第20話 穏やかな村2
「アレンといいます。わけあって、しばらくの間お世話になります。よろしくお願いします」
「…………わかった。…………俺はエドウィンだ」
翌朝、俺はギルドのエントランスホールで、エルザの父であるエドウィンと向かい合っていた。
(しかし、デカいな……)
俺が子どもだから余計に大きく見えるということもあるだろうが、それを踏まえてもでかい。
2メートルを超えるがっしりとした体躯。
禿頭と鋭い視線も相まってプレッシャーが半端ない。
どうやったらこんな厳ついおっさんからエルザが生まれるのか、生命の神秘である。
エルザが幼いころに他界したそうだが、奥さんはよほど美人だったに違いない。
「こんななりだし慣れない相手には口数も少ないけど、怖がらなくて大丈夫よ」
「お、おう」
名前だけ名乗ると、役目は終わったとばかりに部屋に戻っていく大男。
俺の居候を認めてくれたし悪い人ではなさそうだが、慣れるまでしばらくかかりそうだ。
「それで?あんたの冒険者登録は済ませたけど、<強化魔法>だけでどうする気なの?」
「<剣術>はないけど、剣はそれなりに練習してる。最初は森じゃなくて、草原ではぐれの魔獣から始めようと思う」
俺は昨夜、冒険者登録を済ませることで晴れてE級冒険者になった。
登録の際に新しいカードを作成し、証明効果はないが自己申告で<強化魔法>のスキルだけを記入している。
都市の冒険者ギルドで精霊ラウラにもらったスキルカードと同じものなので、本来は証明効果のあるこちらのカードを使って冒険者登録をしたほうがいいのだが、いかんせんアレには本当の名前が書いてある。
エルザは俺がカードを持っているのを見ているはずだが、何も聞かずに新しいカードを作ってくれた。
ちょっとした気遣いが、今はありがたい。
「見習い冒険者がひとりで狩りなんて、死にたいの?」
「…………」
感謝した途端にこれである。
(いや……たしかに冒険者に成りたての少年がひとりで狩りに行くと言い出せば、そういう反応になるのも仕方ない……のか?)
もうちょっと言い方はある気がするが。
「はあ……、ちょっとそこで待ってなさい」
「え?あ、おい、エルザ……?」
俺が引き止める間もなく、エルザはギルドから外に出ていってしまった。
どうやら村の民家のひとつに入っていったようだ。
追いかけて行っても仕方ないのでギルドのエントランスで時間をつぶす。
「不用心だな……。ギルド職員は誰もいないのか」
愚痴るように呟いたが、そういえば親子経営だった。
唯一の受付嬢が仕事を放り出して外へ飛び出せば無人になるのも当然だ。
無人の間に誰か訪ねてきたらどうするつもりなのか。
(そもそも、こんな村で冒険者をやろうという人間が俺以外にいるのか?)
徒歩で数日の距離に都市があるのだから、そちらを拠点にして活動した方が実入りはいいはずだ。
それとも、この村の近くに良い狩場でもあるのだろうか。
「戻ったわ」
「おや、もう動いて大丈夫なのかな?」
「どれどれー……おー、元気になってる!」
ギルドの経営状況に思いをはせている間に、エルザが誰かを連れて戻ってきた。
一人は優しそうな男性でもう一人が活発そうな女性。
どちらも歳は20代前半くらいに見える。
おそらくエルザが強引に連れてきたからなのだろう。
男の方はやれやれという様子だが、一方の女の方は興味津々といった感じでこちらの様子をうかがっていた。
「えーと……。エルザ、この人たちは?」
「ああ、すまない。私はダニエル、こっちは私の妻のドロテアだ。私たちはこの村で冒険者として活動している」
「よろしくね、少年!」
「アレンです。よろしくお願いします」
エルザに紹介を求めたが、それより先に本人たちが説明してくれた。
どうやらこの二人は夫婦で冒険者をやっているらしい。
「死にに行こうとしてる見習い冒険者のあんたのために、冒険者の先輩を連れてきてあげたのよ」
「死にに行こうとしてるわけじゃねぇよ!俺をなんだと思ってるんだ……」
「まあまあ……。腕に自信があるのはいいことだけど、最初は私たちと一緒に行かないかい?このあたりの狩場も案内するからさ」
感謝しなさいと言わんばかりの得意気な顔をするエルザに突っ込みを入れるが、やはり傍から見れば俺は無謀な子どもに見えてしまうようだ。
(さて、どうするか……)
よく知らない相手に手の内を見せたくないが、<結界魔法>を秘密にすると俺が使えるのは<強化魔法>だけになってしまう。
<強化魔法>しか使えないけど魔獣を倒せると12歳の子どもが主張したとして、それを信じてくれる人はどう考えても少数派。
ダニエルたちはおそらく善意で手伝いを申し出てくれているのだろうし、ここで断ってこっそり後からついてこられても面倒になる。
それに狩場も詳しい人間の案内があれば、危険な場所を避けることができて安全性や効率も飛躍的に高まる。
(そう考えると、状況的にはありがたく申し出を受けるべきなんだろうが…)
エルザは信用しても問題ない。
もし俺をどうにかしようとしていたのなら俺が気を失っている間にどうとでもできたはずだ。
ただ、残りの二人は初対面だ。
俺を狩場に連れ出してから――――ということがないとも限らない。
あるいは狩りの成果を適正に分配してもらえないかもしれない。
手伝ってやったんだから、新人のくせに、などと理由をつけて成果を不当に巻き上げる奴は前世にもいた。
そうでなくても、長年世話になった相手に裏切られたばかり。
人の厚意を素直に受け取ることができない程度に、俺は疑心暗鬼に陥っていた。
「ていうか、お礼くらい言いなさいよね!ダニエルたちは、あんたが倒れてるところを見つけて助けてくれたんだから」
ダニエルたちに視線で問うとダニエルは困った顔であいまいに頷く。
「いやー、昨日はびっくりしたよ?狩りの帰りに川で水浴びでもしようと思ったら、子どもが倒れてたからさー、おまけに知らない子だったし」
ドロテアが俺を見つけたときの状況を説明してくれる。
どうやら本当に俺を助けてくれたらしい。
「そうだったんですか、ありがとうございます。村に向かっていたんですが、どうにもたどり着けなくて……本当に助かりました」
丁寧に頭を下げて礼を述べる。
そういうことなら、この二人もとりあえず信用して大丈夫か。
「それと先ほどのお話も、とりあえず今日だけお願いしてもいいでしょうか?」
「もちろんだよー!今日だけなんて言わずにずっとでもいいよ?」
「私たちのほかに、あと二人パーティメンバーがいるんだ。呼んでくるから狩りの準備をして待っていてほしい」
「わかりました。よろしくお願いします」
俺はもう一度頭を下げ、ギルドから出ていく二人を見送る。
「お前もありがとな」
「ふふん!」
残ったエルザにも礼を言うと得意気な表情が少しだけにやける。
礼を言われてうれしいけど喜ぶのは見られたくないというところだろうか。
俺も狩りの準備をしてこなければ――――と思ったところで重要なことを思い出す。
「なあ、エルザ」
「どうしたの?あんたも早く準備してきなさいよ」
「ああ、まさにそのことなんだが……、俺が使えるような防具なんてギルドで売ってないか?」
一瞬何を言われたのかわからないという表情の後、呆れたような表情に変わっていくエルザ。
俺は気まずくなって目を逸らした。
だって、仕方ないだろう。
防具も道具も、準備したものは全部孤児院に置いてきてしまったのだから。
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