第72話 会議再び
俺を一発殴ったことでとりあえず機嫌を直したらしいフィーネは、律儀にも本当に盗賊のアジトから持ち出した品々の買取内訳について説明してくれた。
ギルドへの上納分を差し引き、手取りは金貨4枚と大銀貨5枚、しめて450万デル。
半分に分けると大銀貨が1枚余る計算だが、昨日の飲み代もクリス持ちだったことだし、これはあいつに譲ってやろう。
ついでとばかりに緊急依頼の参加報酬も渡してくれた。
こちらは大銀貨8枚だったのだが――――
「なあ、フィーネ……。緊急依頼の報酬って、参加者は全員同額なのか?」
クリスは昨夜の飲み歩きで報酬がなくなりそうだと嘆いていた。
だとしたら、俺たちはたった一晩で相当に豪遊してしまったということになる。
娼館の代金だって二人分で大銀貨2枚がいいとこのはずだから、酒と食事で大銀貨6枚という計算。
記憶にないが、酔った勢いで高級酒でも頼んだのだろうか。
「基本は冒険者のランクごとに固定の報酬よ。今回は結構被害が出たからギルドも奮発して、D級は大銀貨3枚ね。特に活躍したと認められた冒険者には、その貢献度に応じたボーナスがつくの」
クリスはE級だからもうちょっと少ないはず。
それならまあ、いいのだろうか。
最近金銭感覚が狂ってしまった気がしてならない。
「わかった。ありがとな」
「もう……あんまり心配させないでよね」
溜息をつきながら退室するフィーネの後を追う。
「それで、今日はこんな時間に何の用だったの?」
「あー……、良い剣を譲ってもらってな。近場で試してみようと思ったんだが……」
外から差し込む茜色は、すでに日が傾き始めていることを示していた。
この時間からでは流石に暗くなってしまうから、やはり明日にお預けだろう。
原因は俺にあって、自業自得だから仕方ない。
「そう、ならちょうどよかった」
「うん?」
「ギルドマスターが、魔獣襲撃の件について話があるって言ってたから。しっかり目を付けられたみたいね?」
手を口に添えてにやにやと笑うフィーネだが、こちらとしてはあまり笑えない話だ。
(あまり無茶な話が出ないと良いけどなー……)
面倒事の予感がする。
絶対に聞いて嬉しい話類のではないということだけは確信できる。
しかし、こちとらしがないD級冒険者なのだから、ギルドマスターが相手に逆らうにはそれなりの勇気と理由が必要だ。
「わかったよ、案内してくれ。できればお手柔らかに頼みたい」
「そこまで理不尽な話はされないんじゃない?ギルドマスター、筋は通す人だって聞くし」
「そうだとありがたいね」
俺はフィーネに連れられて、再びあの会議室へと向かっていった。
「アレンか。いいところに来たな」
「………………失礼します」
会議室に居たメンバーは、前回と同じく俺とフィーネをのぞいて8人。
しかし、前回と違って俺が入室する前から話し合いをしていたようであり、そのメンバーも大幅に入れ替わっていた。
「やあ、アレン。お酒は抜けたかい?」
「昼まで寝てたから、なんとかな。しかし、お前までいるか。ますます嫌な予感がするな」
俺の言葉を受けたクリスが困ったように眉を下げる。
やはり、あまり面白い話ではないらしい。
そして、クリスより気になるのが――――
「よう、元気だったか?」
「はい、おかげ様で。昨日は本当にありがとうございました」
座ったままぺこりと頭を下げる、白いローブが俺の中で目印になっている少女。
なんだかんだで、ゆっくりと顔を合わせるのはこれが初めてだった。
エンジェルリングが鮮明に映るほど綺麗な深い栗色の長い髪。
優しく落ち着いた印象を受ける深い緑色の瞳。
聞いていて心地よい澄んだ声音。
穏やかな雰囲気を纏う少女を見ていると、自分の心も穏やかになるようだ。
今まで俺の周りにいる少女は活発なタイプばかりだったから、このような子はなかなか珍しい。
「アレン?」
白い少女をじろじろと見つめていたことを咎めるように、フィーネが俺の名を呼ぶ。
たしかに、あまりじろじろと眺めるのは失礼だった。
「そろそろいいかな?」
サブマスターのメガネが暗に俺の着席を促す。
ここで立っていても仕方がない。
俺はギルドマスターの正面――――クリスと白い少女の間に腰を下ろした。
俺の着席を見届けたフィーネは一礼して退室し、会議室には9人が残る。
正面に座る3人は前回と全く同じ、ギルドマスターとサブマスター、そして事務官。
向かって左側には誰もいない。
右側には冒険者たちが陣取るが、一人は前回と同じ男性で、残り2人は知らない顔だった。
「さて、結論は出ているが、一応再度説明をしようか」
ギルドマスターが徐に話し出す。
落ち着いた様子とは正反対に、その言葉はなかなかに痛烈だ。
白い少女の表情が曇り、クリスの表情が険しくなる。
そして左側に陣取る冒険者たちも一様に苦い表情をしていることが、俺の不安を掻き立てる。
「ええ、お願いします」
念のために話し方を敬語に切り替えておく。
あたふたしても仕方がない。
どんな話が飛び出すか知らないが、聞かせてもらうとしよう。
「まず、昨日の魔獣の群れの迎撃、ご苦労だった。お前たちの奮闘の甲斐もあって、無事にほとんどの魔獣を撃退することに成功したようだ」
この場にいる冒険者たちの労をねぎらう無難な導入。
しかし、次の言葉は何が来るかと待ち構えていた俺にさえ、大きな衝撃を与えるものだった。
「しかし、同時並行で進めていた原因の特定と排除は、残念ながら失敗に終わった。それも、投入したC級冒険者たちの壊滅という最悪に近い結果でな」
「なっ!?」
驚きの声を上げたのは俺一人。
他のメンバーは事前に知らされていたのだろう。
ギルドマスターの後、メガネのサブマスターが説明を続けた。
「投入したのはC級冒険者をリーダーとするパーティ4組。北上する魔獣の群れを迂回して火山の麓まで進み、後詰めに1パーティを残して威力偵察に出発したが、そのまま戻らなかった。つまり『投入したパーティが伝令を逃がす間もなく全滅するほどの何かがいる』ということと、『それがおそらく妖魔である』という情報が、現在わかっていることの全てだ。そして、後詰めとして待機していたのが、彼らだ」
サブマスターが冒険者たちに視線を向ける。
なるほど、この人たちの表情はそれが理由か。
「事情はわかりました。それで、俺がこの会議に呼ばれた理由は?」
今回は展開をあれこれ予想して会議を引っかき回すつもりはなかったが、俺が呼ばれている理由が依然としてわからない。
前回の聴取で話せることは全て話したし、もはやこの件について俺が役に立てそうなことはないように思えるのだが。
(うん?なんだ……?)
奇妙なことにサブマスターは何かを言いよどみ、手元の書類に視線を向ける。
その書類を持つ手が震えていた。
別に変な質問をしているわけではない。
俺は自分に声が掛かった理由を聞いただけだ。
言いよどむ理由があるとすれば、どのようなものが考えられるだろうか。
クリスの<アラート>ではないが、俺の第六感も今更ながらけたたましく警鐘を鳴らしている。
「冒険者アレン。お前には再度火山へ向かってもらう」
なかなか反応を返さないサブマスターに焦れたのか、再びギルドマスターが話し始めた。
ギルドマスターの言葉に促されるように、事務官の男が俺と両脇の2人に依頼票を配っていく。
「……一応聞くが、何のために?」
「火山に巣食っていると思われる強力な妖魔の討伐、あるいは足止め。これが今回の依頼内容だ」
「断る」
ノータイムでお断り。
当然のことだ。
賢者を気取るつもりはないが、ベテランのC級冒険者が率いるパーティが3組、仲間を逃がす間もなく全滅するほど危険なところにノコノコ出かけて行くほど間抜けでもない。
俺の答えは想定内だったのか、ギルドマスターの表情は変わらない。
しかし、それが俺の不安と警戒心をさらに強いものに変えていく。
「そうか……お前は受けてくれないか。だが、そちらの2人は受けてくれるようだぞ?」
「は?」
そちらの2人とはだれか。
サブマスターと事務官は違うだろう。
彼らは依頼を発行する側の人間だ。
左側の冒険者たちはどうか。
話を聞けば彼らは3人パーティのようだし、難易度の高い依頼を受けるというのに、わざわざ1人を置いて行く理由が考えにくい。
(ああ、くそったれ……)
真っ先に浮かんだ推測を信じたくないがために、思考が無意味な回り道をした。
わかっている。
ギルドマスターの視線の先にいるのは、クリスと白い少女だった。
「クリス、どういうことだ?」
「……ごめん、下手を打った」
いつも陽気なクリスらしからぬ沈痛な声音だが、それに反して答えは簡潔明瞭。
受けるべきではない依頼を受けざるを得なくなった。
クリスは、そう言ったのだ。
「僕が都市に連れ帰ったあの子、名前はコーネリアというんだけど……。彼女に使う高価な治療薬を供与する条件として、彼女自身が今後冒険者ギルドからの指名依頼を1回に限り拒否しない。そういう契約を強要された。そのときは他に手段がなかったし、仕方なかった……」
「それが、お前と何の――――」
「彼女は療養中で依頼を受けられる状態じゃない。契約の違約金は、それこそ人生を3回やり直しても払いきれないかもしれないくらいの法外な額が設定されていたよ。そんなものを彼女に背負わせるわけにはいかない。だから、僕が彼女の代打というわけさ」
「クソだな……」
冒険者ギルドが、こんなスラムのマフィアまがいのことを――――と思いはするが、驚きはあまりない。
そういう組織だということを俺は前から知っていた。
自分で、身をもって経験していたのだった。
「お前もか?」
「はい。ネルは私の大切な親友です。命の危険があっても、見捨てることはできません」
命の危険がある。
その程度で済む話ならいいのだろうが。
しかし、少女はそれを理解していて、それでも決意は固いようだ。
なるほど、結論は出ているとはこういうことか。
「…………討伐対象から逃げ出してきたD級冒険者は討伐に連れて行くわけない――――そんなことを言ったのは、一体誰だったかな」
「――――ッ」
見苦しくとも最後の足掻きとばかりに投げつけた皮肉は、しかしサブマスターの心に突き刺さったらしい。
歪んだ表情はこの場の誰よりも苦渋に満ちており、今にも泣き出してしまいそうなほどだ。
(そういえば、この人は正義感強そうだったっけ……)
ギルドも一枚岩ではないということか。
そうであれば少しは希望が持てるのだが。
「細かいことは気にするな」
「あんたは少しくらい気にした方がいいんじゃないか?」
繊細なインテリメガネのサブマスターと違って、ギルドマスターは俺の皮肉をものともしない。
「気にして事態が好転するならば、いくらでも気にするとも」
「それはそれは、合理的なことで」
「それにティアナとアレンの両名は、昨日の功績をもって、C級へ昇格とする。これは決定事項だ」
「そりゃどうも。ははっ、D級冒険者じゃなくなったから、討伐に行ってもいいってか」
いつのまにか砕けた口調に戻ってしまったが、別にいいか。
尊敬できない相手に敬語で話す気にはなれない。
「ふう……」
俺は背もたれに寄り掛かって天井を見上げる。
(詰んだ……)
クリスと白い少女――――ティアナというらしいが、この2人は飛び蹴り女を見捨てられない。
そして俺は、この2人を見捨てられない。
今まで名前すら知らなかったこの白い少女は何かと縁があるようだし、成り行きとはいえ二度も助けたのだから今更見捨てるのは忍びない。
クリスについては言うまでもない。
気楽に付き合える友人としても、頼れる相棒としても、もう見捨てるという選択肢は考えられない。
ならば――――
「アレン!これは僕が招いたことだ!キミを道連れにはしたくない!」
「…………」
我慢しきれなかったのか、クリスがついに吠えた。
拳をわなわなと震わせながら俺とギルドマスターの会話を聞いていたから、そろそろかと思ったら案の定だ。
「リーダーは俺だ。今は黙ってろ」
「――――ッ!……ア、レン」
悔しさと嬉しさが2対1くらいに入り混じった弱々しい声。
武士の情けだ、表情は見ないでおいてやろう。
なんとなく反対側に視線を向ける。
そこには悔しさなんて欠片もなく、嬉しさ100%で俺に微笑みかけるティアナがいた。
こちらはクリスと違って、俺が手を差し伸べると確信していたのだろう。
それはそれで、もやっとしてしまうのだが。
とにかく方針は決まった。
自分たちで決めたというよりも強制的に決めさせられた感じはあるが、いずれにしても、やることになったのであれば不貞腐れてばかりではいられない。
俺は、俺たちのやり取りを静観していたギルドマスターの方へと向き直る。
「確認したいことが2つある」
「なんだ?」
「まず1つ、俺たちを火山へ派遣する理由」
「それはさっき説明した通りだ。強力な――――」
「違う。他所からの援軍を待たずに、俺たちだけを火山に派遣する理由、だ。D級冒険者を無理矢理C級に昇格させてまで、派遣を急ぐ理由はなんだ?」
クリスがハッとしたように顔をあげた。
状況の推移について行くのが精いっぱいで、依頼のおかしさに気づいてはいなかったか。
すでに火山の麓の街の住人はこの都市に避難している。
半端な戦力では返り討ちになることもわかっている。
どうせ戦うにしても、外壁に守られた都市で待ち構えて迎撃した方が有利にことを進められるはずだ。
にもかかわらず、俺たちを火山へと急がせる理由はなにか。
ギルド側は沈黙を貫く。
ならば、もう少しだけ話を続けよう。
「言えないなら当ててやろうか?」
「ほう?」
「どうせ、冒険者ギルドの面子だろ?」
「…………」
ギルドマスターの表情は変わらない。
しかし、その両側に座る正直者2人の反応は相変わらずだ。
「緊急依頼が出るような危機は、言ってみれば領主や貴族に冒険者ギルドの存在意義を示す絶好の機会だ。冒険者ギルドがあるから都市の安全が守られる。だから領主ですら、冒険者ギルドには一定の配慮をする」
「冒険者なら誰でも知っていることだ。それがどうした?」
「いや、なに……緊急依頼の原因になったらしい妖魔に対して攻めあぐねている冒険者ギルド。領主からすれば、さぞかし頼りなく見えるだろうと思ってな。他の都市の冒険者ギルドから戦力をまわしてもらわなければ対応はできない。しかし、その間事態を静観するわけにもいかない。万が一その強力な妖魔とやらが都市まで攻めてきて、精強と謳われる領主の騎士団によって討伐されてしまったら、冒険者ギルドの面目は丸潰れだ。だから――――」
――――本命の上級冒険者がこの都市に駆け付けるまでの間、妖魔がこの都市に来ないように足止めする人間が必要なんだろう?
呟くように放った言葉に反論する者はいない。
少しの間だけこの場に満ちた静寂は、しかし、あっさりと破られた。
「そんなこと……そんなことのために、僕たちを使い潰そうと言うのか!!それが、冒険者ギルドの正義だとでも言うつもりかっ!!!」
今まで聞いたことがないほどに荒ぶるクリスの声。
放っておいたらギルドマスターに斬りかかっていきそうなくらいの剣幕だが、俺は先ほどとは違い、クリスを抑える気はない。
心臓に毛が生えたギルドマスターにどれくらい効果があるか知らないが、今は少しでもギルド側の罪悪感を煽って、2つ目の質問を有利に進めるための時間だ。
「答えろ!ギルドマスター!!」
ダンッ、とテーブルを拳で叩いて怒りを露わにする。
俺を挟んで反対側でティアナが大きな音に怯えるが、それに気づく様子もない。
相当頭にきているのだろう、クリスにしては相当珍しい行動だ。
「冒険者ギルドの正義、か……。まさにそのとおりだな。これが、我々の正義だ」
「ッ!この、よくも――――」
「王侯貴族に対抗するための戦力と影響力を維持すること。それが冒険者ギルドの存在意義だ。冒険者ギルドの影響力の低下と、それに伴う王侯貴族の増長。それに伴って起きるであろう悲劇を思えば、冒険者の数人、ときには捨て石にすることだってやむを得まい」
「――――ッ!」
俺たちが使っていたテーブルを蹴り倒し、剣の柄に手をかけるクリス。
その視線はギルドマスターだけをとらえている。
一方のギルドマスターも鋭い視線でクリスを見据えている。
若い頃は一流の冒険者だったのだろうが、その威圧感は今でも健在だ。
沈黙を貫いていた3人の冒険者たちも、この状況では流石に緊張が走る。
一触即発。
そんな空気を読み取り、そろそろ十分かと思った俺は、パンッと両手を打ち合わせて全員の視線をこちらに集める。
「うちのメンバーが、無礼を働いて悪かったね」
「この程度のはねっかえり、気になどしない」
「少しは気にしてほしいところだけどな。冒険者ギルドの正義か知らんが、そのために捨て石にされるこちらの身にもなってほしいもんだ」
文句を言いたげなクリスを右手で制し、左手に持った依頼票を確認しながら続ける。
「まあ、いいか。極悪非道な冒険者ギルドが極悪非道な王侯貴族に対抗するために、捨て石に使われる哀れな冒険者。そんな俺からの質問2つ目だ。1つめは興味本位で聞いてみただけだから何でもよかったんだが、こっちは流石に見過ごせない」
「ほう、なんだ?言ってみろ」
「それじゃ、遠慮なく」
俺は依頼票を指で叩きながら、本題に入った。
「この依頼票、致命的な欠陥があるんだが」
「え……?いえ、そんなはずは…………」
事務官の男が、困惑しながら自分の手元にある依頼票を確認する。
依頼は火山の麓に出没する強大な妖魔の足止め。
達成報告の方法は2日後まで当該妖魔が都市に到達しなければ自動的に依頼達成とみなす。
よって、期限は2日。
報酬は成功報酬で300万デル。
このほか、依頼票の記載欄は全て埋められており、一見して不備はないようにも思える。
他の出席者たちも依頼票を確認し、どこにも瑕疵を見つけることができなかったのか、困惑している様子。
そんな彼らに、俺は笑顔で正解を教えてやった。
「よく見てみろよ。討伐報酬がどこにも書いてないだろ?」
出席者たちが息を飲む。
ギルドマスターは一瞬だけ目を大きく見開いて、すぐさま普段通りの表情に戻ると、呆れたように口を開く。
「討伐できると?」
「おかしなことを。あんた自身が討伐又は足止めと言ったんじゃないか。俺たち3人で妖魔をどうにかできるとギルドが評価しているから、この指名依頼が発行されるんだろう?」
ギルドマスターは黙り込んだ。
実態が捨て石で足止めすらままならないのだとしても、建前上はそのような依頼は認められない。
そんなことをすれば、それこそギルドの体面に関わることだ。
「どうした、ギルドマスター。俺たちはC級冒険者の集団が壊滅するような妖魔を倒せる強力なパーティなんだろ?討伐報酬はもちろん、足止めにしたって、ちっとばかし依頼料が足りないんじゃないか?」
「てめえに、C級パーティ複数で手も足もでなかった妖魔を倒せるとでも?」
突然、右側の3人の中で最も若い冒険者が、俺とギルドマスターの会話に割り込んで食って掛かってきた。
「…………で、どうなんだ?ギルドマスター」
「――――ッ!!」
俺は声を上げた冒険者を一顧だにせず、ギルドマスターとの会話を続ける。
こういう輩は相手にしたって時間の無駄だ。
「調子乗ってんじゃあねえぞ!!」
「おいっ、よせ!!」
ガタッ、と音をたてて立ち上がった男は俺を恫喝するように大声を上げる。
前回の会議にも出ていたリーダーらしき冒険者の制止を振り切って俺に近づき――――そして剣を抜いた。
俺より冒険者たちに近い位置に居たクリスも、対抗するように剣を抜く。
「詫びるなら、ガキの戯言と思って許してやってもいいぞ?」
男は青筋を浮かべ、自分が上位者であると示すように笑いながら威圧して見せる。
この自信は一体どこから湧いてくるというのか。
おそらく彼は、この場にいる冒険者の誰よりも弱いというのに。
「はあ……」
わざとらしくため息をついて立ち上がり、俺はゆっくりと男に近づく。
「あ?なに――――ッ!」
戸惑う男の胸倉をつかみ上げると、俺はそのまま反対側に向かって男を投げ捨てた。
誰も座っていなかったテーブルや椅子を飛び越えてダイレクトに壁に衝突し、男はうめき声をあげる。
打ちどころが悪かったのか、なかなか立ち上がってこないのは俺にとっては好都合だった。
あの様子ではしばらく立てないだろうが、念のためクリスに相手を頼んでおくか。
「それが起き上がってきたら殺さない程度に遊んでやってくれ。話し合いの邪魔だ」
「ああ、任せてくれ」
「……後で言い聞かせておくから、お手柔らかに頼む」
右側の冒険者たちのリーダーに片手を挙げて応えると、俺は再び椅子に座ってギルドマスターに向き直る。
アホのせいで、即興の台本はすでにめちゃくちゃだが。
さて、どうなるか。
「待たせたな。答えを聞かせてくれ」
「……いくらがお望みだ?」
「話が早くて助かるよ。そうだな……足止めで金貨6枚、討伐でさらに金貨15枚かな」
「それはまた、ずいぶんとお高いことだ。分相応という言葉を知らんようだな」
鼻白むギルドマスター。
しかし、俺はここぞとばかりに畳みかけた。
「おいおい、このギルドに残された最後の希望である俺たちが、冒険者ギルドの崇高な正義のために命を懸けるんだぞ?それに、この都市の問題をこの都市だけで解決することの価値は、この都市の冒険者ギルドにとってそれほど低くはないはずだ。それを考えたらこれくらいの報酬、あって当然だろ?それとも――――」
――――それだけの価値もないものなのか。あんたの掲げる正義とやらは。
我ながら安い挑発だとは思う。
これでギルドマスターが納得するとは思わないが、これ以上交渉を長引かせることはギルド側も望まないだろう。
それに俺が討伐メンバーに加わることはギルドにとって譲れないラインであるはずだ。
捨て駒とはいえ、送り込んだパーティがあまりにあっさりやられてしまっては足止めの意味がないのだから。
「……いいだろう。足止めが成功すれば金貨6枚。討伐に成功すれば金貨15枚。ただし、この依頼内容について他言を禁ずる。ギルドの職員を含め、この場にいないあらゆる者に対してだ」
「交渉成立だな。明日の早朝に出発するから、それまでに依頼票は作り直しておいてくれ。では、失礼する」
アホを見張っていたクリスは剣を納め、ティアナも立ち上がってギルドマスターに一礼してから俺に続いて退室する。
クリスはともかくティアナも戸惑うことなくついてきたのは少し意外だったが、相方がアレであることを考えると誰かの後ろをついていくことに慣れているのかもしれなかった。
(それはさておき、また慌ただしくなるな……)
3年ぶりにこの都市に戻ってきてからまだ10日と経っていないのに、1日ごとにいろいろあったせいでずいぶん長い時間が経ったような気がする。
この件が片付いたら大金も手に入ることだし、少しゆっくり過ごすのもいいかもしれない。
(おっと……、まずはやることをやってから。とりあえず、作戦会議でもやっとくか)
そんなことを考えながら、俺たちはギルドをあとにした。
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