■月星歴一五四二年十一月⑨〈見解〉

「イディール、あんたなら判るか?」


 何故ライネス王は、あんな提案をしたのか。

 あの濃厚な時間が無ければ、アトラスは自分の出生を疑わなかった。あんなに思い悩むことはなかった。

 日々感じていた些細な違和感には蓋をして、知らないままでいられた筈だ。思いつめて、城を出ることも無かった筈だ。


「ライネス王は俺が誰だか気付いていた。俺が気付いたことに気付いていた。その上で見せたあの隙きは、今際に見せた笑みの意味はなんだったんだ?」


 琥珀の中に落とされた一粒の翡翠。

 獅子身中の虫として、内側から巣食えという期待だったのか。

 裏切り者という誹りだったなのか。

 親殺しの罪と一族殺しの汚名を背負えという呪いだったのか。

 答えの出ない問いは、刺さった棘の様にずっと疼き続けている。


 泣き出しそうな顔で、アトラスは問う。

 これがアトラスの脆さ。

 レイナはその横顔をじっと見つめ、ハイネはそっと目を逸らす。


「……ただの親心よ」

 イディールは苦笑した。

「そんな申し出をした時点で、父は王では無かった。それは王が言い出していいことではない。でも、そうまでしてでも、あなたがあなたなのか確かめたかったのでしょう」


 だが、その時点ではジェイド派に勝機があった。

 申し出をアンブル派が断れば、タビスは偽者の腰抜けだと触れ回れば良い。

 一抹の疑いの種は撒かれる。人の心は揺れる。タビスの存在は貶められ、アンブル派の士気は下がる。


 受けたとしても、たかだか十五歳の子供に負けるはずは無いというライネス王の自負。

 一見アンブル派に有利な条件に見えて、タビスの敗北はアンブルの敗北に直結という道筋があった。それだけタビスという存在は重い。


「そう。最期の瞬間、父は王で無く、ただの一人の親だったのね……」

 イディールは再び呟き、困ったような笑みをみせた。

「ほんと、しょうもない……」


 ライネス王が自分の命を含むジェイド派と括られる全てと天秤にかけたアトラスという一人。


「アンブルの王がどんな人だったか知らないから、気を悪くしないで欲しいのだけど」

 そう断って、イディールは見解を述べる。


「アンブルの王は、少なくとも王だけはあなたが自分の息子でないことを知っていたはず」

「そうだな。王妃と二人だけは知っていた」

 アウルムが知らされたのは戦後だったと聞いている。知っていれば、この一騎討ちをもっと強く反対したのにと悔いていたから間違いない。


「戦いを終わらせる鍵として手に入れたタビスを、戦いが終わった後も生かしておくかしら?タビスとは女神の代弁者として、時に王の言葉すら覆す存在。しかも争いの火種になった血筋の生き残り。信心深くなくて合理的な王なら用済みと判断するわ」

 当時のアンブルの王アセルスならやりかねない。アトラスは否定できなかった。


 いつの時代にも存在するわけではないタビスを、士気が上がるからと最前線に立たせている時点で『道具』としかみていなかったと今なら解る。

 道具は使い終わったら用済みだ。


 表立っては無くとも、事故にみせかけることはあり得た。

 案外人は思いがけない理由で死に至る。現にアセルスは蛇に驚いて暴れた馬から落ち、打ちどころが悪くてあっさり亡くなったと聞いている。


「剣を交えるうちにあなたが息子だと確信した父は、あなたが惜しくなったのね。敵将を討った英雄ならば、さすがに歴史の闇に葬られることも無い。王にはあるまじき行いだけど、あなたを護る為に討たれることを選んでしまった」


 イディールの言葉の意味を、アトラスは一瞬理解できなかった。


「敢えて討たれた?俺は、護られた?」

「ええ。父は強かったもの。たかだか十五歳の子供に負けるなんてありえないって、そこだけが解らなかったけど、そういうことなら私も腑に落ちる」


 イディールは納得した顔で微笑んだ。

 説明しながら、自身も整理していたのだろう。

「父が護ることを選んだなら、私は従うしかない。だから、あなたは生きないといけないわね」


 この話はお終いとばかりに、イディールは立ち上がった。

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登場人物紹介

https://kakuyomu.jp/works/16818093076585311687/episodes/16818093077170273465

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