第259話 装備更新




 クリスの作戦の概要はバルバラとの交渉の場で語られた。

 報酬や経費負担などの諸条件も折り合いがつき、その内容は明日中に『黎明』への指名依頼としてギルドに届けられることも決まった。


「では、どうかよろしくお願いします」


 5日後――――老紳士が語ったのことだ。

 ラウラの弱体化に成功した貴族陣営は5日後に自前の兵力を率いて歓楽街を制圧するという。

 もちろん制圧といっても、兵力を以て歓楽街を継続的に占拠するということではない。

 そんなことをすれば領主が黙っていないし、ラウラさえ排除してしまえば後はどうにでもなるという考えだろう。


 実際、平民が貴族に対して切れる有効なカードは多くない。

 貴族に敵対するとなったら大抵の人間は尻込みするし、無頼の冒険者も貴族に顔を覚えられることを面倒がって積極的には関わりたがらない。


 普通の冒険者とは、そういうものだ。


「それじゃあクリス、頼んだぞ」

「ああ、任せてくれ」


 当日まで、俺たちはそれぞれの計画のために基本別行動で準備を進める。

 クリスは作戦の準備、俺はラウラとの交渉だ。


 俺の方はさして時間がかかるわけでもないのでクリスに手伝いを申し出たのだが、クリスはこれを固辞した。

 今回の件はどうしても自力でやり遂げたいらしい。


 正直に言えば、クリスの作戦は実現性に少々疑問符が付く内容だ。

 いくつかの助言で成功率が上がるかもしれないと思いつつ、それでも俺は敢えてクリスに全て任せることにした。


 元より保険、成功すれば儲けもの。

 それでクリスが自信を持てるなら、なおのこと任せるべきだと思ったのだ。





 

 明けて翌日。

 クリスの作戦を余裕をもって見守るためには、ラウラと契約を交わさなければならない。

 だがそれはそれとして、まず俺が向かったのは西通りの武器防具屋だった。


 頑固な爺様が一人で切り盛りしていた某鍛冶屋と違い、小奇麗で面積も広い店内には俺以外にも10人を超える客がいる。

 これほどの量をどこで製造しているのかと思ったが、店員に聞けばこの店舗は販売専門で製造は南西区域の作業場で行っているという。

 装備を購入する客のために微調整を行う最低限の人員だけを置いておけば、販売は鍛冶技術のない者で十分というわけだ。


「どうですか?違和感があれば微調整できますので、少し動いてみてください」


 ベルトの締め方やら何やら解説を受けながら、実際にガントレットとグリーブを装着してもらった。

 オーダーメイド品なので注文時に採寸は済んでおり違和感は特にない。

 その場で軽く駆け足したり両手をグーパーと動かしてもズレは感じなかったので、あとは剣を振ったときの感覚を確認するだけだ。


 店員に断りを入れてから素振りができるスペースに移動して、数分ほど体を動かしてみる。

 <強化魔法>の強度を調節し、その時その時で違和感がないか感覚を研ぎ澄ます。


「ふう……」


 全力で剣を振っても特に問題はなかった。

 流石、金貨6枚も払っただけのことはある。


(微調整は不要だな……)


 一度商品を受領すると以降の調整は修理か改修の扱いになり、別に料金が掛かると説明を受けている。

 確認は慎重に行うべきだが、流石に何時間も耐久試験をやるわけにもいかない。


 剣を鞘に収めて背負い、先ほどの店員を探して視線を彷徨わせる。

 ほどなく店員を見つけたが、ちょうど他の客の会計をしているところだった。

 

 今回注文した装備の代金は注文時に支払っており、後は受領書に記入するだけだから会計のために並ぶ必要はない。

 手持無沙汰になり、なんとなく商品を手に取って会計待ちをする客を眺める。

 すると、その手に装備の手入れ用品があるのが目に入った。

 

(ついでに見てみるか……)


 暇つぶしを兼ねて手入れ用品のコーナーに足を運ぶ。

 手入れ用品が並ぶ棚の面積は広くないが、汚れ落としから艶出しまで色々な種類の薬品や道具が並ぶ様子は興味深い。

 しかし、今回購入した装備にどの手入れ用品が必要なのか、恥ずかしながらさっぱりわからなかった。

 

(最近はフロルに任せきりだからなあ……)

 

 以前は確かに自分でやっていたはずだ。

 屋敷に戻り、風呂に入り、食事をし、フロルに食事をさせながら装備の手入れをする。

 当初はそれが習慣だったのだが、いつからか俺の手は装備を磨くための布ではなく、酒の入ったグラスとツマミを持っていた。

 少なくない返り血が付着した胸当てやガントレットも土埃で汚れたグリーブも、俺が風呂に入っている間にケチのつけようもないほど磨かれているのだ。

 特に手先が器用というわけでもない俺に、フロル以上の仕事など望むべくもない。

 俺はまたひとつ、ダメ人間への階段を昇ったのだ。

 

「少々、よろしいですかな?」

 

 しょうもないことで項垂れていると店員から声を掛けられた。

 先ほどの店員とは別の店員だ。

 彼の後ろには他の客もいるようだが、一体俺に何の用だろうか。


「冒険者のアレン様とお見受けします。当店の手入れ用品にご興味が?」

「ああ、いや、ちょっと見ていただけだ。手入れは家妖精に任せているから、どれを使うかわからなくてな」

「はは!冒険者の方はユーモアに溢れておりますな!」


 事実なのだが、冗談と受け取られてしまった。

 やはり普通の家妖精は装備の手入れまではしてくれないのだろう。


 困惑する俺をよそに、その店員は話を続けた。


「よろしければ、今回購入いただいた防具に仕える手入れ用品を一式差し上げましょう。代わりと言っては何ですが、少々お時間をいただけませんかな?」


 店員の話を聞いてみると、どうやら付与効果付きの鎧の強度を客に向けてアピールしたいらしく、俺に鎧を攻撃してほしいとのことだった。

 結果にかかわらず手入れ用品はくれると言うのだが、俺が気にしているのはそこではない。


「やらせには付き合わないぞ?」

「もちろん、全力で斬っていただいて構いません」

「……斬れたら売り物にならないんじゃないか?」

「この鎧は本体の強度もさることながら、強力な<結界魔法>効果が付与された当店の自信作です。簡単に斬られるようであれば、売り物にはできません」


 そう言いながらも店員は鎧の強度に絶対の自信を持っているようだ。

 態度の端々に斬られるわけがないという内心が透けて見える。

 

 しかし――――


(『スレイヤ』なら、<結界魔法>も斬れるんだよなあ……)


 俺自身が<結界魔法>使いであるからして、そんなことはとうに検証済みだった。


 魔力を込められる限界まで込めた絶対に破れない<結界魔法>。

 対するは、何でも斬れる『スレイヤ』の超強化攻撃。


 まさに矛盾の故事だとワクワクしながら試したのだが、思いのほかあっさり<結界魔法>を貫通したせいでしょんぼりしたことを覚えている。


 <結界魔法>を使えるようになってこの方、毎日のように修練を積んできた俺が全力で魔力を込めた結界ですら『スレイヤ』は止められない。

 鎧の付与効果が俺の<結界魔法>を越える性能を持っているとは到底思えなかった。


 なおも協力を渋っていると、店員はならばとばかりに吹っ掛けてきた。


「わかりました。やらせを疑われないよう、アレンさんが鎧を斬った場合は手入れ用品に加えて金貨1枚を差し上げます。もちろん鎧の修理費はいただきません。これでいかがですかな?」

「乗った」


 物珍しさか、なにやら面白いことが始まると聞きつけた客がいつのまにやら周囲に集まっており、彼らからどよめきが上がった。

 

「では、準備をしますので少々お待ちください」

 

 そう言い残し、店員は俺と客を残して早足で店の奥へ消えた。

 再び手持ち無沙汰になった俺は店員に連れられてきた客に声を掛けようとして、その客がどこかで見た顔だと気づいた。


「先日は世話になったな」

「ああ、すまない。どこかで会った記憶はあるんだが……」


 相手はこちらを憶えているのに、こちらは相手の名前を思い出せない。

 人によっては怒りかねない失礼な話だが、相手は笑って許してくれた。


「いや、私は名乗っていないし、そもそも2月ほど前に一度顔を合わせただけだ。今日は鎧も着ていないから、わからないのも無理はない」

「鎧……?ああ、思い出した!」


 今は騎士鎧を着ていないが、この男はいつぞや騎士団で三本勝負をしたときにクリスの対戦相手となった正騎士だった。

 

「あのときは済まなかった。同僚がやられて少々気が立っていたが、後から事情は聞けばこちらの方が色々と迷惑をかけたようだ」

「いや、それについては和解が済んでいる。それより、あのときの初戦の……」

「なんだ、聞いていなかったのか。その日のうちに、そちらの仲間の治癒術師が綺麗に治してくれたよ。おかげで後を引くダメージも残らなかった」 

「……そうか。それなら良かった」


 確実な勝利のためとはいえ、初戦の従騎士には悪いことをしたと思っている。

 押収された私物を回収するため交渉カードにでもしたのだろうが、ネルはよくやってくれた。


(しかし、相当なダメージがあったはずだが、あのレベルでも治せるのか……)


 ネルの<回復魔法>は現状俺が受けたかすり傷を治療するくらいしか役に立っておらず、真価を発揮しているとは到底言えない。

 どの程度の怪我まで治せるのかわからないので<回復魔法>をアテにした立ち回りはできなかったのだが、図らずも良い情報を手に入れた。

 もちろん進んで怪我などしたくはないし、使わずに済むならそれに越したことはないのだが。


「ところで、鎧は良かったのか?あの店員は張り切ってたが、おそらくは……」

「ああ、だろうな」


 騎士はジークムントの鎧や盾が斬られたところを実際に目にしている。

 矛盾の検証結果を知らずとも、例の鎧が俺の剣に耐えるとは思っていなかった。

 

「まあ、縁がなかったのだろう。斬ってくれて構わない」

「そうか。なら遠慮なく」

 

 金に困っているわけではないが金貨の価値は小さくない。


 くれると言うなら、ありがたく頂戴するとしよう。



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