第119話 ひどい男




「話はわかった。つまり、俺たちがあんたらに勝てばいいんだな?」


 沈黙を破った。

 副官はこちらを見て驚いているようで、返事は返ってこない。


「なんだ、違うのか?」

「…………いえ、そのとおりです」


 再度の問いかけに、副官はようやく口を開いた。


「俺たちが勝負を受けることが意外か?」

「正直に申し上げれば。我々に勝てると思っているのですか?」

「勝負のルール次第だな。勝ちをなかったことにされるようなら、流石に勝ち目がない」

「ご安心ください。これから行われる勝負は間違いなく公平なものです」


 皮肉を軽く受け流し、公平な勝負をしようと笑顔で言ってのける副官の面の皮の厚さはたいしたものだ。

 だが副官のこの反応は、俺が次に発する言葉を考えると大変に都合がいい。


「それはなにより。では、俺から勝負のルールを提案したい」

「伺いましょう」


 よし、これで第一段階はクリアだ。

 向こうが勝負のルールまで決めてしまうようなら、勝算が著しく低下するところだった。


 内心胸をなでおろしながら、俺はルールを提案する。


「まず、勝負は俺たちから3人、そちらから3人を選んで行う。先ほど提案といったが、これはネルの父親とこちらの間で合意済だ」

「クライネルト氏からもそう聞いていますので、それについては問題ありません」


 副官は即答した。


「次に、勝負は1対1の個人戦を3回繰り返す方法で行いたい。集団戦では不慮の事故が怖いし、俺たちは元々3人しかいない。全員で同時に戦って、外から勝負を監視することができなくなれば、勝負の公平性を確保できない」

「疑われているのは残念ですが、いいでしょう。1対1の試合形式で構いません」


 これも副官が即答した。


「1試合の勝敗は戦闘不能または降参によって決し、2勝した陣営の勝ちとする。降参については本人からだけでなく、味方陣営が申し出ることもできるようにしたい」

「戦闘不能は誰が判断するのですか?」

「審判は互いから1人ずつ出して共同で行う。万が一、不正が疑われる場合は、勝負を中断して協議を行う」

「そのルールは、不正があったと言いがかりをつけて勝負を中断させることを可能にしてしまいます。勝負後に協議を行い、不正があったとなれば不正があった側を敗北扱いとする方法を提案します」

「……いや、それだと試合後に言いがかりで試合をひっくり返すことができてしまう」

「これから行われる勝負は公平なものだと申し上げました。我らが領主様に誓いましょう」

「…………わかった、それでいい」


 副官の指摘によってルールに若干の修正が加えられたが、第二段階も無事クリア。

 試合の中断は実のところ利用できれば利用しようと思っていた部分だから、なかなか鋭い指摘だと言わざるを得ない。

 

(勝負後にごねられる可能性が残ってしまったが……やむなしか)


 騎士が、仕える領主に誓ってとまで言うのだ。

 これを信じないと突っぱねてしまえば、もうこの交渉は続けられない。


「最後に、これは要望だ」

「なんでしょうか?」

「こちらはメンバーの選択の余地がない。俺とそこのクリスは剣士だが、こっちにいるティアは魔法使いだ。そちらも魔法使いを出してほしいとは言わないが、せめて女性の騎士を当てる配慮がほしい。剣も模擬剣を使ってもらえるとありがたい」

「……いいでしょう。ちょうど何人かいることですし、あの中から一人出しましょう」


 周囲を見回し、自主鍛錬を中断して見物に来ていた騎士たちの中に女性のグループを発見した副官は、これを了承した。


「他の二人は?」

「そうですね……。希望者は挙手を!」


 副官が見物に集まってきた騎士を含めたこの場に居る騎士たちに呼びかけると、元々俺たちと一緒にこの場に来た正騎士の一人が手を挙げた。

 見物に来た騎士たちはそもそも何の勝負なのかわかっておらず、興味がありそうな顔をした者が何人かいたが手を挙げるには至らなかったようだ。


「他には……いないようですので、最後の一人は私が。以上でよろしいですか?」


 最終段階も無事クリア。

 あとは最後のダメ押しを残すのみ。


「いや、もう一つある」

「おや、先ほどの要望が最後だったのでは?」

「聞くだけ聞いてくれ。受けるか受けないかはそちらで好きに決めてくれていい」

「仕方ありませんね。聞くだけ聞いて差し上げましょう」


 副官は少しおどけた調子で応じた。


「こちらはティアが先鋒、クリスが中堅、そして俺が大将を務める」

「……あなたが大将ですか?そちらのクリスさんではなく?」


 副官はクリスの戦いを見ているのだったか。

 それならばクリスが俺たちの中で一番強いと思うのも無理はないというか実際そのとおりなのだが、今はそう思われては困るのだ。


「ああ、そうだ。だから――――」


 剣を抜き放って副官に突きつけ、馬鹿にしたように笑い、精一杯の虚勢を張る。


「その3人の中で一番強い奴が、俺の相手だとありがたい。つまらない戦いはしたくない」


 陳腐な挑発だ。

 それは副官だって理解しているはず。


 副官は目をすがめ、俺の狙いを読み取ろうとしている。

 普通に考えれば、クリスに白星を稼がせるための挑発だと思うしかないところ。

 しかし、その理屈はティアで白星を計算している場合にしか成り立たないということが、副官を混乱させる。


 ティアの対戦相手に関する要望の際、副官はそれほど内容を吟味していなかった。

 俺の要望の目的はティアが大ケガせずに無事試合を終えることだと思っているのだろう。

 俺の背後で不安そうにしているティアが、一撃必殺の魔法を持っているなんて普通は思わない。


 これは賭けだった。

 

 騎士側が選んだ3人の中で一番強いのは、おそらく副官だ。

 正騎士の中でも強い部類となれば、いかなクリスとて勝負は厳しいものになる。

 しかし、2番手と思しき正騎士相手なら、クリスはきっと勝ってくれる。

 上手くいけばクリスに正騎士が当てられ、クリスの勝率、ひいてはネル奪還の勝算が大幅に上昇する。


 一方、見破られれば先ほどの約束を反故にしてティアに正騎士を、クリスに副官を当てられ、連敗で勝負が決してしまうリスクもある。

 何もしなければクリスに副官を当てられ、勝負の行方が大将戦までもつれ込む可能性が高くなることも事実。

 そうなれば、俺と正騎士のどちらが強いかは正直微妙なところだ。


 吉と出るか、凶と出るか。

 

 果たして、俺は賭けに勝った。


「大将戦には吾輩が出るのである!」


 ただし、事態は少しばかり予想と違う方向に転がった。






 ジークムントの発言を受けて、副官は審判を行うことになった。

 最も強い騎士を俺の相手として引きつけるという目標だけを考えれば、間違いなく大成功と言える結果だ。


「アレン、あんな挑発するから……。あの人、どう見ても一番強いよ。どうするのさ?」

「これでいいんだよ。俺と副団長様が戦うことはない。わかるな?」

「ああ、そういうことか。でもそうなると……」


 急遽勝負に参加することになった女性の騎士が準備を整えるまでの間、作戦会議と称して俺たちは訓練場の隅に集まっていた。

 

「私が勝つ必要がある……ということですよね」

「そうだ」


 不安そうなティア。

 その不安は自分か勝てるかどうか――――ということだけに向けられたものではなかった。


「加減できるでしょうか……」


 ティアの魔法は黒鬼の硬い表皮すら貫通し、その半身を吹き飛ばすほどの威力を持っている。

 人間に直撃すればどうなるかなど考えるまでもない。


 強力な妖魔すら屠ることができる魔法。

 そんなものを人間相手に向けることにためらいが生まれるのは仕方のないことだ。


 しかし、相手とて戦うことを生業とする騎士なのだ。

 ティアと相手の間に、手加減しながら楽に勝てるほどの戦力差はない。

 もしティアが敗北すれば親友の未来が奪われる。

 そうなれば、ティアは自分の躊躇を一生悔い続けることになるだろう。


 二つの不安で板挟みになり、思い悩むティア。


 そんな彼女を、俺は優しく抱きしめた。


「ティア」

「はい」


 不安がるティアを慰めようとしている。

 俺の行動を見ている誰もが、ティア本人さえもそう思ったはずだ。

 体の力を抜き、寄り掛かるようにして体を預けているのは信頼の証拠。


 そんな彼女にこんなことを言う俺は人として、男としてどうなのだろうと思う。


「全力で撃て」

「――――ッ!」


 ティアの耳元で囁いた。

 彼女の体が強張るのがわかる。


「これはパーティリーダーとしての命令だ。拒否は許さない」

「アレン、それはっ……」

「俺は采配を振るうときに、仲間の無事を何よりも重視するつもりだ」


 クリスを無視してティアに語り掛ける。

 それがネルのため、ひいては自分のためだとわかっているから、クリスはそこから先の言葉を続けない。


「いつかティアにも、自分や仲間を守るために人を殺さなければならないときが、必ずやってくる」


 俺もクリスも、すでに盗賊を殺している。

 俺が最初に殺したのは奴隷商の一味だったが。


「ティアはネルを仲間に加えたいと言ったよな?なら、今日がその時だったということだ」

「……大丈夫です。私も、わかっています」

 

 言葉とは正反対に、彼女の声は震えていた。

 必要なことだとしても傷つけるのは辛い。


 だからせめてもの償いに、最後だけは優しい言葉を口にした。


「安心しろ、ティア。お前が人を殺したとして、それは俺の命令によって行われたことだ。クリスが、その証人だ」


 クリスに視線をやると、静かに頷いていた。


「だから、ティアが罪悪感を覚える必要はない。お前は、俺に命令されただけなんだから」


 ティアは静かに俺の言葉を聞いていた。

 俺もそれ以上は言葉を続けずに、ティアの返事を待った。


「アレンさんは、優しいですね」


 少しだけ時間をおいて、ティアから空気に溶けるような小さな呟きが発せられた。


「なんだ、皮肉か?」

「違いますよ、もう……」


 クスクスと笑いながら、俺から離れていくティア。

 温もりと柔らかさが逃げて行き、少しだけ惜しいと思ってしまう。


「もう、大丈夫です」

「本当か?」

「はい」


 無理をしていないかと念入りに様子を探ってみる。

 しかし、彼女は俺の目から見ても驚くほど落ち着いていた。

 先ほどまで俺の腕の中で震えていたのが嘘だったかのようだ。


 自然体で愛用の小杖を構えたティア。


「私は、ネルを助けるために全力を尽くします」


 彼女は俺が求めるままに、覚悟を決めた。






 作戦をティアに伝えた後まもなく、相手側の準備が整った。

 勝負に臨むティアは、直径50メートルほどの円形に石灰か何かで線を引いただけの簡易な試合会場の中央で、20メートルほどの距離をあけて相手の先鋒と向かい合っている。

 審判のために隣に並んだ副官から聞いたところによると、相手の女性は従騎士だそうだ。


「嫌がる彼女を宥めて戦わせるなんて、あなたもひどい男だ」


 副官が、からかうように声をかけてくる。

 気にするべきではないのに、チクリと心が痛んだ。


「ずいぶん大きな盾を持っているな?」


 俺は副官の言葉をスルーして、こちらから問いかけた。

 対戦相手の女性騎士はティアより少し背が高いとはいえ、女性の平均から大きく変わらない体格だ。

 にもかかわらず、構えた盾は彼女の上半身を丸ごと覆い隠すような円形の大盾だった。

 彼女は従騎士だからか、全身鎧は装着しておらず、正騎士と比べると身軽な装いをしている。

 それでも、あの盾を持ちながら機敏な動きをするところは想像できなかった。


「大盾を用いた突撃は対魔術師用の基本戦術ですから、普段からあれを使用して訓練を積んでいますよ。たしかに動きは制限されますが、元々機敏とは言えない魔術師を相手にするのですから、問題はありません。接近する間の魔術攻撃を防ぐことができればそれで十分です」

「なるほど。そういうものか」


 実のところ、魔法攻撃を盾で防ぐというのは難しいことではない。

 なぜなら魔法攻撃の多くが、矢と同じような軌道で放たれるものだからだ。

 

 俺は最初、魔法というのは相手の真下から土や氷の槍を突然生やして串刺しにしたり、遠くから任意の地点を爆破したりと、何でもありの不思議現象だと思っていた。

 しかし、魔法使いが魔法を発現することができるのは自分の魔力が浸透した空間――――つまり自分の周囲に限定されるらしい。

 このため、自分の周囲に発現させた魔法――火の玉や氷の矢――を敵に撃ちこむことが、攻撃魔法の基本戦術となる。

 これが上位の魔法使いになると、自分から離れたところまで魔力を浸透させて相手の死角から攻撃したり、相手の魔力の浸透を邪魔して魔法の発動を妨害できたりするらしいが、そういう手合いは魔法の射程も非常に長いらしく、そもそも近接戦闘にはならないことが多いとか。


 まだ攻撃魔法に使えるスキルの習得を諦めていなかった頃、ラウラから聞いた話だ。


「ところで、彼女を棄権させないのですか?」


 副官の言葉に意識を引き戻された。


「どうせ負けを見込んでいるのでしょう?それに、先ほどの様子を見るとあなたの恋人なのではないですか?」

「余計なお世話だ」

「友人のために戦おうという気持ちは高潔なものですが、若い女性の体に無意味な傷を増やすこともないでしょう」

「それを、勝負を吹っ掛けてきたお前たちが言うのか?」

「……それもそうですね。失礼しました」


 意外にも、副官は申し訳なさそうな表情で視線を逸らした。

 まるでティアが傷つくことを本心から懸念しているかのようだ。


 副官の態度に少しだけ違和感を持ったが、それを問いただす間もなく試合の準備が整ったため、その違和感はすぐに霧散してしまった。


「両者、準備はよろしいですか!?開始の合図はこのコインで行います!!私が弾いたコインが地面に落ちたら試合開始です!!」


 コインが地面に落ちるまでは、開始位置から移動することも魔法を詠唱することも禁止。

 副官は補足のルールを告げると、手元のコインを両者の中央に落ちるように強く弾いた。


 空高く舞い上がるコイン。

 それを見ながらポツリと呟いたのは、胸の中に欠片ほどでも罪悪感があったからか。

 

「ひどい男だ、と言ったな?」

「それが?」


 コインの滞空時間が、俺には長く感じられた。

 実際はおそらく10秒にも満たない時間。

 放物線の頂点を通り過ぎたコインは重力に従って地面に落ちてくる。


「俺も、そう思うよ」


 コインが地面を叩き、不規則に跳ねる。


 従騎士は盾を掲げて前進し、ティアは


 それを見た相手は速度を上げてティアに向かっていく。


 詠唱が必要な魔法は、詠唱を邪魔してしまえば発動できない。


 魔法使いを最も楽に倒す方法は魔法を使う前に撃破することだから、相手の行動は予想どおりだ。




 もちろん、使




「――――お願い」




 試合時間はほんの数秒。


 ティアの小さな呟きによって発現した大輪の氷華が、従騎士を蹂躙した。



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