第370話 人形少女の託されたもの
私は一体どうすればいいのだろうか。
色々な事情があってこうしてここに立っているけれど、どうすればいいのかさっぱり分からない。
刀が頬をかすめる。
傷が入るものの私の身体からは血の一滴も流れることはなくて、パラパラと無機質な破片が散らばり落ちるだけ。
血も汗も私には流れてなくて…それがなんとなく悲しいような虚しいような複雑な感情を抱かせる。
対するマリアさんはどうだ。
瞳からは涙が。
私が傷つけた肌からは血が。
そして時折苦しそうに悶えたかと思えば、その口から黒い泥のようなものを吐き出していく。
マリアさんも人とはかけ離れているとは思うけれど、少なくとも私なんかに比べれば…血が通っている。
刀が撃ち合い、私の手にあった刀が砕け散った。
今の私とマリアさんの間にそこまでの力の差があるようには感じられない。
だというのに押されているのは…きっとマリアさんの心が私のそれより重いから。
沢山の悲しみと恨みを抱えて、マリアさんは泣いて血を吐いている。
それは私には出来ない事だから、その分だけマリアさんは私より重い。
マリアさんと同じような事が身に起きれば私だって世界を憎むだろう…そして同じことをするだろう。
でもその時に私は今目の前の彼女の様に血の涙を流すことは出来るのだろうか。
もしできないのだとすればそれはとても悲しい事だ私は思う。
そしてだからこそ私はちょっとだけ腹が立つのだ。
「どうしてそこまで悲しいってことを全身で表せられるのに、あの子の事を見てあげないの…!壊すのも殺すのも誰もあなたに文句なんか言えないよ!好きなだけやりなよ!でもその前にやることがあるじゃん!そんなになるまで大切だって思っているのなら、まずはあの子の事をちゃんと見てあげてよ!あの声を何よりも先に聞いてあげてよ!」
「うるさいうるさいうるさいうるさい!!!したり顔でありきたりな説教をするな!!おとぎ話の主人公にでもなったつもり!?そんな使い古されたような綺麗事でどうにかなるものなんてないんだよ!」
「そんなありきたりな言葉を使われるほど簡単な事が分かってないのはマリアさんでしょうにぃい!!」
私の突き出したナイフがマリアさんの肩を抉った。
肉片と共に真っ赤な血が白い世界に溶けていく。
羨ましい。
きっとマリアさんはレイと抱き合う事でお互いの柔らかい肉に感触と、暖かな体温を感じ取れたのだろう。
私はマオちゃんと抱き合っても…マオちゃんには硬くて冷たい人形の感触しか伝えることは出来ないのに。
言っても仕方のない事だというのは分かっている。
この身体だからこそよかったという場面だってたくさんあるし、なにより私が人形としてこの世界に生を受けていなければマオちゃんには出会うことはなかったと思うから。
だけど…それでも私はやっぱり肉の身体が羨ましい。
だからこれは自分勝手な押しつけなのだけど…人として生まれる事の出来たレイには幸せでいて欲しかった。
私には手に入らない欲しいものを生まれ持ったのだから私よりも幸せでいて欲しい。
結局はそれなんだ。
偉そうなこと言ってマリアさんに説教したけれど、マリアさんの事を心底考えているわけじゃない。
ただ幸せであってほしいと私が、私のために、私がそうであってほしいと思う、ただそれだけの事。
難しい事なんて何もない。
簡単な事だ。
「うるさい!誰もがお前の様に単純な考えでいられると思うな!」
マリアさんの刀が私の腹に突き刺さり、そのまま右の脇腹までを切り裂いた。
「いたっ…!」
「私だって見られるものなら見たいさあの子の顔を!聞きたいよ声を!もう一度だけでいいから笑ってほしいって思ってるんだよ!!でもどうすればいい!?どんな顔をして私はあの子を見ればいいの!全部全部私のせいなんだよ!私があの子を悲しませて苦しめたんだ!あの子が可哀想な目に合ったのは私のせいなんだよ!!」
「ふっ、ざけんな!!」
怒りに任せた私の右ストレートがマリアさんの顔面に吸い込まれた。
今のはダメだ。
さっきのマリアさんの言葉だけはどうしても許せない。
ここに居たのが私じゃなくてレイだったとしても、きっと怒っただろう。
「それはマリアさんが絶対に言っちゃいけない事じゃん…ほんとにあの子の何を見て来たのさ」
懐からレイの欠片を取り出して握りしめる。
伝わってくるあの子の記憶は確かに辛い物だ。
だけどそれ以上に暖かな記憶もたくさんあって…あの子はマリアさんといる時心から笑っていた。
「あの子は「可哀想」なんかじゃない!結末がどうだったって、あの子は幸せだったんだよ!悲しまれて同情されて…可哀想なんて言葉で否定されるような人生じゃ絶対になかった!なんでそれが分からないの!」
「わかるわけない…わかるわけがない…!あの子がなにを幸せに思っていたというの…?私は何もできなかったのに…何もしてあげられなかったのに…あの子の生のどこに幸せがあったって言うのよ!!」
思わず私はギュッと目を閉じてしまった。
マリアさんには私からの言葉なんて届かない。
自分のあまりの無力さがとても悲しい。
でもそれが当然だ、私はレイの友達だけれど、マリアさんにとっては他人…他人形だ。
私だってマオちゃんの事を見ず知らずの誰かにとやかく言われても何を言ってんだこいつはとしか思わない。
手の中にある欠片にそっと視線を落とす。
ねぇもう私には無理だよ。
ごめんね、約束の一つも守れなくて…でもあの人をどうにかするにはもうレイ本人が出てきて頬の一つでもひっぱたくしか…。
「あ」
そこでふと私はある事を思い出した。
もしかすればマリアさんに届くかもしれない、可能性のあるようでないような…でもやっぱりあるようなそんなとある手段。
レイ…やっぱりこういうのはさ人任せにしちゃだめだよ。
私は手伝うだけ。
想いは君が伝えなくちゃね。
刀も残り一本…ちょうどよかった。
「マリアさん、怒らないでね」
「は?」
私は刀を振りながら「あの時」の事を思い出す。
「えーと、なんだっけ…雷轟電撃の電光雷轟、雷轟電転をもって迅雷怒涛なり」
うん…あの時も思ったけど、自分で声に出してみるとより一層なんというか頭の悪そうな感が凄い。
しかしにじみ出るアホさとは裏腹に私の持つ刀に青紫の不規則な線がまとわりつく。
「織天雷翼【火雷神】」
「なに…それは…」
私の背後に現れたのは雷の天使。
そうこれはあの時、レイと戦った時に奪い取った彼女の力だ。
だがこれだけじゃまだ足りない。
ねぇそうでしょう?
(リリちゃん)
「うん。行くよ…レイ」
瞬間、私の持つ刀に世界を焼き切らんばかりの雷が集い、拡散した。
雷は白に食われた世界を砕き、私の闇をまだ半分だけだが取り戻してくれた。
闇の中に轟く閃光は想いが届いてほしいあなたのために。
「うそ…それは…あの時に見た雷…そんなはず、あるわけがない…」
マリアさんが胸を抑えて数歩後ずさる。
そっか、わかるんだねマリアさん…これがなんなのか。
ならまだ終わりじゃない。
あなたたち家族の想いはきっと届くから。
「惟神、万象神姫夢想 夢奏デノ追想劇」
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