけど」

「旅もいい勉強になったが、俺は神殿育ちだから、街に出る機会は割とあったんだ。隊に入ってからも、事ある毎に連れ出してくれる悪い先輩もいたしな」

 ガハハと笑うのが癖の副官が浮かんで思わず笑みが溢れる。

「こつは堂々としていること。物怖じしてると足元を見られてふっかけられたり、身ぐるみ剥がされたりするからな」

 しれっと物騒なことを言う。

「お前も慣れろよ」

「何故僕に振る?」

 五年近く引き籠もり生活をしていたハイネは、人混みを苦手としている。

「先日、旅の間の報告書を出した。各地の名産や料理、調理方法。植物や様々な技術など、見知ったことについてまとめたものだ」

「レイナを連れて回った報告書の内容が、それ?」

「そう。月星でも使えそうなものがあれば積極的に導入したいというのが兄上のお考えだ」


「お待ちぃ!」

 給仕の女性がどんとパンを盛った籠と前菜の皿を置いていった。豪快な盛り方にイディールは目を瞠る。

「このお魚、生?」

「火は通してないが酢や酒、香辛料などが入った調理液に漬けてある。臭みも消えて保存期間も延び、更に味に深みが出る」

 アトラスが取り分けて、二人の前に皿を置く。

「食べられそう?」

 恐る恐るという風に口に運んだイディールは破顔した。

「美味しい」

「魚が新鮮と言うのもあるけど、魚の脂と酢の酸味がが合うね」

 ハイネもゆっくり咀嚼し、飲み込んでから頷いた。アトラスは反応に満足した顔をする。


「こういう知らなかった料理に出会うと、調理法が気になってな。調べるとこの調理法は魚だけで無く肉にも応用できる。漬けたものはそのまま焼くときよりも肉が柔らかく仕上がるし、予め味が染み込むから焼くだけで良い」

「君は料理もするのかい?」

「流石に今はさせてはもらえないが、一通り基本は仕込まれてる」

 そう言ってアトラスはパンを手に取った。

「これの原料の小麦や他の植物も、毎年必ず定量収穫できるわけじゃない。天候に左右されて不作の時、代替作物があれば選択肢が増える。口に合う調理法があれば、常時栽培するものになるだろう。メニューが増えれば食卓が豊かになる。食が豊かになれば、案外人間てのは精神的にも豊かになっていく。そんなところを糸口に、アウルムは今後を見据えている。その調査などを、多分お前がやることになるだろう」

 ハイネの顔が固まる。

「何故、僕が?」

「単純に竜は足が早いからだよ。緊急時で無いからと言って、竜と竜に乗れる人材を遊ばせておくのは勿体ないからな」


 レイナも平時はアウルムの役に立つよう申し付けておくと言った。契約の範囲内である。


「それに、実績を積ませて、と認めさせようという面もあると俺は思ってる」

「そんな、僕はアリアンナに邪なことなんて考えちゃいないよ」

「俺は誰に相応しいとか、言っていないがな」

 アトラスは想像通りの反応に失笑する。

「まあ頑張れ。将来、義弟と呼べたらいいな」

 ハイネの顔が見事に蒼ざめた。


「精神面を豊かに、ね。そんなことを考える人が、今の王様なのね」

 何やら考え込んでいたイディールがつと呟く。

「アウルムがいる限り、月星は大丈夫だ」

「期待してるわ」


   □□□


 次の料理が運ばれて来た。

 和やかに歓談しながら食事をする二人は、ハイネの目にはありふれた普通の姉弟にしか見えない。


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小噺

投稿直前まで、イディールはナディールという名でしたが、一応と意味を確認したら「底」。そりゃあ、底から這い上がりましたが、最初から底もどうかと、イディールにしました。意味は「純愛」。

彼女はサラという偽名で生きて行く訳ですが、サラの意味は「王女」です。

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