■月星歴一五四二年十一月⑥〈墓参り〉

 ペルラに指示された場所は湖の畔にある、王族の墓地だった。

 一般の参拝は門までだが、アトラスとハイネは中に入り、前王セルヴァの墓石の前にて待つ。


 夕時になろうという頃、レイナはたった一人で現れた。

 二人の姿に驚きながらも、妙に納得した面持ちで溜め息をつく。


「そういうこと。ペルラの客って、あなた達だったのね」

「そこは、会いたかったと抱きついてきてくれてもいいところなんだが」

「たった数週間で何を言ってるの。ペルラに何か言われたの?」

 案外冷静に流された。


「母に結婚の報告がまだでしょうといきなり言い出したかと思えば、サラを連れていけと言いつつ、門の中には絶対に入れるなと、やけにペルラの指示が細かいとは思ったのよ」

 言いながら、門の方を向いたのは無意識だろう。


「やっぱり、月星に多い顔立ちとか、そういう話でも無いのね」

 呟くように漏らした言葉に、ハイネはアトラスを見る。

「レイナには話してある。そこまで込みで共に歩めるか尋ねたつもりだ」

「今更言う?」

 呆れながらも、レイナの眼差しは優しい。

「ハイネにも話したんだ?」

「いや、僕に憑いた魔物が置いていった情報」

「はい……?」

 レイナがハイネを凝視する。

「聞いてないわよ」

「言えるわけ無いだろ」

 二人は同時に盛大に息を吐いた。

「……ハイネで良かったわね」

「まったくだ」

 アトラスは苦笑混じりに頷く。その点については深く同意する。


 墓地の門で待つ女官姿の女性を一目見た瞬間、これは当たりだとアトラスは思った。


 ハイネはアトラスを女性にした感じと表現したが、実際そうとしか表現出来無い。

 ちょっと迫力のある美人と言えよう。

サラ・ファイファーは二十二歳だとペルラは言ったが実際は二十五歳の筈だ。三歳くらいなら誤魔化せるものだろうか。


「お帰りなさいませ」

 女性は二人増えたことを訝しむ様子だったが、口調には出さない。

「サラ・ファイファーとは誰の戸籍だ?」

 開口一番、アトラスは詰問した。

「いきなり、なんでございましょうか」

「イディール・ジェイド・ボレアデスだな」

「なっ……⁉」

 平静を装っていた態度がわかりやすく崩れた。強張った顔。後ずさりする気配に、アトラスはがっちりと腕を掴んだ。

「俺が誰だか判るか?」


 月星人であることは口調ですぐに判別できる。

 この国ので、この街で結びつく人物は一人しかいない。


「まさか、アトラス王子?」

 驚愕に見開かれながらも、その青灰色そらいろの瞳に刹那宿る冷たい色。

「そう……、あなたがアトラス・ウル・ボレアデス……」


 女官の仮面をかなぐり捨てた気位の高い顔で、アトラスのことを睨めつける。

「なぜ、判ったの?」

「さてな」


 初対面だが、しまった。そうとしか言えない。理屈では無い。

「生きていたとはね、ジェイド派の姫君」

「今度は私を殺すのかしら?」

「返答次第では斬らねばならんな」

「アトラスっ!」

 咎めるレイナの声。

「アトラス、駄目だ。僕はアウルム様と約束した」

 ハイネも首を振る。


 レイナは城に続く一本道に目を向けた。

「ちょっと歩きましょう」

 レイナは城とは反対側、湖に続く方へ道を示した。


 城にはこの逢瀬を企画したペルラがいる。機転が回るライ・ド・ネルトがいる。

 この道は封鎖されているはずだ。


 アトラスはレイナが言わんとしていることを察し、示された方に足を向けた。

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史実が事実とは限りません!

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