その14 衣替え
「衣替えだねぇ、ハル君。どう?男子は学ランの上を脱ぐだけだけどさ」
「んー、女子の時ほど感傷は無いというか…中に着てたし、何とも思わないな」
「そっかぁ。でも、ナミちゃんや四橋さんが夏服になるのは、なんかそそられない?」
「ないって。男だったら、少しは楽しみなんだろうけどもさ」
男になって半年が経ってしまった6月1日。
衣替え初日の朝、登校前に夏服の格好で姿見の前に立って身なりを確認していた私に真琴がダル絡みしてきた。
「でも、あの学校、男の夏服は楽だね。ほぼ市販のYシャツみたいな感じだし」
「女子はネクタイとかが微妙に変わるのに。あ、半袖って無いんだっけ?」
「この学校は無いみたいだね。だから、皆、折ってるんじゃない?」
「半袖が無いなんてあるんだ…珍しい」
姿見の前で自分の格好を確認しつつ、Yシャツの袖を捲っていく私。
肘の上あたりまで袖を折って捲っていくと、真琴がスマホを取り出して、私の姿を写真に収めた。
「なにするのさ」
「いやぁ、夏服も可愛いなぁ…って?似合ってる似合ってる」
「もう…」
真琴は、まるでお節介焼きな姉の様…
呆れ顔を浮かべつつも好きな様にさせてやると、勉強道具のせいで重たい鞄に手を伸ばす。
「じゃ、そろそろ行くね」
「はいはい~、私はね、今日は5講まであるから、ちょっと帰り遅いかも」
「分かった。それじゃ、行ってきます」
「行ってらっしゃい~」
大学の講義が午後からなせいで、午前中はだらける気満点な真琴に見送られて部屋を出た。
「暑…!」
朝だというのに涼しさは無く、ムっとした暑さを感じる上に、日差しが強い…
日焼け止めは塗っているが、それを突き抜けて来そうな日差しだ。
女の頃なら、間違いなく熱中症一直線。
今は男だからか、そこまで酷くはならないが…苦手なものは苦手だ。
私はげっそりした表情を浮かべながら、学校への道のりを歩き始める。
「あ、ハル!」
暫く歩いて、学校まで後少しとなってきた時。
信号で止まって、僅かに顔に浮かんだ汗を拭っていると、背後から声を掛けられた。
「ナミか、おはよ~」
「おはよう!なんか朝から疲れてない?」
「うん、暑くない?朝からさ」
「あぁ~、暑いの苦手なんだ?」
既に暑さにやられている私と違って、元気満点な様子のナミ。
彼女は私の背中をポンと叩くと、私の横に並び、弾けるような笑顔でこういった。
「元気出してよ!教室まで行けば、エアコンの風に当たれるんだから、それまでの我慢!」
♂♀♂♀♂♀
衣替えの日は、何故か男女共にソワソワしている様な気がするのだが、それは間違いじゃないと思う。
教室でエアコンの風を浴びて、涼しい空気に身を溶かして元気を取り戻した私は、"白くなった"教室を見回しながら、どこか普段と違う高揚感?の様なものを感じていた。
「に、二宮君…おはよう」
「おはよう四橋さん」
朝の登校時刻、次々に増えていくクラスメイトは皆、昨日と違う格好なのだ。
隣の席の四橋さんも夏服に変わっていたが、袖を折り曲げスカートを短く履いたナミと違い、長袖のままでスカート丈も長い。
彼女らしい格好と言えばそうなのだが、私はその恰好を見て思わず目を見開いた。
「暑くないの?」
「え?…う、うん。私、寒がりだから…これ位が丁度良いかなって」
「へぇ…そうなんだ」
「寧ろね、エアコンのせいで寒かったりして…この席だと特に…ね」
「なるほど…」
四橋さんと雑談した時に、私は"女子だった"頃を思い浮かべる。
私はそういうタイプでは無かったが、確かに、寒がりな子は薬局とかの冷えた場所とかが苦手だとか言っていたっけか。
私が現役だった頃は、教室にエアコンなんてものは無かったが…
「そうだ。数学の宿題…やった?」
「え?あぁ、うん。やってるやってる」
「なら、見せてくれないかな?…私もやったんだけど、答えが合ってない気がして」
「答え合わせか、なら、サクッとやっちゃおう」
暑さ談義もそこそこに、話題は今日が期限の宿題の話へ。
私と四橋さんが数学のノートを取り出して答え合わせをしようとした時、前の席で誰かと騒いでいた五木君が、会話を聞いていたのか、ガタ!と急にこちら側へ振り返って来た。
「「!!??」」
ビクッと体を震わせる私達。
「数学の宿題か!?頼む、見せてくれ!やってなくてさ!というか、今朝知ったんだ!」
「良いよ良いよ、遠征帰りだもんね」
勢いの良い五木君に、私は苦笑いを浮かべて彼にもノートを見せてやる。
私は彼の勢いにも驚いていたのだが、彼の夏服の"着こなし"にも驚いて胸をバクバクさせていた。
(健康的すぎる!…私にはコッチの方が"効く"なぁ…うん、間近で見れちゃうんだもの…)
♂♀♂♀♂♀
午前中の授業が終わると、私は疲れ切ってしまい、机に突っ伏していた。
3,4時間目が体育だったのが最大の理由だが…最大の理由は"男子"。
(健康的過ぎる…ああいうの、見て良いの?…見せちゃっていいの?)
女子の夏服姿はすぐに見慣れてしまった。
男子なら思わずギョッとするような透けブラを見ても、見慣れているのだから動じない…
問題は男子の方だ。
現役時代から、何だかんだで男子の上裸は"見ている"のだが、男の立場で、間近で見れてしまうというのはちょっと"耐性"が無かった。
(運動部の子ともなれば、凄い締まってるんだねぇ…そうじゃないなら、もうオヤジ感出てるけど)
着替えの時。
夏になって"日に焼けだした"部活男子達の裸体を見て舞い上がってしまったのだ。
表面上では冷静を装っていても、意識してしまうものは意識してしまう。
「二宮君…疲れてるね」
「うん…暑さやらなにやらで…ね。体力無いよなぁ…」
煩悩で染まった頭と、2時間打ち抜きの体育で疲れ切った体…
そのせいで、体に力が入らない。
四橋さんはそんな私を見て僅かに笑みを浮かべると、そっと私の席に何かを置く。
「ん…」
重たい頭を上げて、四橋さんが置いたものを確認すると、最近、私達の間で貸し借りし合ってる漫画だった。
「そう言えば、続き貸すって言ってたの思い出して…」
「そういうことか。ありがと」
私はウダウダした状況から"復活"する理由をくれた四橋さんにお礼を言って漫画を鞄の中に仕舞いこむと、給食が配られるまでの暫くの間、彼女と漫画談義に花を咲かせた。
衣替え初日…まだまだ暑さが本番を迎えていない初夏の一時。
私は暑さと、自らの体に順応しつつ…今の生活をもう少し長く続けたいという気持ちを自覚し始めるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます