第303話 魔王少女は壊す3

「いや…本当に最近色々おかしいね…最高についてるって思ってたら驚きと苦難の連続だ…」


マナギスは額に脂汗を浮かべながら言葉を吐き出していく。


「私は神様の事が嫌い…というか興味がない、けれど…ここで言ういわゆる「神頼み」されるときに用いられる概念としての神様はきっと私の事が嫌いなんだろうね…こんなにも理不尽な試練を次から次へと投げかけてくる…」


もはや手の形を保っているとすらいえないほどにぐしゃぐしゃになった手を抱えてマナギスは嘆く。

自分は誠実に生きてきたのにどうして?未来に向かって精いっぱい努力をしているのにと。


周りや他人がどうとらえているのであれ、マナギス本人は自分を誠実で真面目な人間だと評している。

それと同時に同じく真面目に頑張る人たちにそれ相応に報われてほしいと願っていた。


自分の事ではない。

素晴らしい人がその輝きに相応しいだけの幸せを手にしてほしいという願い。


どんなに素晴らしい才能を持っていたとしても…いや、才能なんてなくても心根の優しい無辜の人々が…報われなければならない人が外的要因で踏みにじられる結末が許せない。


貧乏、容姿、病。


本人は素晴らしいのに、それ以外の要因が足を引っ張る事なんて数えればきりがないほどある。


何より人は簡単に死ぬ。

人外の化け物が闊歩するこの狂った世界…いつ何に巻き込まれて死ぬか分からない。


だからマナギスはそれを変えたい。

素晴らしい可能性を持った人々が。


努力すればするだけ何でも願いを叶えられる素晴らし人という種が日々を頑張って生きられるようにしたい。


そのために精一杯努力をしているにもかかわらず、今まさにそのマナギスは人外の化け物に願いごと踏みにじられようとしていた。


計り知れない絶望と恐怖の中で…マナギスは笑った。


「はははは!これだから人生は面白い!圧倒的不条理!ありとあらゆる障害!そんなものが次々に立ちはだかるからこそ我々人が!そんな物には屈しないと証明できるという物だよ!いいさ見せてあげようじゃないか!人にやってやれないことなど無いと!この逆境こそその証明に相応しい!」

「うるさいんだけど」


マオがブーツをはいた足でマナギスの指が潰れている腕のつながった肩を踏みつける。


当然のことながらマナギスはその足から逃れようとするが、何かに押さえつけられたように身体が動かず…マオの足に力が込められた。

腕と身体が固定された状態で肩にだけ負荷がゆっくり、ゆっくりと加えられていく。


「まずは一本」


マオの足が地についた。

常識ではありえないほどの圧力がかかったマナギスの肩は無残に砕けた骨を肉の間からのぞかせながら血をまき散らす。


切り離された片腕は一瞬で元が腕とは分からないほどの小さな肉塊へと圧し潰されて転がった。


「っ!!!!!…ぐぅうううう!まだ、まだぁ!」


本来なら片腕を失うだけでショック死してもかしくないのが人という種のはずだが、マナギスは気合で持ちこたえた。

消えそうになる意識を気合でつなぎ止め、痛みに悶えそうになる心と体を気合で立て直す。


「じゃあもう一本だ」


マオが残ったもう片方の肩に足を置いた時…なにか違和感のようなものを感じた。

ブーツから伝わってくる感触が「硬い」のだ。


「うふふふふ…そっちのほうの腕は…そう簡単には持ってはいけない、よ!」


脂汗を流しながらもマナギスは腕を振るい、マオの足を払いのける。

すかさずマオは深紅のオーラを放ち、腕を粉砕しようと試みたがその腕はつぶれることは無く、破れた服の隙間からは無機質な人形の腕が覗いていた。


「パペットの腕…」

「いやぁ…義手だったんだけど助かったね。まぁもう片方も義手になっちゃうけどね…」

(ん…?)


リリはそのやり取りにおかしなものを感じた。

それが何かは分からないがとにかくおかしいと感じたのだ。

しかしそんなリリの違和感をよそに二人の戦いは続いていく。


「パペット召喚」


パチンとマナギスが人形の指を鳴らすと部屋中の壁や床からパペットたちが這い出して来る。

それは決して狭くはない部屋の中を埋め尽くしてしまうほどの数だった。


どれだけ簡単な魔法とは言え、パペット召喚には準備が必要だ。


触媒となる専用の素材…マナギスはそれを手にしていた様子はない。

ならばこのペットたちはどうやって召喚されたのだろうか?答えは簡単だ。


「この部屋を構成している全ての壁や床、柱に至るまですべてが触媒だ。これもあまりお披露目はしたくなかった仕込みなのだけど…特別だよ」

「…」


マオは無言で腕を振るい、深紅のオーラでパペットを潰していく。

しかし…。


「これは…」

「美しい手とは言えないけど君にはこれが有効だろう?君の能力は爆発や衝撃を伴う物じゃない。どれだけスクラップに変えられようとも、そのままの質量で物質はそこに残るわけだ。四方八方からパペットたちは迫ってくるから逃げ場もない…さてさて、君がパペットの残骸に溺れるのはあとどれくらいかな?」


「くっ…」


実際マオは苦しい状況に追い込まれていた。

マナギスが予想したようにマオの力の正体は空気中の魔法的、霊的なものと結びつくことで質量を生み出すオーラだ。


それを用いることで特定の一か所だけに圧力をかけたり、圧し潰したりすることが可能になる。

またそれを壁のように展開することで物理、魔法どちらにも有効な防御壁を展開するなど応用性の広い能力ではあるのだが性質上、爆発や広範囲に消滅を伴う攻撃を行うことは出来ない。


本来なら気にするほどの弱点でもないはずのそれだが今は違った。



どれだけパペットたちを潰しても次から次へと群がるようにやってくる。

弾き飛ばしても後続のパペットにぶつかるだけでゴミはどんどんと溜まり、身動きが取れなくなっていく。


マナギスは逃げ口を確保しており、リリはこの程度で圧死することなどない。

この場にいるマオだけをピンポイントで殺すことができる完璧な作戦だった。


「ふふっ…いやぁただの思い付きだったけど存外にうまく行きそうだ!やっぱりどんな時でも諦めない心というのは大事だね、うん。未来を切り開く覚悟があれば人にやってやれない事なんてない…想いの力に敵うものなんてないのさ」


そして…パペットの残骸に埋もれ、マオの姿が見えなくなった。

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