第26話 地獄の業火に焼かれながら、それでも天国に憧れる

「...っ。わかってるぞ。あの鎧から、僕たちの匂いが濃く感じる。なるほど!君が怪人の死体をどうするつもりなのかと思っていたが、そういうことだったのか!」


口元から流れ出る黒い墨をゆっくりと拭いながら、テールコートの怪人が満面の笑みを浮かべた。


「ハッハ、ハハハハハ!僕たちの血も肉も皮も全部君の栄養になった!死を纏い、死を与える!やっぱり君は誰よりも激しく、闇を喰らう光だ!あの鎧は、一体どれだけ僕たち怪人の死で作られたんだ!」


「さあ。数えきれない。さまざまの怪人のパーツを使える状態にするのは大変な作業だ。」


身をかがめて、目の前の敵をじっと見つめる。チクタク。ディスプレイに表示されていた数字が3分から2分59秒に変わった。


「まあ、今度は貴様も加わることになる。」


言葉を終えると、私はG.ラポスに向かって突進した。これまでとは異なる身体強化の倍率を感じながら、正面から飛んでくるパイルバンカーをかわした。一歩踏み込み、雷のように相手の懐に飛び込んだ。


「喰らえ。」


全身を込めた左フックが、装甲の吸気音と共にG.ラポスの腹部に炸裂した。クハッと黒い墨を吐き出し、G.ラポスは吹き飛ばされ、壊れた壁に激突した。


ドンバン!重い衝撃音が響き、コンクリートの破片が地面に散らばった。G.ラポスは地面にぐったりと倒れた。この隙を逃さず、私は跳び上がり、素早く相手の上に乗った。


黒霧をまき散らしながら、私の左拳はG.ラポスの胸郭きょうかくを貫通した。


「つかまえた。」


拳を引き抜こうとしたとき、怪人の顔に笑みが浮かんだ。


「っ!」


直感に従い横を見ると、地面に倒れていたミノタウロスが私に向かって斧を振り下ろしていた。


重い打撃と金属が擦れる音が響いた。ヘッドアップディスプレイに表示された時間が一気に10秒減少げんしょう。右肩に痛みが走りながらも、私は足腰を固めてその一撃を耐えた。ミノタウロスは驚きの表情で目を見開いた。


ミノタウロスの攻撃を無視し、私はG.ラポスの額に右拳を振り下ろした。


G.ラポスは頭を横に避けたが、完全には避けきれず、その一撃で相手の左目が削り取られた。


「オオオオオオ!!!」


咆哮しながら、ミノタウロスが突進してきた。


衝撃が起こり、視界が回転した。私は空中に打ち上げられ、時間が再び20秒減少した。歯を食いしばりながら、身体をひねってミノタウロスの首に両足でしっかりと絞めつけた。


「はっ!」


ミノタウロスを投げ飛ばし、足が着地すると同時に、黒いパイルバンカーが爆音とともに襲ってきた。


背中に刺すような電流が走った。時間を遅くする中で、私は両手で自分に突き刺さろうとするパイルバンカーを掴んだ。


「ハアアアアア!」


耳障りな摩擦音と共に、パイルバンカーは私の胸から一ミリほどの距離で止まった。


「あっは!さすが我が君!」


G.ラポスの顔には喜びが浮かんだ。


私は鎧を駆動させ、彼女の手からパイルバンカーを強引に奪った。その後、体を回転させてサイドキックを放つ。


G.ラポスは一瞬で手を上げて防御した。しかし、それは無駄だった。私の足は彼女の脳の横を噛みついた。


ヘッドアップディスプレイに表示される時間はあと50秒。


糸が切れた人形のようにまったく動かない怪人に手を伸ばし、私がその頭を掴んで高く持ち上げた。


「ウオオオオオオオオオッ!ウオオオオオッ!」


ミノタウロスがもがきながら立ち上がろうとしたが、すぐにつまずいて転倒した。よろめきながら、這いつくばって私に右手を伸ばし牛の頭を持つ怪人の目は、何かを訴えるよう。


それを無視し、私はG.ラポスの首に手刀を突き刺した。パチ、と。筋骨が断裂する感触がしっかりと手に伝わった。


「モオオオオオオオオオオオッ!」


凄まじく悲痛な、まるで泣き声のような叫び声が廃墟に響き渡った。


騒々しい背景音の中で、G.ラポスの顔には笑みが広がった。


それはとても穏やかで、満足そうで、現在の状況とは全く合わない優しい笑顔だった。


「目を…閉じて、最も暗く深い夢の中に…身を委ねよ。」


「っ!」


慌てて奴を放り投げ、私は警戒心けいかいしんを最大にした。


「そして耳を…耳を傾けるのだ、夜の調べに。」


「?......っ!」


気がついた時にはすでに遅かった。ミノタウロスの下に黒い沼が現れ、急速に牛の頭を持つ怪人を飲み込んだ。体がバラバラになっていたミノタウロスは一瞬で姿を消した。


「くっ。」


「ハハっ。一本取られたね。愛し君。」


地面に転がっているG.ラポスが嗤っていた。


「貴様!」


「まあまあ。そんなに怒らないでよ。時間もあと少ししかないんだから。ちょっと話し相手になってよ。」


私の返事を待たずに、G.ラポスは勝手に話し始めた。


「僕はね。苦しんでいたんだ。」


「……っ。」


「街の暗闇で生まれて、僕はネズミみたいに、虫みたいに暮らしていた。自分が何のために生まれて、何のために存在してるのかわからなかった。心の中に抑えきれない破壊衝動はかいしょうどうは一体何なんだと思っていた。」


「……」


「そして嫌な魔法少女だ。自分の存在意義もわからないうちに、彼女たちの攻撃から逃げ回らなきゃいけなかった。追われて、追われて、追われて。気を抜いたらゴミみたいに消される。地獄みたいな日々だ。だが、ある日、僕は君に出会ったんだ。」


「……っ。」


「あの日はもう限界だったんだ。復讐したかったんだよ。どれでもいいから、魔法少女を襲おうと思っていた。心の中の憎しみをそうしなきゃ吐き出せなかったんだ。ああ、覚えてるよ、あの日も雨だったな。」


雨が少し強くなった。雨がG.ラポスの顔を打ち、目頭から流れ落ちた。


「僕は見つけたんだ。地面に跪いて、ナイフで怪人を切り裂き、剥ぎ取ってる君を。」


冷たい雨が装甲の割れ目からそっと侵入したのか、それとも自分の血液が失われたからか。体がじわじわと冷えてくるのを感じる。


ヘッドアップディスプレイに表示された時間はあと20秒しかない。でも、私はぼんやり立っていて、何かを伝えようとする怪人から視線を移すことができない。


「雨の中、君が怪人の体を切り刻んでいた。地面に膝をつき、頭を垂れていた。慎重に、罪を悔いるかのように、怪人の破片を自分のバッグに納めていた。本来なら恐ろしい光景なはずだが、なぜか、怪人の前でひざまずく君は神聖な儀式を行っているかのように見えた。君の背中から、僕は光を感じた。」


「……勘違いだろう。私はただ、サンプルを集めているだけ。」


「そうかもしれない。それだけかもしれない。でも、僕は確かに憧れを感じたんだ。結局魔法少女に殺されるなら、そんな葬式が欲しい。目的が何であろうと、もう僕には関係ない。それは僕にとっての葬式だ。僕はただ、誰かが慎重に、心から最後の道程を見守ってくれることを望んでいただけだ。そして今日、それがついに実現した。」


G.ラポスは笑った。その目は徐々に光を失っていった。


「僕はずっと地獄にいる。でも、歌うことができた。なぜかと言えば、地獄の炎の中にいながら、君に憧れているからだ。」


G.ラポスの目が焦点を失った。


「あのね、愛し君。僕が死んだ後、君が僕を素材にするのか。」


「…ああ。」


「僕は風に吹かれて消える砂塵のようになるのではなく、君が各部分を保存して利用するのか。」


「......ああ。」


「僕の死が君を強くするのか。」


「ああ。」


「そうか……ふふ、そうか。最後に、最後に、僕のために……歌ってくれるか……」


G.ラポスの瞳孔が大きくなる。その目は完全に光を失っていた。


ビープ、ビープ。ヘッドアップディスプレイのカウントダウンがゼロになった。


装甲が一枚一枚と剥がれていくのを感じつつ、私はG.ラポスの隣にひざまずいた。


雨はまだ降り続けている。手に持った小さなナイフを挙げ、私は乾いた唇を舐めた。


小さくて、不器用で、メロディに合わない子守唄が廃墟の中で響き始めた。

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