第314話 銀の龍と神様3

 鱗と刀、二つの銀色の光がぶつかり合い火花を散らす。

互角に撃ち合っているように見えるが斬ることを目的とした刀は鱗とぶつかり合うたびに確実にダメージを負っていき、数度の衝突であっけなく砕けてしまう。


逆にレリズメルドの鱗はかすり傷すら負わずにその銀色の輝きを曇らせることは無かった。

しかしフィルマリアも刀はすぐに再生成を行い、かつ「偶然」の足運びでレリズメルドの攻撃を躱し続けている。


だがレリズメルドには鱗以外にも能力があり…クララが使っていた歌声による攻撃などを駆使し徐々にフィルマリアを追い詰めていた。


「どうしたその程度かフィルマリア!」

「…あいにく体調が悪いもので」


「じゃあ大人しく眠っておけ!」


レリズメルドが手刀をフィルマリアの胸に目掛けて突き出す。

まるでそれを待っていたかのようにフィルマリアの刀がレリズメルドの腕をすり抜けるような軌跡を描き、その首に吸い込まれる。


ほぼ同時に放たれた二人の攻撃はお互いの身体を捉え…肉を切る音と共に血飛沫が上がった。

レリズメルドの手刀はフィルマリアの胸に深々と突き刺さっており、フィルマリアの刀は…レリズメルドの首に現れた鱗によって阻まれていた。


「っ…」

「あなたは本来戦いには向いていない。確かに偶然を必然に変える力自体は厄介だが、それでどうにもならない事にあなたは対応できない。私の鱗はあなたではどうやっても砕くことができない。偶然当たり所がよかろうが結果は変わらない。そしてあなた自身の身体の可動域も偶然ではどうにもならない。今のように刀を振りつつ私の手刀を避けるのは身体の構造上無理だっただろう?」


手刀が横に引き抜かれ、フィルマリアの肉片が飛び散り、なにか筋が切れたのかその手から刀が滑り落ちて地面に突き刺さる。


「致命傷は「偶然」避けられたみたいだな」

「…」


「雨が降らない地にたまたま雨が。乾ききった土に緑の芽が、それがあなたの本来の力だったはずだ。そんな風に刀を振り回すような使い方をしても有効に働くわけがない」

「知ったようなことをいいますね」


「知っているからな。あなたと過ごした時間が一番長いのは誰だと思っている。…フィルマリアもう」

「やめはしないですよ。私を止めたいのなら殺す気で来ませんとどうにもなりませんよ」


フィルマリアの傷はいつの間にか塞がっており、地面に落ちた刀はそのままに新たな刀を生成する。


「あなたでは今の私に絶対に勝てない。我が子孫たちがつなげてくれた力を継承した私と…摩耗しきっているあなたとでは勝負にならないと先ほどの打ち合いでわかっただろう」

「さぁ…どうですかね」


「フィルマリア。失ってしまったものはもう戻らないんだ。この世界の神でもあるあなたでも時間を戻すことは出来ないように…滑り落ちた時点でどうしようもない物があるんだ」


ダン!と力強くフィルマリアは踏み込み、両手の刀を振るう。

レリズメルドはその全てをその場で受け止め、正面からフィルマリアの濁った眼を見つめる。


「あなたが悲しいのは分かる、悔しいのも分かる…憎いのだってわかるさ。でもそれを今のこの時代にぶつけてももうどうしようもないんだ!私も…そしてレイもそれであなたが苦しむのを望んでなんかいない!」


硬く強く握られた龍の拳がフィルマリアの顔を撃ち、その身体を数メートル吹き飛ばす。

土煙を上げながら地面に引きずられ、そのまま倒れて天を仰ぐ。


「…レリズメルド」

「なんだ」


「空が青いのをどう思いますか」

「なに?」


フィルマリアが見上げる空は先ほどまで降り注いでいた黒い流れ星が雲まで吹き飛ばしていたためか染み一つない青空がどこまでも広がっていた。

まるで人々を包み込むような優しい日差しが降り注ぎ、フィルマリアの肌も照らしている。


「我ながらいい世界ですよね。暖かな日差しに心地のいい風…街を歩けば幸せそうな人々の声。争いも、ままならない事もあるけれど…それでも世界としてはいいところなのではないですかね」

「ああ、あなたが作った誇るべき世界だ」


「…やっぱりあなたは何もわかってませんよレリズメルド」

「どういう意味だ」


「昔からあなたはそうです…いつも少しだけずれている」

「言われなくてもわかってる。それがあなたを追い詰めた一因であることも」


ふふふと少しだけ自傷気味な物を含みながら小さく笑い声をフィルマリアは零した。

その瞳は青空を見上げたままだ。


「別にそれであなたを憎いと思った事なんて一度もありません…一度もないよレリズメルド。ただ私の事を分かってないなって思っただけ」

「…じゃああなたは空が青いのをどう思ってるんだ」


「私はねこの青い空が…心底腹立たしいんだ」


ボロボロに傷つき、血で濡れてなお白い腕が天の光を遮るように伸ばされる。

影になったフィルマリアのその瞳は…憎悪で濁り切っていた。

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