■月星歴一五四二年十一月⑤〈ファルタン別邸にて 後〉
「話を戻しますわ。引抜かれた娘は件の貴族のところで三年程働いていたそうです。よく出来た娘で貴族は気に入っていたようですが、息子に嫁いできた令嬢と反りが合わななくて王城の募集に応じるに至ったと……」
「雇い主と問題を起こすのはどうなんだ?」
「むしろ、その令嬢の器の問題ですよ。家柄だけのお嬢様が、何でも出来る美人の使用人に嫉妬し、夫の気が向くんじゃないかと疑心暗鬼になって追い出したってところでしょう」
ペルラは気に入らない人間には容赦が無い。
「その貴族だって、この国では昔からの名家ですが、あの時はずっと領地に引っ込んでいて、レイナ様が帰還したとたん挨拶に馳せ参じた一人ですよ。心象の悪さを出来の良い侍女を推薦することで補おうとしたんでしょうよ」
貴族の名前を聞いて、アトラスも繋がった。
モースに人材発掘をさせられていた時分に面接をした記憶がある。軽薄な印象は拭えないが、少なくとも推薦人としてはきちんとした家柄と言えよう。
「女官の名前は?」
「サラ。サラ・ファイファー。書類上では二十二歳です」
「そして、既に三年程国内で働いていた、か……」
アトラスはハイネを見やる。
「おまえの考えすぎじゃないのか?」
三年前なら、まだ竜護星にアトラスとレイナは辿り着いていない。
「そろそろ、理由をお聞かせいただきたいのですけど」
ペルラがしびれを切らした風に問う。
「月星人と聞いて、内戦時に我々アンブル派の敵方だったジェイド派の人間なんじゃないかとハイネが心配してな」
「それでわざわざ王子殿下を引っ張り出したの?」
心底呆れた視線をペルラはハイネに向けた。
「あれだけ賢い娘なら、例えそうでもその辺りの折り合いはついてるわよ。人間一人でできることなんて、たかが知れてるのだから」
ペルラはレオニスを慕い、魔物に憑かれて人格さえ変わり果てても本質を信じて愛妾として支えていた。
終結後は誰よりも風当たりが強かった一人だが、筆頭貴族の一族の一人であることに拘らず、女官頭としてレイナに尽くすと決めた。
さっさと身の振り方を態度で示した女性の言うことは違う。
「ペルラは、その女官をずいぶん気に入ってるようだな?」
「あんなに良く出来で気が利く娘、なかなかいませんもの」
にっこりと笑うペルラ。
彼女のこんな笑みはどうしてか凄みがある。
「それで、どうします?城に行きますか?」
「いや、正式な訪問では無いので、できれば避けたい」
「そうですよね。わずか数週間で会いに来たなんて、ベタ惚れがばれて恥ずかしいですものね」
そんなことを言って、ペルラはコロコロと笑う。
「わかりました。滞在中はこの屋敷をお使いください。部屋を用意しますわ。お疲れでしょう、少しお休みくださいな」
さっさと決めて、手際よく使用人に指示を出す。
「ハイネ、あなたもモースさまと月星にいることになっているのよね?ここに泊まりなさい」
傍系とはいえ、同じ一族の誼みかハイネには口調がきつい。一応ハイネの方が本家筋なのだが、故意に忘れているように見える。
「私はこれから城に行きますけど、後で連絡を入れますわ。レイナ様とサラに会えるよう、手配します」
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