第54話 火山の麓の街へ2




 膝丈の草が生い茂る見通しの良い草原。

 俺とクリスはガタゴトと揺れる馬車に揺られながら、火山の麓の街へ向かっていた。


 依頼票に『南西の火山地帯』と記載されているとおり、火山は都市から見て南西方向に位置している。

 その一方で、火山方面へと続く唯一の街道は都市から南へまっすぐに伸びており、さらに南の森を掠めるように大きく弧を描いて西へ――――都市から見て南西方向にある火山へと続くルートで整備されていた。

 これはかつて森の近くにも街や村があった頃に街道が整備されたためであるらしいが、それらの街や村がなくなった今では街道がこのルートで整備されていることによるメリットは小さくなってしまっている。

 それどころか森に近いルートであるが故に魔獣に襲撃される危険が増しており、運行中の安全を確保したいなら護衛が必要だ。

 しかし、そういった措置をとることができる者の多くは財力のある者であり、財力のある者の多くは魔石の動力で走行する魔導馬車を運行させている。

 このため魔導馬車の速度についていけない通常の馬車は、財力のある者たちが配置する護衛の恩恵にあずかることはできない。


 つまり、何が言いたいのかというと――――


「アレン!後方に魔獣が!!」

「そうだな……」


 都市を出発して間もない頃はある程度まとまった数で隊列を成していた馬車たちも、性能差によって先行するものと遅れるものが出てくる。

 俺たちが乗った馬車は残念ながら後者であり、そのために魔獣に狙われやすい状況だった。

 そして、さらに残念なことに実際にこうして魔獣に遭遇してしまい、しかも最後尾であるが故にどうやら魔獣の標的になってしまったらしい。

 運が悪いとしか言いようがない。


「クリス、そっち側の魔獣の種類と数、大体でいいから教えてくれ」


 俺は自分が座った側の魔獣を数えるためにのぞき穴から外を眺めながら、クリスに声をかける。


「すまない!魔獣の種類がわからない!」

「じゃあ、どんな形の魔獣が何体くらいいるか教えてくれ」

「わかった!えーと、灰色の犬っぽいのが後方に……5体、いや6体だ!」

「こっちも同じだな。グレーウルフが左右後方に6体ずつ、計12体か」


 狼型魔獣は各地に広く生息しており、グレーウルフも例に漏れずよく見かける魔獣だ。

 強さもほどほどで癖もないのでD級冒険者でも比較的安全に狩れる魔獣で、単体なら駆け出し冒険者の初戦の相手に選ばれることも多い。

 つまり、俺はこいつらとの戦いに慣れている。

 少しばかり数が多いが、幸い馬車という遮蔽物で背後を守ることもできる。

 落ち着いて戦えばおくれをとることはない。


「クリス、戦うとしたら何体行ける?」

「こっち側だけなら問題ない!」

「上等だ。ほかに戦えそうなのはいないから半分ずつだな」


 馬車の乗客の様子を見ながら魔獣を片付けるための算段をつける。

 乗客の内訳は全く戦えなそうな母子2人、商人2人、農夫1人、それと武器を持っているが震えている男が1人、俺とクリスで計8人だ。

 武器を持っている男を馬車の荷台後方に立たせておいて、俺とクリスで馬車を左右から守るように戦えば何とかなるだろう。


 こういったときに戦えない連中がパニックになって馬鹿なことを言い出すと面倒なのだが、彼らが魔獣に囲まれて恐慌状態に陥っているかといえばそんなことはない。

 俺とクリスが魔獣を処理する算段について彼らに聞こえるように話しているからだ。

 少々慌てているクリスはともかく、全く動じない様子の俺を見れば魔獣にやられて全滅する可能性は低いと考えてくれるだろう。

 そのために、俺は意図して声を荒らげずに落ち着いた振る舞いを見せ続けている。


「わかった!決まったなら早速――――」

「待て待て。まずは馬車の主人と値段交渉をしてからだ」

「交渉!?アレン、こんなときに何をっ!!」

「こんなときだからこそ、だ」


 俺は食って掛かるクリスを押しとどめ、馬車の主人と交渉をするために幌に空けられた穴から顔を出す。

 とはいえ、乗客たちがいる荷台と御者台の間には馬車の側面よりもはるかに大きな穴が開いており、先ほどからこちらの会話は馬車の主に筒抜けだ。

 先ほどから馬車の主人がチラチラとこちらを期待するように振り返る様子も、俺たちの会話が聞こえていることをうかがわせる。

 だから、後は俺の交渉を受けるかどうか、彼に決めてもらうだけだ。


「……ということだ、ご主人。大銀貨1枚で冒険者2人雇わないか?」

「大銀貨1枚!?さっきは大銅貨3枚だったじゃないか!いくらなんでもあんまりだ!」

「アレン!交渉するにしても吹っかけすぎだ!それに『さっき』ってどういうことさ!」


 馬車の主人が暴利を嘆き、クリスが疑問を口にする。

 俺はクリスに向き直りながら、馬車の主人と乗客にも聞こえるように答えを教えてやる。


「実はな、この馬車の運賃を支払うときに、馬車の主人と前もって交渉をしてたんだ。魔獣が出た時の護衛として俺たちを雇わないか、ってな」

「いつのまに……」

「お前が物珍しそうに馬車を観察している間に、だ。護衛料は運賃の半額でいいと言ったんだが、『魔獣なんて出ない』と突っぱねられてな」

「だったら、その条件で受けてくれてもいいじゃないか!!」


 馬車の主人が、まだ泣きごとを言い続けている。


「何を言ってんだ。魔獣が出るか出ないかわからない状態の依頼料と、魔獣に実際に襲われてからの依頼料が同額のわけないだろうが。第一、俺たちが馬車に乗ってなかったら、あんたも乗客もまとめて魔獣の餌になってるところだぞ?」

「それは…………」

「この街道で馬車を走らせてるなら、森に近いこのあたりの魔獣の出現率は知ってるはずだろう。現にほかの馬車は、半分以上が護衛を乗せてたぞ」

「ぐっ…………」


 乗客の方をちらりと見ると、母子以外の4人が馬車の主人を責めるような目で見ている。

 俺を睨みつけているのはクリスだけだ。


 俺はもう一度側面ののぞき穴から外の様子を確認し、それを踏まえて馬車の主人に最後通告を行った。


「ご主人、悪いがもう時間がない。あの様子だと、もうすぐ左右の魔獣が馬車を追い越して進路を塞ぎに来る。先制されるか、それとも態勢を整えて迎撃するかで防衛の成功率は段違いだ。悪いが、先制されたら全員は守れないぞ?」

「……わかったよ!俺の負けだ!!」


 別に勝ち負けではないのだが。

 それでも交渉成立には違いない。


「報酬は大銀貨1枚の後払いでいいが、俺たちは都市を本拠地にする冒険者だ。逃げやがったらあの都市で商売できなくなるからな。それと、これに懲りたら次からはケチらずに護衛を積んでおくことだ」

「ああ、そうするよ……」

「それでいい。馬車を止めて馬を馬車から外したら、あんたも馬車の中に入れ。馬は戻ってくるよう躾けてあるなら一回逃がしたほうがいい。流石に馬を守るにはこっちの頭数が足りない」

「ああ、わかった!」


 痛い出費だろうに、馬車の主人は気丈に応えてくれた。

 馬車のスピードが次第に落ちていくのを感じながら、俺は迎撃のために指示を飛ばす。


「クリス、待たせたな。馬車が止まったら俺が右側でお前が左側だ。それと、剣を持ってるあんたは悪いが出入口でカカシをやってくれ。中に飛び込もうとした奴がいたら俺たちに知らせるか、その剣で叩き落してくれるだけでいい」

「あ、ああ、わかった」


 健気にも了承してくれたが、この怯え具合を見るにあんまりアテにしないほうが良さそうだ。


「アレン、あとで話がある」

「おう、あとでな」


 クリスはクリスで何やらご立腹の様子。

 俺が非常時にもかかわらず金儲けに走ったことを怒っているのだろう。

 まあ、これについては終わったらゆっくり話せばいい。


 馬車の後方に移動すると、速度が落ちているからか左側の魔獣の1体が馬車の後方に近づき、こちらに向かって飛び掛かってきた。

 俺は足場が不安定ながらも、飛び掛かってきた魔獣の喉元に向けて剣を突き出す。

 体重の乗らない突きが魔獣の毛皮を貫くことはなかったが、キャインと犬のような鳴き声をあげた魔獣は地面に落ちて後方へと遠ざかっていった。


「さあ、狩りの時間だ!」


 馬車の速度が十分に落ちたことを確認し、俺は馬車から草原へと飛び出した。



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