第22話 存在理由




「ちょっとオーバンをよんでくるね。家妖精がこの部屋から出ないように見ていてね」

「え!?ちょっと?」


 言うや否やアデーレは部屋の外に出て行ってしまう。

 いきなり一人取り残された俺は、しかしようやく任された仕事を放り出すわけにもいかず、しばし少女と見つめあう。

 すると少女は、よたよたとこちらに歩み寄ってきた。

 いまだ体が成長しきっていない俺よりもずっと小さな少女。

 流石にこれを警戒しろというのは無理がある。

 狡猾な妖魔が相手の庇護欲を誘う姿に化けて――――というお伽話をきいたこともあるが、アデーレの反応からしてそういう類でもないのだろう。

 俺は腰の剣から手をはなすと、その少女――――家妖精の両脇に手を差し込んで目線を合わせるように抱き上げる。

 腰のあたりまで伸びるきれいな黒髪に青色の瞳。

 ボロ布を纏っていることに目をつむれば容姿はまさにお人形といったところ。


(軽い……そしてかわいい)


 家妖精かわいい。

 最近癒しが足りていなかったから余計にそう感じてしまう。


「……うん?」


 なんだか魔力が減っていくような感じがする。

 大した量ではないが、家妖精が触れているところから抜けていくようだ。

 もしかすると、魔力を吸収しているのだろうか。


「お前、俺の魔力が欲しいのか?」


 こくり、とうなずく家妖精。


「そうかそうか!いいぞー、どうせ使い切れないんだから好きなだけ使ってくれ!」


 俺の言葉が理解できるのか、家妖精の表情が目に見えて明るいものに変わる。


(この子、連れていけないかな?心の癒し要員で)


 なんだか懐いてくれているようだし。

 攻撃系統の魔法とか使えるようなら、いい相方になるかもしれない。

 妖精を抱え上げたままその場でくるくると回る無駄にテンションが高い俺。

 娘に高い高いをしてやる父親はこんな気分なんだろうか。


 浮かれていると、アデーレがオーバンを連れて戻ってきた。

 オーバンは家妖精を見るなりこちらに近寄った。


「そのまま抱えてろ。動くなよ」

「うん?オーバンさん、どうした―――」


 そこから先は言葉が続かなかった。


 家妖精の胸元から、剣の切先が生えたから。


「………………は?」


 何が起きたのか、理解できない。


 俺が抱え上げていた家妖精の口元から、ごぽりと赤が零れ落ちる。


 急速に光を失っていく瞳は、俺に助けを求めているように見えた。


「ちょっ、待っ――――」


 舞い散る光。


 空を切る両手。


 コツリと足元に落ちる何かの欠片。


 そこに家妖精の痕跡は残されていない。


 零れ落ちたはずの赤色さえも、霞となって消えてしまった。


 本当はそこに少女などいなかったのではないか、無意識の寂しさが限界になったために見てしまった幻だったのではないかとさえ思えてくる。


 本当に、そうであればよかったのに。


「いやー、運がいいな、アレン!初日から家妖精に会えるなんてツイてるぜ」


 オーバンは剣の切先に引っかかったボロ布を無造作に振り払うと、笑顔で俺の肩を叩いた。


「………運がいい?……羨ましい?」


 何を、言っているのだ。


 わからない、わかりたくない。


「おい、どうしたアレン。俺の剣にビビっちまったのか?」

「おー!いたいた、どうしたんだー?」

「アデーレ、アレンの様子がなんかおかしくない?」


 ダニエルとドロテアも合流したようだ。

 4人で何か話をしているようだが、会話は音として聞こえるだけでその意味を理解することはできない。


「てめぇ!オーバン!冒険者に成りたての子どもの前でなにやらかしてんだ!」

「あ、姉御……違うんだ!」

「何が違うんだこのアホンダラ!」

「それは、その…………おい、アレン!よく聞け!」

「あ、こら!」


 ドロテアに責められて劣勢になったオーバンはこちらに活路を求めた。

 俺の両肩に手を当てて、必死になにかを訴えている。


「家妖精はな、比較的安全に狩れるわりに魔石はなかなかいい値で売れるんだ」


 売る?


 家妖精を?


 なぜ?


「見た目があんなんだから罪悪感もあるかもしれねぇが、家妖精ってのは放っておいても消えちまうんだよ」


 消える?


 ああ、消えたな。


 確かにそこにいたはずなのに。


「だったら最後に俺たちの役に立ったほうが、家妖精だって幸せだろう?」


 役に立つ?


 役に立たなかったらダメなのか?




 役に立たなかったら、存在することすら許されないのか?




「おい、アレン聞いてんの――――ガフッ!?」

「てめぇはっ!もうっ!黙ってろっ!」

「わかった!俺が悪かったよ!許してくれよ姉御!」


 ドロテアに足蹴にされるオーバンを呆然と眺めている俺に、ダニエルが優しく諭すように語りかける。


「ショックだったよな?大丈夫か?」

「ダニエルさん……あの子は……どこに行ったんだ?」

「…………もういないよ。残念だけど」


 分かり切っていた答え。

 それでも一縷の望みにかけた問いかけが完全に否定されたことで、俺の中の絶望がより強いものになる。


「なんで……殺したの?」

「……ここに生まれてしまったから」

「ッ!」


 俺は思わず、ダニエルを睨み付けてしまう。


 ここに生まれたから?

 それだけ?


 たったそれだけの理由で命を奪われたというのか。

 たったそれだけのことが、命を奪う理由になるというのか。


「……キミの気持ちはよくわかる。でも、ここに生まれてしまった妖精や妖魔は、早めに殺さなければならないんだ」

「どうしてっ!」

「精霊の泉……というのが何か、知っているかい?」


 精霊の泉。

 以前、ラウラから聞いたことがある気がする。

 よく覚えていないが、魔力に満ちあふれていて精霊や妖精などが集まる場所だったはずだ。


「数年前、南の火山にあった精霊の泉が消滅してしまってから、この地域の妖精や妖魔の数は大幅に減ってしまった。この地域に漂う魔力が薄くなってしまって、彼らが生きていける環境ではなくなったからだ」

「それとあの子に何の関係が……」

「その例外が、魔力溜まりなんだ。この廃屋もそうだ。精霊の泉が消滅してしまっても魔力が濃い場所がごく一部に存在していて、そこでは妖精が生まれることもある」

「だからっ!それがどうしてあの子が死ななきゃいけない理由になるんですかっ!」


 ダニエルにあたっても意味はない。

 そんなことは理解しているが、語気が荒くなることを抑えられない。


「魔力溜まりはその名前のとおり、魔力が溜まっているだけの場所だ。そこに新たな魔力が発生するわけじゃない。だから、魔力溜まりで生まれた妖精や妖魔を放置しておくと、いつか魔力溜まりの魔力を吸いつくしてしまう。そして妖精は辺りに魔力がなくなると存在を維持することができなくなって、消滅してしまうんだ」

「そんな……」

「特に家妖精は家から出たがらないから、そうなる可能性は非常に高い。他の妖精だったら、もしかしたら自分で魔力のあるところに移動するかもしれないけどね」


 そんなばかなことってあるか。

 生まれた時から死ぬしかなかったってことなのか。


 そんなの、あんまりではないか。


「……あの子、俺の魔力を吸ってました。ここの魔力がなくても、俺の魔力があれば―――」

「妖精1体でも、それを自分の魔力だけで維持しようとしたら相当の魔力が必要になる。だから、この地域にいた妖精や精霊を使役する冒険者は皆いなくなったよ。みんな魔力が満ちている地域に移っていった」

「俺、魔力の量だけなら自信が……」

「キミは冒険者になるんじゃなかったのかい?<強化魔法>だけでやっていこうとしているのに、その<強化魔法>に必要な魔力を浪費する余裕がキミにあるのかい?まして、戦闘に役立つわけでもない家妖精だよ?」

「それ、は…………」


 反論する余地のない正論だ。

 俺はまだ、見習い冒険者。

 一人分の稼ぎすら覚束ないのだから。

 これ以上ハードルを上げてどうするというのか。


「すまない、厳しいことを言ったね」

「いえ……。こちらこそ、八つ当たりしてしまってごめんなさい」

「気にしないさ」


 俺の足元に残った何かの欠片――――拾い上げてみると、それはピンポン玉くらいの大きさの魔石だった。

 あの子が存在していたただひとつの証を、俺はダニエルに手渡した。


 ダニエルは黙って魔石を受け取り、道具袋にしまうと他のメンバーに声をかける。


「さあ、そろそろ帰るぞ!ドロテア……オーバンだって悪気はなかったんだ、そろそろ許してあげよう」

「そうだぜ姉御、流石にやりすぎ…………ヒッ!?」


 ドロテアは最後にオーバンをひと睨みすると、俺の手を引いて廃屋から外に出る。


「さ、帰ろう。今日アレンは冒険者デビューしたんだから、夕食はちょっと豪華にするようにエルザにお願いしよう!」

「そうだな、そうしよう」


 ダニエルとドロテアは俺を元気づけようとするためか、努めて明るく振る舞っている。

 

「うん……ありがとう」


 俺はその気遣いに応えるため、無理やりに笑顔を作って返事をした。




 森の中を村へ向かって歩いていく。

 途中、一度だけ廃屋を振り返った。


(ごめんな……守ってやれなくて)


 心の中で家妖精に詫びる。

 冒険者としてやっていくために、こうするしかなかったのだと自分に言い聞かせる。


(冒険者としてやっていくため……?俺は、何のために……)


 ふと、心の中に浮かびかけた疑問に無理やり蓋をして、心の奥底に沈める。


 今はもう、何も考えたくなかった。



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