■月星歴一五四二年十一月⑩〈うまくやれ〉

「それで、私はどうなるのかしら?」

 イディール問いかけた相手はレイナとハイネ。


「僕がアトラスを引っ張りだす理由として、アウルム様には女官がレイナに害を及ぼさないか調査したいという旨を伝えた」

「する訳ないわ。理由がないもの」

「なら、答えは出たんじゃないかな?」

「でも、私が生きていることは伝えざるを得ないでしょ?あたなの立場なら」

 イディールの視線を受けて、アトラスは微笑する。


「報告書によると、王女イディールは終戦のあの日、自室で毒をあおって死んだ。それが全てだ」

「人がいいのね」

「お互い様だ」


 自分を捕まえるのなら、アトラスの秘密を吹聴すると脅せばいい。それを口にしないのだから、相当イディールも人がいい。


「アトラス、いいのかい?」

「アウルムは『』とさ」

「はい?」

「表沙汰にするなということだよ」

 だから、月星を離れるのに、竜の空路確認という名目をつけた。正式には、アトラス達は竜護星に訪問していない。レイナにも会っていない。

 ハイネは、いつそんなやり取りがあったのか見当がつかないと首を傾げる。


 黙って見守っていたレイナが歩み寄る。

「イディール、あなたには悪いけど、解雇するわ。アトラスと一緒には居させる訳にはいかない」

「そうだね。君たちは似すぎている」

 ハイネも同意する。

「並んでいると余計そう思うよ。他人の空似では済まされない」


 月星人にはそんな顔が多いと押し通すには無理があるだろう。

「自分じゃ判らないけど、この人が父に似てるということは、そういうことなのでしょうね」


 イディールも頷いてみせる。

 余計な詮索を避ける為にもそれが最適解だろう。

「あのお嬢様のいる館には今更戻れないわねぇ。どうするかしら」

「筋の通った理由も要るね。でないとペルラもあの貴族も納得しないだろう」


 女官の給金の一部は仲介料として推薦した家に入る。それが一定の金額になるまで、通常女官の自主離職はできない。


「執務室に大きな花瓶があるでしょう?」

 思いついた風にレイナが口を開く。

「あの壺みたいな形の趣味の悪……いや、毒々しい赤い花柄の」

「フォローになって無い」

 ハイネが苦笑混じりにぼやいた。

「あれが今晩、訳あって割れる予定なのよね」


 悪戯を思いついた子供の様な顔で、レイナはイディールを見る。

「かわいそうに。割ったことになる女官は強制解雇か」

「仕方がないわね。微妙な柄とはいえ、先祖の誰かか据えた調度品だし」

「例の貴族も黙るしかないな」

 文句があるなら、花瓶の代金を弁償しろとなる訳だ。

 顔を見合わせて忍び笑いをするアトラスとレイナをイディールは唖然とした顔で見つめる。

「こういう人達だよ。なんだろうね、五年も一緒にいると似るのかねぇ」

 ハイネが疲れたように、肩をすくめた。


「サラ・ファイファー、あなた程の技能があれば、どこででも生きていけるでしょう」


 レイナは微笑する。

「どこへでも行きなさい」

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