第160話 襲撃者の末路1




 ズズッ、と鈍い音を立てて引き戸が開く。


 そろりそろりと部屋の中に侵入した影は4つ。

 廊下から前室に繋がる戸、前室から主室に繋がる戸をどちらも閉めて音漏れを防ぐと、各々武器や縄などを手にベッドに近づき、寝息を立てているクリスを見つけて嘲るような笑いを漏らした。


「待たせやがって。こんな餓鬼ども、さっさとやっちまえばよかったんだ」

「文句は麻痺毒の効きを待たずに返り討ちにあった間抜けに言え」

「あのときは総長がえらくお怒りだった。次やらかす奴は地獄行きだぞ、きっと」

「はあ、男なんて縛っても楽しくねえ。俺も隣に行きたかったぜ」

「大事な商品なんだ。どうせ手は出せねえだろうが」

「なに、ちょっと悪戯するだけさ。ひひっ」

「お前も好きだねえ……」

「こんな間抜けでも起きてれば相当に腕が立つらしい。時間をかけるな」

「わかってるって……おい、こっち側のベッド――――」


 その続きが言葉にされることはない。

 男の首は、すでに胴体に永遠の別れを告げた。


「なっ!?」


 未だ自分が死んだことに気づいていない首無し死体の隣にいた男を脇腹から斬り上げ、上半身を斜めに斬り飛ばす。

 ベチャベチャと柔らかい何かが床を打った。

 

 残り二人になった侵入者が、ようやく剣を構えた。


「バカな!?毒が効いているはずだ!!」

「そう見えるか?」

「うぎぃっ……!?」

 

 3人目は心臓を一突き。

 剣に刺さったままの死体が鬱陶しく、緩やかに剣を払って死体を投げ捨てた。


「なんだよ……なんなんだよ!お前!!」


 瞬く間に死体となった侵入者たちの姿を目の当たりにして、最後の一人は半狂乱に声を上げた。

 部屋の隅に後ずさり、俺を近づけまいと剣を振り回す。


「関係ないだろ。今から死ぬお前には」


 俺は剣の切先を侵入者に向けて、床を蹴る。

 冷静さを欠いた男は正面からの突き上げにロクな反応を示さなかった。


 口から大量の赤を吐き出し物言わぬ屍と成り果てたそれを、無造作に打ち捨てる。


「すう……すう……」


 クリスの規則的な寝息が聞こえる。

 起こしても起きないのだから仕方がない。

 もう危険もないだろうから、ゆっくり寝ていればいい。

 次は隣の部屋――――の前に、廊下にいるであろう見張りを無力化しなければならない。


 部屋の外に出ようと戸に手をかけたところで、ふと『スレイヤ』が放つ光が気になった。

 <強化魔法>に呼応して淡い光を放つ刃は暗闇の中で非常に目立つ。

 敵に発見され、増援を呼ばれたり逃げられたりしては厄介だ。


 逡巡の末、奇襲性を優先するために<強化魔法>の強度を調整して剣の発光を抑えた。

 見たところ、侵入者は敏捷性や隠密性を重視しているからか、板金鎧のような金属製の頑丈な防具を装備していない。

 『スレイヤ』本来の重量と切れ味だけでも威力は十分だろう。


 早く、隣の部屋にいる2人の安全を確保しなければ。

 侵入者が不愉快なことを零していたのが気にかかる。


 俺は2枚の戸を素早く開けて薄暗い廊下に出た。

 そこには、見張り役と思しき影が3つ。


「うん?どうした――――」


 女将が言っていた部屋の防音性とやらは本当に優れているようだ。

 短時間とはいえ隣接する部屋の中で戦闘が行われたにもかかわらず、廊下の人影は暢気に壁に背を預けていた。

 

 俺を敵と認識する前に、湿った音とともに1人が崩れ落ちる。


「おいっ!?何しや――――」


 空いた口に剣を突き入れると、2人目も痙攣して動かなくなった。


「くっ…………ごおっ!?」


 侵入者たちの仲間がいるという隣の部屋に逃げ込もうとする最後の一人を、廊下のつきあたり目掛けて蹴り飛ばす。


 武器を取り落とし、無様に廊下の隅に転がったそいつを尻目に背後を振り返り、廊下に敵が残っていないことを確認。

 そこには死体が転がるのみで、動く者は見当たらなかった。


「廊下は、お前で最後か」

「待ってくれ!見逃して――――」


 血飛沫が舞い、廊下のつきあたりのガラス窓が赤く染まった。

 

 隣の部屋――――ティアとネルの部屋の戸を音を立てないようにゆっくりと開けて中に入り、そのまま後ろ手に戸を閉じた。


 内側の戸が少しだけ空いており、中から光が漏れている。

 それだけでなく、何やら声が漏れ聞こえてきた。


「やあ……ああ……あっ……」

「うーー!ふうーーーーっ!」


 ティアの怯えた声と、ネルの唸り声。

 そして、男たちの下卑た笑いが耳に届いた。


「おお、やっぱり若い女の肌はいいねえ!たまんねえ!」

「やっぱり犯すのは泣き顔を十分楽しんでからだよなあ!犯される前の恐怖に震える顔と犯される最中の絶望する顔で二度楽しめる!」

「少し幼い気がするが、たしかに泣き顔はそそられる」

「俺はこっちの方が好みだ。こういう気が強いのを、涙と鼻水で顔がぐちゃぐちゃになるまで犯してやりたい」

「なあ、すぐ済ませるからいいだろ?黙っててくれたら、あとで奢ってやるからさ!」

「あー、どうしよっかなあ?」

「勿体ぶるなよ。つうか、どうせお前も見てたらヤリたくなるに決まってるぜ」

「くくっ、それは言えてる!」


 汚い言葉が頭の中で意味を成した瞬間、全身の毛が逆立った。


 内側の戸を一気に開け放ち――――そして、俺はその光景を目にする。


 侵入者は4人。


 目に入ったのは両手を頭の上で縛られ、猿ぐつわを噛まされたままベッドに転がされたネルの姿。


 そうなる前に抵抗したのか、浴衣が乱れていた。

 ベッドの上に乗った男がネルの足首を掴んで強引に股を開かせようとしていて、ネルは気丈に男を睨みつけているが瞳には怯えの色が見える。


 そして、もう片方のベッドには首元から浴衣を裂かれたティアの姿があった。


 浴衣はすでに衣服としての機能しておらず、残骸の下にある白い肌と下着が晒されている。

 そのベッドには2人の男が乗っており、1人は頭側からティアを見下ろすように両腕を掴んで抑えつけ、もう1人は足側からティアの膝裏に腕を差し込んで持ち上げ、今まさにわずかに残された衣服に手をかけようとしていた。


 ティアの顔が恐怖で歪む。


 絶望に染まった双眸から、大粒の涙がこぼれた。




 視界が、真っ赤に染まる。


 そう錯覚するほどの強烈な感情に突き動かされ、俺は一歩を踏みしめた。







 言葉を紡ぐわずかな時間すら惜しい。


 それでも、腹の奥底から無尽蔵に湧きあがる憎悪が行き場を求めた。


 部屋に渦巻く愉悦と絶望を、果てなき呪詛が塗り潰す。


 それは穏やかで、しかし自分の声とは思えないほど悍ましい響きをしていた。


「ぅ……」


 ネルの足首を抑えていた男の首を刎ねる。


 ネルが転がされたベッドを飛び越え、ティアの両腕を抑えていた男の胴体を串刺しに。


 この期に及んでもティアから離れないもう一人を斬り飛ばそうとしたとき、背後に迫る存在に気づいた。


「死ぬのはてめえだ!」


 俺が知覚していなかった侵入者が背中をさらした俺を嘲笑い、逆手に握った短刀を振り下ろす。


 剣での防御は間に合わない。


 ガントレットも胸当ても、今は装備していない。

 

 しかし、刃が俺の体に届くことはなかった。


 俺を刃から守るのは<結界魔法>が織りなす多重障壁。

 

 並んだ結界の1枚目が音を立てて砕けると、それだけで短刀の動きは止まる。


 笑みを凍り付かせ動きを止めた男を、俺は横なぎに斬り払った。


「ぐっ、ぎいいいいいっ!!」


 男との距離が近すぎた。


 長剣のリーチを活かすことができず、十分な威力が乗らない剣閃は致命傷を与え損ねる。


「ああ…………」

 

 怒りに支配され、<強化魔法>を調整したままであることを失念していた。


 <強化魔法>を全力行使すると剣はたちまち淡い青の光を帯び、比類なき切れ味がよみがえる。


「あっ!!やべで、待っ――――」


 目の前で尻もちをついた男を今度こそ斬り捨て、ティアを抑えていたもう一人の方を振り返る。

 

 愚かにも未だそこから動かない男は、俺を凝視したまま浅く短い呼吸を繰り返すばかり。


 俺は剣を振り上げてから思い直し、その男に近寄ってベッドの上から蹴り飛ばした。


 こうすれば男の血がティアを汚すことはないだろう。


 部屋にある全てが血に塗れる中で、そんな気遣いは何の意味も持たないかもしれないが。


「がっ、あ……」


 ベッドから転げ落ちた男は思い出したように息を吐き、仰向けに天井を見上げる。

 

 苦悶から恐怖へ、恐怖から絶望へ。


 見下ろす男の表情が移ろう。


 それらが俺の感情を動かすことはない。


 俺は剣を逆手に持ち替えると、男の心臓に剣先を向けた。






 この部屋で生きているは俺だけになった。


 しかし、報復はまだ終わらない。


 今宵の襲撃を計画した何者かに俺の憎悪を届けなければ。

 

 この煮え滾るような怒りは到底収まらない。


 だが、その前に――――


「何か、言い残すことはあるか?」


 まだ剣の露になっていない侵入者が一人だけ残っていた。


「恩を仇で返されて、ただでさえ気分が悪いのに。ここまでコケにしてくれたんだ」

「…………ッ!!」


 部屋の奥で立ち竦んでいたそいつにゆっくりと歩み寄り、胸元を掴んで床に引き倒した。

 倒れた拍子に見覚えのある外套のフードが落ち、その容貌が露わになる。


「ここから先、言葉は慎重に選ぶといい。何が最期の言葉になるか、わからないからな」


 フードからこぼれた髪の色。


 それは、目に焼き付くような深紅だった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る