第258話 歓楽街の事情4




「なんだったんだ、一体……?」


 ぞろぞろと入店し、店内の中央付近に陣取ると周囲を威圧するように睨みつけた男たち。

 流血を予感させる雰囲気に店内は一時騒然としたが、男たちはなぜか何もせずに立ち去ったのだ。


 出て行く直前、こちらを見て何やら言葉を交わしていたような気もするが、俺は奴らの顔に見覚えなどない。


「入る店を間違えた……なんてことはなさそうだが」


 通りを西へと向かう集団を目で追いかける。

 しかし、彼らはすぐに方々へ散ってしまい雑踏と区別がつかなくなった。


(まあ、別の店で騒動を起こすようでもないならそれで良いか……)


 気を取り直し、無くなりかけている料理を摘まんで口に放り込む。


 ふとクリスの口元がにやけていることに気が付いた。

 今の流れで何か面白いことがあったかと怪訝に思っていると、こちらの様子に気づいたクリスが笑う。


「僕らも顔が売れてきたかな?」

「顔が……?ああ、そういうことか」


 どうやらクリスは先ほどの集団の動きを非常に都合よく解釈したらしい。


「馬鹿を言うな。自信を持つのは良いことだが、過剰な自信は恥をかくだけだぞ?」

 

 彼らは容姿こそチンピラそのものだが好き勝手に暴れているわけではなく、貴族に雇われて依頼として騒動を起こしている。

 貴族勢力vsラウラという現状の対立構図を崩さない方が有利な状況なら、それ以外の勢力に対して慎重になるのは当然のことだ。


 すでに領主側の戦力を抑えている現状、この地域で争いに介入できる勢力は冒険者くらいのものなの。

 だから、彼らは『黎明』と揉めたくなかったのではなく単に冒険者と揉めることを嫌ったのだ。


 そんな解釈を披露したのだが、クリスの反応はあろうことか溜息だった。


「はあ……。たしかに自信過剰は良くないけれど、アレンは自分を過小評価しすぎだよ」


 見てごらん、とクリスに促されて店内に視線を向ける。

 すると、ちょうどさっきの給仕が料理を運んできたところだった。


 今度は両手が料理皿で塞がっている。

 俺たちが注文したものではないし、店内には他にも冒険者がいるにもかかわらずがあるのは俺たちだけのようだ。

 給仕から酒場のマスターに視線を移すと、先ほどと変わらぬ反応が返ってきた。


「ほらね」


 満足そうに料理を取り分けるクリスに返す言葉が見つからない。

 差し出された小皿を仏頂面で受け取り、盛られた料理にフォークを突き刺した。






 サービスされた料理ばかりで長居するのは申し訳ないと、追加のツマミを注文しながらクリスと駄弁る。


 騒動を回避したことで自然と気が緩み、当初の目的を忘れ始めた頃。

 俺たちは異変に気づいた。


「なんだ……?」


 俺たちが観察していた歓楽街のメインストリート。

 先ほどまでは西へ東へ多くの人が行き交っていたのだが、気付けば人の流れが西から東へ向かう方に大きく偏っていた。


「向こうで何かあったかな?」


 早足で東へ向かう人々のうち少なくない数が背後――――西の方を振り返っている。

 それはまるで厄介事が追ってこないか確認するような仕草だった。


「行ってみるか。何もなければ今日は解散にしよう」

「了解。今日はということは、明日も続けるのかい?」

「さて、どうするかね……」


 給仕に飲み代とチップを払って席を立つ。

 厄介事に首を突っ込む準備はできており、後は現場に向かうだけだ。


 背には愛剣『スレイヤ』、防具は胸当て以外全て装備済み。

 クリスも同様で、立ち上がって伸びをすると腰に吊った剣に手を当てた。


「飲むのは構わないんだけど、やっぱり少し窮屈だね」

「仕方ないだろ。厄介事に巻き込まれたときに丸腰でいるよりはマシだ」

「違いない」


 武器を振り回して暴れる奴を素手で相手するのは遠慮したいが、だからといって尻尾撒いて逃げ出すのも外聞が悪いというのが冒険者の難しいところだ。

 そういう噂に限って何故かすぐに広まり、それによって有象無象のチンピラに舐められればもっと揉め事に巻き込まれやすくなる。

 そんな悪循環が生まれてしまう。

 

 さっきこの店に来た連中も、俺たちが武装していなかったらそのまま暴れたかもしれない。

 武器というのは装備しているだけで抑止力になるのだ。

 

「見つけた。偶然……というワケではないんだろうね」


 人の動きや視線を頼りにメインストリートを西へ進むと、非常に見覚えのある建物にたどり着いた。

 昼間と違って夜の姿は良く知っている、『月花の籠』だ。

 いつもと違うのは門の両脇に控えた2人の黒服に代わって、チンピラ風の男2人が門番を務めているということ。

 

 そして、たった今――――その片方と目が合った。


「あ、気づかれたね」


 目が合った男は片割れに何事か伝えるとすぐさま店内へと入った。

 大方、俺たちが来たことを伝えに行ったのだろう。


 残ったもう一人は門の正面で仁王立ちして俺たちを待ち構えている。

 まだ剣は抜いていないが、それを辞さない雰囲気はあった。


「すまないが、今日は貸し切りなんだ。出直してくれないか?」


 俺たちが数歩のところまで近づくと、男は声を上げた。

 思ったよりは丁寧な物言いだが警戒心を隠す様子はない。


 立ち止まって男との会話に応じた。 


「結構高めの店のはずだが、それを貸切るなんてずいぶんと羽振りが――――」


 言葉と身振りに釣られ、男の視線がこちらへ向いた瞬間。

 わずかな隙を見逃さずに数歩の距離を詰めたクリスの剣が、男の頬を撫でている。

 門番代理の男は、剣の柄に手をかけることすら叶わない。


「……遅いよ。今頃剣を抜いて、どうするつもりだい?」

「お、お前、こんなことして……!」


 身動きが取れない男の抗弁を無視してその首を掴み、俺は『月花の籠』の正面玄関である両開きの扉を蹴り開けた。

 

「邪魔するぞ」


 店内を数歩進んで、足を止める。


 怯える客と娼婦。

 今まさに外の警戒に出ようとしたらしき数人のチンピラ。

 奥にはバルバラと、向かい合う身なりの良い老紳士が一人。

 

 それら全ての視線を堂々と受け止めた。

 

「貸切と聞いたが、どうやら他の客もいるようだ」

「その人たちも、ここの従業員じゃないみたいだし」

「俺たちに嘘を吐いたのか。お前、悪い奴だな」


 全員に聞かせるように軽口を叩きながら、右手に力を込める。


「ぐっ……ぎぃ……!?」


 男は足をバタつかせ、俺の手から逃れようと必死だ。

 しかし、引っ掻いても叩いても金属製のガントレットには傷ひとつ付かない。


「そういえば、防具をオーダーメイドしてたんだった。そろそろ完成する頃か」

「それは楽しみだね。どんなのを頼んだんだい?」

「材料は鋼鉄製。耐久性向上と軽量化の付与効果を頼んだが、どうなるか」

「鋼鉄製か。付与効果を付けるなら、材質もこだわった方がいいと思うけど」

「値段との兼ね合いがあるからな。鋼鉄製の両手足分で金貨6枚だから、中々痛い出費だ」


 窒息間近の男の抵抗が激しさを増す。

 鬱陶しくなったので手近なチンピラ目掛けて男を投げつけた。

 受け止めたチンピラ諸共床に転がり、呻き声を上げて蹲るのを見届ける。


 ここでようやく、チンピラの雇い主と思しき老紳士が声を上げた。


「紳士の社交場で乱暴とは、感心しませんな」

 

 装いは上等だが華美ではなく、言葉遣いや仕草は洗練されている。

 老紳士を一言で表すなら執事という言葉が最も適切だろう。


「忠告に感謝しよう。だが、そちらも場にそぐわない人間を連れているようだが?」

「さて、私にはわかりかねますな」

「おや、あなたの関係者ではなかったか。ならば遠慮は必要ないな?」


 俺が周囲のチンピラたちを睥睨すると、クリスは数歩前に出て剣を振るう。


「さあ、死にたいのは誰かな?」


 クリスの挑発にチンピラたちは互いに顔を見合わせ、しかし誰も動こうとはしなかった。

 どうやらクリスの妄想ではなく本当に俺たちのことを知っているようだ。

 

 クリスもチンピラも仕掛けず、場が膠着する。

 しばしの静寂の後、動いたのは老紳士だった。

 

「これ以上、お話を続ける雰囲気ではなくなりましたな」


 老紳士は残念そうに告げると、バルバラに向き直る。


「考えは変わらないのですね?」

「……ええ、もちろんです」


 老紳士の問いにバルバラは頷いた。

 迷いを押し隠すような声音は自信のなさの表れか。

 

 老紳士も気づいただろうが、それを指摘することなく踵を返す。

 すれ違いざま、彼は俺たちにも声を掛けた。


は兵も連れて参ります。無茶は若者の特権ですが、冗談で済むうちに冷静になることをお勧めします」


 玄関で立ち止まり、こちらを振り向いて一礼。


「本日はこれで失礼します。どうか、賢明な判断をされますよう」


 老紳士は今度こそ立ち去り、チンピラも後に続いた。

 これで『月花の籠』は一応の平穏を取り戻したことになる。


「ご助力、ありがとうございます」

「気にすることはない。これはそういう依頼だからな」


 依頼を受けることを仄めかすと、バルバラの表情がわずかに和らいだ。


 しかし、安堵することはできない。

 老紳士の言葉を読み解けば平穏が仮初のものだということは明らかだ。

 そのことを多くの者が理解しており、店内の華やかな雰囲気とは対照的に店の雰囲気は暗く沈んでいる。


 だからこそ、その声は異様に響いた。


「心配する必要はないよ」


 まるで歌劇の役者がするように大げさな身振りと陽気な声で。


 その場にいる全員の視線を引き付けて、クリスは語る。


「大体の話はアレンから聞いた。さあ、詳しい条件を詰めようか」



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