第45話 残り火

夜。


月光の下、空中に何かが浮かんでいる。


それは淡い青色で、柔らかくふわふわとした外見を持ち、ヒトデのように見える生物だ。知らない人なら、直感的にその生物を宇宙人の類いと思うかもしれない。しかし、この世界の人々にとって、生物学に反した奇怪な形状のその生物は、より馴染み深い名前で呼ばれている。


妖精。


妖精は自らの五本の触手を伸ばしながら、回転をしつつ浮遊して建物の残骸を越え、広場に到着した。


妖精は停止し、空中で静止しながら目の前の光景を俯瞰ふかんする。


それはまさに屍山血河しざんけつが


見渡す限り、地面に横たわる怪人の死体の大群が妖精の目に映った。広場は至る所に黒い煙が漂い、空気中にはまだ燃え残りの匂いがあり、まるで大爆発があったかのようだった。


妖精は頭と思しき部分の触手をひねり、爆心地に視線を向けた。


頭を垂れている少女がいた。


彼女は藍色を基調としたロリータスタイルの服を着ており、ふわふわとした広い袖が特徴的だ。微かに巻かれた髪は肩にかかるように二つに分けられている。しかし、その可愛らしい装いとは裏腹に、彼女の身からは激しい戦いを経た獣のような、濃厚な暴力的な雰囲気が漂っていた。荒い息をつきながら、彼女の胸が激しく上下している。


妖精の接近に気づいたのか、少女は顔を上げた。前髪の下から、十字の光を放つ瞳が鋭く見開かれている。


「…S。」


少女は呟くように妖精の名前を口にした。Sと呼ばれるヒトデの形をした妖精は少女の周りを数周回った後、彼女の斜め前で停止した。そして、その柔らかな体から声が発せられた。


「まさに雑魚粉砕機ざこふんさいきと呼ばれる星眼スターリーアイズ。百体のC級怪人は塵芥ちりあくたに等しい。その殲滅能力は、恐らく焔刃ブレイズエッジですら及ばないだろう。」


「…何?私を嘲っているの?」


「とんでもない。だが、お前も知っているはずだ。お前の特性は下位の敵に圧倒的な優位を持つが、同格以上の相手には劣勢となる。そう、例えば小夜啼鳥サヨナキドリ。」


「っ。」


「奴に対しては、お前の全力攻撃まるで効果がない。このままでは、一生奴に追いつけないかもな。」


「…何が言いたい、S。たとえあなたでも言ってはいけないことがある。潰されたいなら、手加減はしない。」


魔法少女星眼スターリーアイズは、その可愛らしい顔とは似つかわしくない怖い表情で半空中に浮かぶSを睨みつけた。しかしSは動じることなく、ヒトデの体を使って肩をすくめ、さらに頭をゆっくりと振りながら笑った。その短い腕の動きから、明らかに嘲りが感じ取れた。


「忠告するだけだ。ただいくつかの雑魚を殲滅したくらいで、調子に乗るな。お前にはもっと大きな目標があるはずだろう。サヨナキドリなんて、ただの通過点つうかてんに過ぎない。もっと高く登り、お前の憧れに近づき、それを超えることこそが目標であるべきだ。まあ、現状のお前では、その障害を超えるにはまだ遠いがね。」


「勝手に目標を設定しないで。今、私はあなたが言う『憧れ』なんて気にしていない。私が倒さなければならない敵はサヨナキドリだ。前回奴はリコシェと一緒に逃がしてしまった。」


スターリーアイズは歯を食いしばりながら、周囲に荒れ狂う嵐のような魔力を巻き起こした。


「次に会ったら、絶対に逃がさない。」


「次があるかどうかも怪しいな。魔法省の追跡をこれほど長く逃れている者だ。力任せのお前とは違って、隠れる術を心得ているはずだ。前に会えたのは純粋な運だった。いや、それは仕組まれたことかもしれない。」


「何を言いたいの?S?」


少女の額にははっきりと青筋が浮かんでいた。しかしSは答えず、ただ何かの方向を指さした。


「噂をすれば。前回の黒幕が現れたな。」


「…扉?」


廃墟に突如として現れた悪魔の装飾が施された黒い扉。ゆっくりとその扉が開き、中から二人組が歩いて出てきた。一人は片腕の大男で帽子を被っており、もう一人は銀灰色のスーツを着た女性だ。扉から出てきた二人を見て、スターリーアイズはゆっくりと戦闘態勢を取った。


「...怪人?」


「魔法少女、スターリーアイズ。」


女怪人は微笑みながら話し始めた。


「さっきの話、全部聞いていたわ。敵の敵は味方。どう? 私の提案ていあんを聞いてみない?」


「敵の、敵?」


「そう、敵よ。」


女怪人は自らの右半分の前髪を持ち上げ、ほぼ半分の顔を覆うアイパッチを露わにした。


「この傷、今でもじんじんと痛んでいる。奴らから受けたこの『プレゼント』、必ず返してみせるわ。」


「興味ない。怪人の話に価値はない。消す。」


スターリーアイズがその目を銀河のように輝かせ、魔力を凝縮させ始めたその時、Sが彼女の前に身を置いた。


「…どういうつもり?S?」


「戦うな。今は多勢に無勢だから、聞くだけなら問題ない。いつでも撤退できるよう準備しておけ。」


「おお、さすが妖精殿。戦の流れを読むのがうまい。私たちは人間の分類で言えばAランク。いわゆる雑魚粉砕機と称されるスターリーアイズも、連戦の後では私たちと戦うのはきっと大変だろうね。」


「この…っ!」


「あら。誤解しないで。私たちは戦いを避けるためにこのシチュエーションで交渉を選んだだけ。あなたを脅すつもりはない。それに、私たちの提案にはきっと興味を持つはずだよ。サヨナキドリをどう倒すか、その話。」


「っ。」


ビクッ、と。サヨナキドリの名前を聞いた途端、スターリーアイズの体が何かに反応したかのように跳ねた。彼女は怪人を睨みつけ、わずかに顎を上げた。


「…話があるなら余計なことは言わずに言え。私の時間を無駄にしたら、潰す。」


「問題ない。任せてください、スターリーアイズ様。」


男装の麗人が指を鳴らし、顔に三日月のような微笑みを浮かべた。


「私たちの提案は、絶対に後悔させない。」

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