第41話 閑話:とある宮廷魔術師の物語2




『第128号生 リリー・エーレンベルクについて。


(基本情報)

 孤児院から引き取った時点において、11歳。

 身体の発育は11歳の少女として平均的で、持病はなし。

 勉学を嫌う傾向があるものの、同年齢の平均よりも優秀と目される。

 魔法に関しては、火を操ることを確認できたため、<火魔法>スキルを持つことは断定できる。

 <火魔法>以外のスキルの有無については不明。

 <火魔法>の威力は非常に高いものの、精密に魔法を行使することは苦手である様子。

 これは魔法を教える者がいないことが理由と考えられ、魔術を体系的に学ぶことで改善し得ると考える。

 保有する魔力量は、驚くべきことに宮廷魔術師団員を遥かに凌ぐ。


(成育歴)

 宮廷魔術師第二席、アドルフ・フォン・バルバストルの三男と平民女性の間に生まれた。

 彼女の生後まもなく父親が病死し、母子ともどもバルバストルの屋敷の片隅で息をひそめるように生活する。

 彼女が幼い頃から魔術の才に秀でていたことで、立場を奪われるかもしれないという疑念に駆られた長男一家からの執拗な迫害が、この状況を助長していたと推測される。

 2歳のころ、母親が彼女を屋敷に残して蒸発。

 ほぼ同時期に、彼女は長男の妻に大火傷を負わせたことでバルバストルの一族から追放され、孤児売買に手を染めているという黒い噂のある孤児院に預けられる。

 その後は孤児院にて幼少期を過ごすことになるが、その魔法の才からか、あるいは持ち前の傲慢な性格からか、彼女は他の孤児たちから恐れられ、疎まれ、孤立する。


 しかし、彼女が5歳になったころ、ある年下の男の子が彼女の後ろをついて歩くようになる。

 このころから、彼女の傲慢な性格は鳴りを潜め、年相応の少女のように振る舞うことが多くなったという。

 彼女はその子を本当の弟のように溺愛し、いつしかその子が彼女についてまわるというよりも、彼女自身が主体的にその子を連れ回すようになる。

 その子が一人で行動できるようになると、今度は彼女がその子のあとをついて回る様子もみられ、時間が経過するほどに彼女はその子に対して強い執着を示すようになる。

 また、その子の近くにいるときの様子とその子がいないときの様子に乖離が見られることがある。


 11歳になってから、彼女は突然その子についてまわることをやめ、孤児院に引きこもるようになる。

 その子と不仲になったことが疑われたが、原因は不明。

 彼女を孤児院から引き取る際、その子と別れを惜しむような会話がされていたことから、少なくともその時点においては、その子との関係は良好だったと推測される。


(補足)

 彼女が執着する少年の名は、アレキサンダー・エアハルト。

 小さな頃からよく勉学に励む、聡明な子どもであったとのこと。

 彼女についてまわり、彼女とともに魔法の練習をしていたという情報もあるが、彼女と別れる時点まで、魔法の使用は確認されていない。

 冒険者を目指しているようだが、その方面の才能には恵まれていない様子である。

 孤児院の裏稼業や前述の彼女の傾向とあわせて、彼女の弱みになり得る。


(評価)

 総合評価 AA級

 魔術師見習いとして類を見ないほどに有望。

 性格や行動に若干の不安定さが見られることに留意し、情緒面も含め丁寧に育成されたし。

                          以上』






 魔術演習用の広場の片隅で、私は使用人に屋敷から持ってこさせた簡易な椅子に腰掛け、小娘の情報が記された資料を片手にクッキーと紅茶を嗜んでいた。

 サクッとした食感もさっぱりした後味も私の好みに合う。

 欲を言えば落ち着いた音楽でもあればと思うのだが、聞こえてくるのは悲鳴と騒音ばかり。

 風情も何もあったものではない。


「本当に興味深い小娘だ」

「そうですね。感じ取れる魔力量や実技のときの様子から、かなりできるのではないかと思っていましたが。まさか、これほどとは……」


 私の独り言に相槌を打ったのは、宮廷魔術師団に所属する魔術師の一人。

 彼女はヒナたちの教育のために私が厳選した魔術師で、本来は今日の魔術講義を担当させるために呼んだのだったが、今朝私のもとに面白い情報が届いたため、急遽予定を変更して今に至る。


「ああ、そうだった。ヒナたちの見世物を鑑賞していたのだったな」

「は、はあ……」


 自分が見たいと言い出しておきながら何を言っているのか、とでも言いたそうに困惑する彼女をよそに、演習広場に目をやる。

 そこでは、ヒナたちの見世物が続けられていた。

 いや、より正確に表現するならば、ヒナたちを見世物にする茶番が続いていた、というところだろうか。


 小娘の周囲に浮かぶ数々の炎。

 その数はざっと数えても20は下らない。

 いつかの講義で私が見せた魔術を実用に耐える程度に習得しており、使い方も小娘なりの工夫が見て取れる。


 小娘が声をあげるたび、手を振り下ろすたびに鳴り響く爆音。

 巻き上がる炎はヒナたちを飲み込み、阿鼻叫喚の地獄絵図を創り出す。

 そこかしこで悲鳴があがる様子は、この広場だけが本物の戦場になってしまったかと錯覚するほど。


 ヒナたちも撃たれているばかりではない。

 ひとまとめに焼かれぬよう散開し、必死に小娘に魔術を放つ者。

 爆炎から身を守ろうと、魔術を駆使して障壁を形成する者。

 それぞれが思い思いに、小娘に一矢報いようと抵抗を試みている。


 しかし、そのどれもが実を結ばない。

 小娘への攻撃は、小娘に到達する前に炎に飲み込まれた。

 形成した障壁は爆炎こそ防ぐことができたが、次に飛来した貫通力の高い炎の槍で破砕された。

 そしてなにより、これだけの魔術を行使してもなお、小娘の周囲には次々に新たな炎が生まれ続ける。


「しかし、めげないものだね。あれだけの戦力差がありながら、よくやるものだ」

「負けるわけにはいかないでしょうから。ドレスデン様、日頃の彼女たちの状況をご存知ないのですか?」

「お前たちが上げてくる報告書くらいは読んでいるが?」

「講義中のことではありません。普段の生活態度とか派閥とか、そういったもののことです」

「それらが報告書に記載されていた記憶はないな」

「私も報告書に書いた記憶はありませんから、当然かと」


 しれっと言ってのける配下にため息をつく。

 私の周りには、どうしてこう失礼な配下が多いのだろうか――――と考えて、理由が自明であることに思い至り閉口する。

 魔術師は師匠の背中を見て育つというが、こんなところまで似てほしくはないものだ。


「まあ、いい。日頃の状況とやらについて聞かせてくれ」

「はい。といっても、そこまで予想から遠くないと思いますよ。力のある者が力のない者を虐げている――――具体的には掃除を押し付け、お菓子を奪い、部屋を取り上げ、ときには訓練と称して魔術の的にすることもあるそうです。ドレスデン様の提唱する弱肉強食が、正に実践されているということですよ」

「それは結構なことだ」

「……魔術師見習いの少女たちは、エーレンベルクさんが来るまで3つの派閥と無所属に分かれていましたが、彼女が来てから彼女を主とする派閥が立ちあげられました。ちなみに、最近派閥のひとつがエーレンベルク派に吸収されています。今日の戦いでエーレンベルクさんが勝利すれば、彼女の優位は絶対的なものになるでしょう」

「まあ、当然そうなるだろうな……。なるほど、つまりあの小娘は圧倒的な魔術の暴力を背景に次々と配下を増やし、他派閥の娘をこき使い、この宿舎の主として君臨しているというわけだ」


 本当によくやるものだ。

 魔法も度胸もとびきり上等だと思ってはいたが、人をまとめる手腕まで持っているとなると、いよいよ本命として認めなければなるまい。

 おまけに、停滞気味だったヒナたちの状況を散々に引っかき回してくれた。

 小娘に触発され、あるいは焦燥に駆られて魔術をより真剣に学ぶ者が多くなることだろう。


 問題があるとすれば、私が想定したよりもずっと成長が早いということだ。

 あの小娘は望んでここにいるわけではない。

 故郷の少年を人質のように扱うことでこの場所に縛り付けているわけだが、小娘がこの調子で強くなっていけば、本当に小娘一人で故郷の少年を守れるようになりかねない。

 この点については、宮廷魔術師として権力を手に入れることで、より安全に故郷の少年を守ることができると説得するしかないか。

 となると、やはり――――


「…………失礼ですが、ドレスデン様はおそらく誤解をされています」

「うん?何を誤解していると?」


 つい思考に浸ってしまった私を、思わぬ言葉が現実に呼び戻す。


「昨日までこの宿舎で最も大きな発言力を持つのは、アントワーヌ派でした」

「アントワーヌ……?」

「ブリギット・アントワーヌさんを中心とする比較的年齢の高い子で構成される派閥です。彼女らが、主に現在エーレンベルクさんの派閥に属する少女たちに対していろいろと――」

「待て、どうしてそうなる?」

「どうしてとは……ドレスデン様がそうなるように望まれたからでは?」

「違う、そうではない。私が尋ねているのは理由ではなく手段だ。アントワーヌとは、アレのことなのだろう?アレがどうやって小娘に無理を強いることができるというのだ?」


 そう言って、私は一人のヒナを指差す。

 哀れにも自分と相手の格の違いを理解できなかったために、衣服を燃やされ、髪と肌を焼かれ、爆風で舞い上がる泥にまみれる愚か者。

 その目には恐怖と絶望が色濃く浮かんでいるにもかかわらず、何度も何度も立ち上がり、そしてそのたびに造作もなく打ち倒されている。

 一体何がアレを駆り立てるのか、理由は定かではない。

 それでも、アレが小娘に対して優位に立てる程の人物でないことだけは一目瞭然である。

 この茶番が始まる前ならば、率いる派閥の総力を比較して小娘よりもアレが強いという可能性が考えられたが、目の前の惨状を見ればそうでないことは明らかだ。

 小娘と敵対するヒナの多くは地面に転がっているか、端の方で泣きながら震えているか、重傷を負って治療室に運ばれたかのいずれかでしかなく、もはや小娘に対して抗うことができているのは数名だけだ。


 その数少ないヒナもひとり、またひとりと欠けていき、遂には演習広場に立つ者は小娘とアレのふたりだけになった。

 若干息が荒いものの無傷で相手をなぎ払った小娘と、満身創痍を絵にかいたような少女。

 その姿は対照的で、この茶番の勝者と敗者を明確にあらわしていた。


「アントワーヌさんを含む年長組の子たちは魔術の実践講義の時間に自らの力量を誇示する傾向があるのに対し、エーレンベルクさんは自らの力量を秘匿する傾向が見られました。これについて、『エーレンベルク派がアントワーヌ派に総合戦力で劣ることが明らかにならないように、エーレンベルクさんは自らの魔術を秘匿せざるを得なかった』という認識が、彼女たちの中の大勢を占めていましたので」

「なんだ、それは……」


 部下から告げられる分析に失望し、脱力する。

 直接魔術を見ずとも、せめてなんとなくでも、相手との戦力差を感じるくらいできないものか。

 小娘に敵対するヒナたちは、この数年間ここで一体何を学んできたのだ。

 呆れのあまり開いた口がふさがらない。


(いや、それよりも……。小娘は、なぜ自分の魔術を隠した?)


 それが必要であったとは思えない。

 小娘は12歳だ。

 その年齢を考えれば、自分の力を誇示したくて仕方がないはず。

 また、弱肉強食が許されるこの場所で力を誇示できれば、相応のメリットがある。

 出る杭は打たれるというが、ヒナたちが束になっても勝てないほどの力があるのなら、それを秘匿するメリットは少ない。

 それでも秘匿する理由があったとすれば、考えられるのは――――


(まさか、私に実力を知られることを避けた……?)


 それはつまり、叛意があるということだ。

 もし、このまま小娘が順調に力を付け、のちに宮廷魔術師になり、それでも私への叛意が残ったとしたら――――


 私は思わず顔をしかめた。

 これでは、優秀な配下を育てるつもりで爆弾を抱え込んだということになりかねない。

 自業自得である上に今となっては手遅れだが、小娘がここまでのものとわかっていればもっとやりようがあるはずだった。


(だが、そうであるなら、なぜ今になって手の内を明かした?)


 まさか、ここで披露した魔術さえ、小娘の切り札ではないのだろうか。

 そういえば、小娘があの時見せた炎の奔流を今日はまだ見ていない。

 あれが魔術として洗練されたなら、一体どれだけの破壊力を持つに至るか。


 わからない。

 わからないことが多すぎる。

 だが、今からでも小娘との関係の改善に努めなければならない。

 今から小娘を切り捨てて他派閥に吸収されるわけにはいかないし、小娘を始末してもこのままではジリ貧になる。

 ある程度のリスクは許容しなければならない段階にきているのだ。


 しかし、相手はもうただの小娘ではない。

 あからさまに下手に出れば増長を招く恐れもある。

 つまり私はこれから、自分の優位を示しつつも小娘の機嫌をとるという綱渡りをしなければならないということだ。


「どうやら、そろそろ幕が下りるようですよ」

「ああ、そうだな……」


 悩ましい。

 私は深くため息をついて、ヒナたちの見世物に視線を戻した。




「一応、降伏勧告をしてあげる」

「はぁっ……はぁっ……、このぉ!!」


 敗者は最後の力を振り絞って魔術を行使する。

 周囲に浮かんだ小さな氷の矢は、彼女が空に掲げた手を振り下ろすとまっすぐに小娘に向かって飛んでいく。

 数は7本、速さはそこそこ。

 しかし、発動までの時間がやや長く、それは小娘がその魔術に対応するためには十分すぎる時間だ。

 ここまでに何度も見られた光景が、また繰り返された。


「…………」


 根性だけで立っていた敗者は、今の魔術で魔力を絞り尽くしたのだろう。

 最後の一人が崩れ落ち、演習場に立つのは勝者だけとなった。


 小娘は辺りを見回して歯向かう者がいなくなったことを確認すると、こちらを向いてスカートの裾をつまんで礼をした後、こちらに近寄ってくる。


「わざわざ足を運んでくれて感謝するわ。見世物はお楽しみいただけたかしら?」

「意外性の欠片もない予想どおりのシナリオを見せられたのだ。楽しいはずもない」

「そう、残念だわ」


 残念そうな様子を欠片もみせずに滔々と語る小娘の態度に、隣で見世物を鑑賞していた配下の魔術師の表情がこわばる。

 これは、いつぞやのヴィルマと同じようなことを言い出しそうな流れだ。

 だが、それではいつかの二の舞になってしまう。

 忠誠心に溢れる部下が余計なことを言う前に、話題を変える必要がある。


「それで、なぜ私を呼んだ?」

「え?」

「この程度のこと、貴様はいつだってできたはずだ。わざわざ私を見届け人にする必要もあるまい」

「…………そうね」


 小娘は、なぜか沈痛な面持ちで言葉を濁す。

 小娘の心情が、ますますわからない。

 困惑していると少女は一転、取り繕ったような笑顔で話しを続ける。


「別に大したことじゃないわ。偉い魔術師様に私の価値を知ってほしかっただけ」

「貴様の価値、だと?」


 嫌なところをついてくる。

 少しだけ冷や汗が流れる。


「そうよ。この場所で優位になるために力を誇示することに、意味なんてないもの。私が力を示すのは、私の目的を果たすため」


 不安を打ち消すように一度目を閉じて、小娘は私に要求を突きつけた。


「彼の無事を、確認させて」



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