第208話 閑話:A_fairytale_12
そして迎えた3日後の夜。
各班の長からの定期報告を受け、新たに発生した問題を検討するために開催される定例会の席で、成果品の確認が行われた。
参加者は私のほか、シエル、メリル、ココル、7つある班の長である家妖精たち、火妖精、土妖精、そして風精霊であるシルフィーで14人。
会議から引き続き、シエルが進行を取り仕切る。
「では最後に、屋敷に投棄された人間の女性の処遇を決定するために、フロル様が彼女に課した試験の結果について、私から報告いたします」
先日の件はここに居るメンバーを含め、私の配下全員に情報共有されている。
当然、この段階で驚きを表明する者もおらず、シエルは粛々と話を進めた。
「実際に品物を見ていただく前に、まず彼女の様子から。試験の説明は私が直接行いましたが、反応はあらかじめ予想されたとおり混乱と不安に関するものがほとんどで、彼女は自分が彫金や木工の才能があることを覚えていないようでした」
「かわいそうに……。よっぽど怖い目にあったんだねー」
シエルの説明に早速感想を漏らしたのはシルフィーで、何人かは彼女に同意するように頷いている。
シルフィーもかつて招かれざる客であった身なので、彼女の様子に何か思うところがあるのかもしれない。
しかし、そんなシルフィーも仕事が認められ評価されたことで屋敷での立場を確立することができ、今ではすっかり緊張が解けて素の言動が出るようになった。
私はそれも良いことだと思うようになった。
この屋敷の一員であることを自覚し、馴染んできたということなのだから。
「道具に関する要望がなかったので、標準的な彫金の設備と適量の金属を彼女に提供しました。彼女は渋々ながら道具を手にあれこれ試行錯誤するように作業を始め……その結果、完成したのがこちらです」
シエルの説明に合わせて、ひとつの“金属”が私の前に置かれた。
私はそれを手に取り、しげしげと眺める。
「…………銅?」
「はい」
道具とも装飾品とも言えないそれをなんと形容すれば良いか、私にはわからなかった。
金属を溶かそうとして失敗したのか、それとも金属を削りだそうとして失敗したのか。
いずれにせよ、彫金の工程の初期段階で失敗したと思われる銅の塊。
私は早々に興味を失って、それを隣に座るメリルに手渡した。
メリルも、それに続く者たちも似たような反応で、一様に微妙な表情をしている。
全員の表情が試験の結果――――ひいては彼女の行く末を物語っていた。
「特殊効果はありませんでした」
「そう……。でも、どうせこの出来ならマスターには渡せない」
私たちでは特殊効果を評価できないため、あらかじめ外部に鑑定を頼んでいるという。
結果は残念ながら予想どおりだったようだけど、そもそも外形がこれでは論外だ。
多少有用な効果があったところで、こんな不格好な金属の塊をマスターに差し出すわけにはいかない。
私の感性が疑われてしまう。
そんな私の評価はシエルの想定内だったようで、彼女は淡々と話を進めていった。
「彼女は成果品を1日ごとにひとつずつ制作しました。今ご覧いただいたのは1日目のものです。続いて、2日目に制作されたものがこちらです」
3日かけて作ったものが銅の塊ひとつではないだろうと思いながらも、そのあまりに酷い出来から期待はしていなかった2つ目の成果品が、私の目の前に置かれた。
「銀の指輪」
それはシンプルな模様が彫り込まれたシルバーリングだった。
金属塊が装飾品に進化したことに少しだけ感心しながら、私は指輪を指に摘まんで検分を開始する。
「……少しだけ歪みがある」
「はい。2日目になると体が技術を思い出したのか、それなりに慣れた手つきで制作を行っているようでしたが、それでもまだ拙い部分が残っていましたので」
シエルも指輪の瑕疵に気づいていたようだ。
ひとしきり眺めると、指輪をメリルへと手渡し、シエルに視線を送る。
「効果は?」
「装備するとほんの少しだけ集中力が上昇するそうですが、実際に私が装備してみたところ、体感できるほどの違いは確認できませんでした。おそらく、付与効果が付加価値を持つ水準には達していないと思われます」
「なるほど」
それでは、ただの指輪と変わらない。
これでは、彼女を保護する理由になり得ない。
「次で最後?」
「はい。こちらです」
私の前に置かれたものを手に取り、しげしげと眺めた末、私は呟いた。
「これは………………何?」
用途が判然としないという意味では、1個目の金属塊と同じだった。
しかし、長方形に近い形をした小さく薄い板状の金属には、先の2つと比較するのは失礼なほどに精緻な装飾が施されており、装飾品としての出来は及第点を大きく超えている。
しかも――――
「付与効果もある」
2個目の成果品にあった不安定な魔力とは一線を画す、はっきりとした力を感じる。
私は3個目をメリルには渡さず、テーブルに置いてシエルの解説を待った。
みんなの視線に促されるように、シエルが口を開く。
「3日目になると、彼女は無心で作業に取り組んでいました。素材を溶かして成形する工程は諦め、薄い板状の素材の端を切り出して、それをひたすら鏨などで加工し続けたようです。朝から日が落ちるまでずっと飲まず食わずの作業を続け、今は死んだように眠っています。用途は確認できませんでしたが、おそらくペンダントトップとして作ったのでしょう。そして、肝心の付与効果は、<認識阻害>です」
「<認識阻害>……」
オウム返しの呟きに、シエルは頷いて解説を続ける。
「はい。<認識阻害>は、他者から認識されにくくなるスキルで、習熟すれば索敵・分析系統のスキルを高いレベルで習得している者以外には認識されなくなると言います。ただ、今回の装飾品に付与されている効果はそこまで強力なものではなく…………実際にご覧いただきましょう。一旦失礼します」
シエルが装飾を手に取り、部屋の扉の外に出る。
私たちの視界からシエルが消えて数秒も経たないうちに、彼女は部屋の中に戻って来た。
そして――――驚きの声が上がり、部屋の中にざわめきが広がった。
「シエルちゃん、だよね……?」
「すごーい!どうなってるの?」
メリルとココルの言葉が、みんなの反応を代表していた。
そこに佇む者がシエルだということは馴染みのある魔力の質から断定できる。
にもかかわらず、シエルの顔がわからない。
視覚的には見えているはずなのに、シエルの顔を上手く認識することができないのだ。
シエルの衣服を纏ったシエルらしき人物は、そのままシエルの席に着き、手にした装飾品をテーブルに載せる。
すると、先ほどまでの不思議な感覚が嘘のように消え去り、私の目ははっきりとシエルの顔を映し出した。
「このように……装備者の顔が上手に認識できなくなる効果があります。魔力を用いた特定は可能ですし汎用性は高くありませんが、人ごみに紛れて追手を振り切るときなど、有用な場面はあると思われます」
テーブルの上から装飾品を手に取り、ココルを見る。
「どう?」
「……普通にフロル様です」
首をかしげて返答するココルが嘘を言っている様子はない。
周りのみんなの反応も同様だった。
「姿を認識されている場合、一度視線を切らないと効果が発動しないようです」
「なるほど」
手にした装飾品をメリルに手渡した。
「わー……」
メリルは装飾品の両端を摘まみ、角度を変えてながら灯りを反射させて楽しんでいる。
先ほど体験した不思議な付与効果だけでなく、装飾品としても見応えがあるので中々順番が回らない。
ココルやシルフィーなど、落ち着きがない者は待ちきれずに席を立っていた。
その様子を見ながら、私は3個目の装飾品の評価を下した。
「悪くない。でも、惜しい」
彼女が<エンチャント>を持っていることは証明できた。
独力で狙った効果を確実に付与することが難しいということは、あらかじめ<エンチャント>の特性としてシエルから説明されていたから今回の結果に不満はない。
どうしてもピンポイントで必要な効果があるなら、付与したい魔法を込めた専用の魔石でも用意すればいいだけのことだ。
私が惜しいと言ったのは付与効果ではなく、デザインだった。
「このデザインは、きっと好きじゃない」
もちろん私の好き嫌いではなく、マスターの趣味の話だ。
マスターは冒険者として活動するときは言うに及ばず、普段もあまり装飾品を身に着けない。
色の好みも白、黒、銀など派手さのない色や淡い色を好む。
これを踏まえると、金のペンダントはマスターの好みからかなり遠いところにあるように思えた。
逃走に役立つという、マスターの安全性を高める悪くない品物なのにマスターに渡せない。
それを、もったいないことだと残念に思った。
しかし、同じ装飾品を見ているにもかかわらず、シエルの受け止め方は私とは異なっていた。
「この装飾品の効果は、装備者を見る者に直接作用するものとは限りません。装備者の周囲の空間に作用して幻惑効果を生むようなタイプであれば、アレン様の服の裏地に仕込むなど、活用方法はあるでしょう」
「なるほど……。流石シエル」
ペンダントとして作られたからと言って、ペンダントとして使わなければいけないわけではない。
その柔軟な発想力が素直に羨ましいと、私は思った。
試験の結果、その能力の有用性が認められた彼女は私たちに保護されることになった。
いつまでも名無しでは不便なので、名前を思い出すまでの間はアカネと呼ぶことも決まった。
アカネに与えた役割は細工師としてマスターに有用な作品を制作すること。
勘が戻って作品を多く作れるようになったら、外部への販売も許可するつもりだ。
外部への販売はすでに販売ルートや手順がある程度確立しているため、そこに装飾品が加わっても大した手間ではない。
「そういえば、販売の調子は?」
「好調です。製品を気に入った客からオーダーメイドの依頼もきています」
「……オーダーメイドなんてできるの?」
「できませんので全てお断りしています。皆、自分の好きなように作りたいものを作るだけですので」
配下の家妖精たちの増加と成長の結果、最近は半分ほどを都市内各所に派遣しても常時10人程度の妖精が暇を持て余している状況だ。
暇を持て余した妖精たちは屋敷の周辺に確保した民家に引きこもり、それぞれが裁縫や製菓などの趣味に精を出すようになった。
作っただけではもったいないということで試しにシルフィーを通して売ってみたところ、意外と大きな反響を得た。
特に裁縫についてはシエルの助言により『妖精のお手製』というブランドを掲げて徹底的に品質管理を行うことで、高級志向の顧客に好評を博しているという。
なんでも、全ての製品が高品質の一点物というところに特別感があるらしい。
「それはいいけど、赤字にはならないように。みんなの趣味でマスターの財産を消費するのは、流石に容認できない」
「対策として利益の3割を納めさせるとともに、利益ベースで一定額を稼いだ者にはご褒美として魔力の雫を渡しています」
「……一応、魔力の雫目当てに暴走する人が出ないようにだけ注意して」
「承知しました」
非番で趣味に勤しんでいるはずの妖精たちのところへ向かうシエルを見送り、私は自分の仕事へと戻る。
趣味を通して家妖精としてのスキルが向上すれば、それはマスターのためになる。
ついでに稼いだお金も、マスターのためになる。
趣味が実益を兼ねるのは、私も良いことだと思う。
けれど――――
「……うん、上出来」
私の料理やお菓子を口にするのは、マスターとマスターが許した者だけでいい。
上手にできた焼き菓子の生地を丁寧に包んで寝かせ、私はマスターの数日振りの帰宅に備えて玄関に向かった。
アカネが造った金のペンダントは地味なローブに仕込んだ上で、無事に遠出から戻ったマスターの手に渡った。
どうやってマスターに渡したかというと――――
「フロル、ただいま……ッ、誰だ!?」
私が出迎えのときに頭からローブを被ることで、効果の説明は省略する。
「フロルか、驚いた……。で、どうしたんだそれ?屋敷で見つけたのか?」
私はその問いに頷いて肯定を示し、ローブをマスターに差し出した。
「くれるのか?ありがとな。収納にはまだまだ空きがあるし、実用できそうなら持っておいてもいいな。今度、効果を試してみるか」
私はマスターに嘘をつくことができない。
金のペンダントを作らせたのは私。
けれど、マスターが言うそれとはペンダントではなく地味なローブのこと。
裁縫が得意な妖精がペンダントをローブに仕込んで屋敷の中に隠し、それを私が見つけてマスターに差し出した。
だから、どこにも嘘はない。
「あ、そうだ!フロル、俺がいない間、俺宛てに何か預かってないか?メモとか…………あとは、何か届け物とか」
私はポケットから2枚のメモを取り出し、マスターに差し出した。
1枚目はマスターの仲間の銀髪の人からマスターに宛てた、戻ったら連絡が欲しいという趣旨の伝言が書かれたもの。
2枚目はマスターの仲間の無礼な女からマスターの仲間の魔法使いに宛てた、心配しているから早く帰ってきてほしいという趣旨の伝言が書かれたもの。
マスターは2枚のメモに目を通し、私を見つめた。
「……これだけか?」
私は自信をもって頷いた。
マスター宛てに届いたものは、これで全部だ。
「そうか……そうかあ…………。ありがとな」
安堵した様子で微笑むマスターを見て、私も嬉しくなる。
今日もマスターの役に立てたことに満足した私は、笑顔でマスターに抱きついた。
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