4 キスじゃない、マナ補給!(強めの主張)


「まずはこれ。星光石を付け替えておいたよ」


 リーベはレオナルトから預かっていた聖剣を返した。

 付けられていた星光石が不適切なものだったので、レオナルトは今まで聖剣を起動することができずにいたのだ。セザールに頼み、エネルギーの出力が見合った石に付け替えてもらった。


「これでもう、マナ欠乏症にはならない?」


 レオナルトが聖剣を首にかけながら、尋ねてくる。


「うーん……ところが、そういうわけにはいかないんだよね。ここでおさらいだけど、魔導具も魔器まきも、古代魔術を星光石で起動するって点では同じだよね。では、この2つのちがいは何でしょうか?」

「魔導具は、回路に魔術式を組みこんで作動させる。その回路で設定された機能しか使えない。魔導灯なら、光を灯す、みたいに」

「うん」

「魔器には、戦闘に特化した能力がいくつか備わっている。防御とか、回復とか、攻撃系の術とか。それを使用者の意思で切り替えて使用できる」

「おお……僕の補足がいらないほどに、完璧な回答だ」


 リーベは目を丸くした。


「レオ。君って……授業をさぼってた割には賢い?」

「……勉強をしてなかったわけじゃない。グレンが教えてくれるしな」

「あ、なるほど、グレンくん。そういえば、彼の成績、すごいね。毎回、学年トップだって」

「あいつは、昔から頭いいんだよ」


 レオナルトは眼差しを柔らかくさせる。得意げに言った。


(友達のことになると、嬉しそうだ……)


 こういうところは年相応で可愛いな、とリーベは思う。


「ちなみに、君の持つ聖剣に備わった能力はすごいよ。何でもできるって言ってもいいくらい。……それを使いこなせたらの話だけどね。まずは剣、出してくれる?」


 レオナルトが手を前にかざす。

 光があふれ、手の中に一振りの剣が現れた。その柄を握って、レオナルトはホッとしている。


「……ちゃんと出せた」

「うん。新しい星光石の出力は十分みたいだね」


 レオナルトの顔色が悪くなっていないことを確認して、リーベは続ける。


「じゃあ、次は魔術を使ってみようか。あ、正しくは星光石で起動する場合、呼び名は魔導まどうになるんだけど」

「何すればいい?」

「聖剣はどんな能力も使えるからね。じゃあ、簡単なものからやろうか。光を出すとかは? こんな風に」

「……こんな風に?」


 レオナルトが訝しげに告げたことで、リーベはハッとした。


 今、思わず見本を見せてしまうところだった!


 リーベは魔導学の担当なので、魔導に詳しくてもおかしくはない。

 しかし、古代魔術を使えることは秘密にしておかなければならないのだ。


「あ! 僕にはもちろん使えないけどね! こんな風に手を出して、って言いたかった」

「ああ、何だ。先生って、マナ生成体質だろ? だから、実は古代魔術が使えるのかと思った。リュディヴェーヌみたいに」


(ひぃ、むしろ本人です……!)


 冷や汗をかきながら、リーベは笑って誤魔化す。


「あはは……。まさかぁ〜……。それより、やり方はわかるかな? 脳内で聖剣に命じる感じで」

「うん」


 レオナルトは頷いて、手のひらをひっくり返す。そして、真剣な面差しをした。


(意外と素直なんだよなあ……。まあ、この方が教えがいはあるけどね)


 その様子をリーベはじっと見つめる。

 レオナルトの手に光が宿った。だが、すぐに光は消え去り、レオナルトはへなへなと膝をついた。体調不良を起こして、青くなっている。


「きつい……」

「あー……やっぱりこうなったか。君、ずっと星光石が合ってない状態で、聖剣を使おうとしてきたでしょ? だから、体が慣れちゃってるんだよね。自分のマナを吸わせることに」


 つまり、レオナルトは今、魔導ではなく、魔術の方を使ってしまったのだ。

 そのせいでマナ欠乏症に陥っている。


(まずは魔導で術を使う方法を教えてあげないとな……。その後で、簡単な術から使えるようにして、戦闘系の術を教えて……。選抜戦までに間に合うかな?)


 この状態では、あまり余裕がなさそうだ。

 今の暦は10月。あと2ヶ月しかない。


 選抜戦では、他の魔器特進科の生徒だって必死になるだろう。三国対抗戦に出場できるというのは、名誉のあることなのだから。


 ――いくら聖剣が特殊な武器だからといって、レオナルトのハンデは大きい。


 今の段階では他の生徒が当たり前にできることが、彼にはできないのだから。


「それじゃあ、マナを補給するからね。こっち向いて」

「マナ補給って……。キス……?」


 レオナルトが警戒しながら赤面する。


「いや、キスじゃなくて、マナ補給だけど……?」

「似たようなもんじゃんか……」

「別にカウントしなくてもいいよ? 僕、慣れてるから」

「なっ……!?」


 リーベがさらりと言った言葉に。

 レオナルトは何やら、多大な衝撃を受けている様子だった。


「そうなのか……?」

「うん……? そうだよ」


 マナ補給が、の話である。


 テオドールがよくマナ欠乏症を起こしていたので、それを治すのはリーベの役目だった。

 ちなみに、当時はまったく『そういうこと』を意識していなかったので、リーベに抵抗はなかった。人工呼吸のそれと同じ感覚だった。


(まあ、こないだので少し意識しちゃって、恥ずかしいけど……)


 医務室でレオナルトにキスされたことで、リーベも意識するようになっていた。

 しかし、リーベが照れた様子を見せれば、レオナルトも嫌だろうと思い、そこは年の功で平然とした様子をとりつくろった。


「君もけっこうモテるみたいだし、別に初めてとかじゃないでしょ?」

「そっ……」


 レオナルトは何かを言いかけたが、すぐにいつもの調子に戻った。不遜な態度で断言する。


「……そうだけど?」

「じゃあ、問題ないね。ちょっと我慢してね?」


 ふわりと唇同士が重なる。

 確かに「キスと同じ」と意識するようになれば、恥ずかしいな……。

 リーベは気付かれないほどわずかに頬を染めるのだった。




 その後。

 リーベの研究室を去りながら、レオナルトは苦悶していた。彼の発言が、脳内をぐるぐると巡る。


『僕、慣れてるから』


 何を、とは言うまでもない。

 キスのことである!


(慣れてる……? 慣れてる……。先生ってああ見えて、恋愛経験豊富なのか……!)


 ますます、「実は初めてです!」と言い出せなくなっていたレオナルトだった。




 レオナルトに特別授業を行うようになってから、1週間ほどが過ぎた頃。


「悪いニュースと、とても悪いニュースと、何とも言えないニュースの3つがあります。どれから聞きたいですか?」


 セザールが通話越しにそんなことを言い出した。

 もう不穏な気配しかない。リーベは「うげー」と顔をしかめ、敢えて明るい声で切り返した。


「じゃあ、僕から楽しいお話を提供しようか! この学校の購買部、パイがすごく美味しいんだ」

「悪いニュースからお話しますね」

「うう、会話のキャッチボールじゃなくて、投げこみだよぅ……」


 涙目のリーベに構わず、セザールは更に投球を続ける。


「捕らえていたファブリス・ラサルですが。彼が帝国の諜報員であったことは聞いていますね」

「うん」

「彼を尋問したところ、もう1人、帝国のスパイが、リブレキャリア校にもぐりこんでる様子なのです」

「す、スパイ……?」


 帝国は24年前、レルクリアに攻めこんだ国だ。戦争は終結し、今では両国間に和平条約が結ばれているはずだが――。

 帝国がこの学校にスパイをもぐりこませているなんて、不穏な気配しかない。


「その目星とかは……?」

「不明です。残念ながら。それで、これがとても悪いニュースに当たりますね。それ以上のことを聞き出す前に、ファブリスは……」

「え……ええ? 何か怖いこと言おうとしている?」

「はい……。そうですね。彼は服毒により亡くなりました。一応、自害ということになっています」

「一応……。ああ、うん。なるほどね……」


 リーベは遠い目をして頷いた。

 ファブリスには悪印象しかない。それでもそんなニュースを聞かされれば、心がずしんと重くなる。

 頭を抱えながら、リーベは最後の情報について促した。


「で、何とも言えないニュースってやつは?」

「ラサル先生が退職となったので、その代わりの教師が赴任します。明日から」

「へー。そうなんだ」

「その人物が……」


 セザールは何かを言いかけてから、口をつぐむ。


「やめときましょう。明日、会えばわかりますし。……ルディ、驚かないでくださいね?」

「ん……?」


 リーベはこてんと首を傾げるのだった。




 セザールの宣言通り、翌日のこと。

 職員室に響き渡ったのは、威勢のいい校長先生の声だった。


「みなさん、魔器実戦の新しい先生が見つかりましたよー!」


 アルジャーノンがうきうき顔で、職員室に入ってくる。一同の注目を集めたところで、入り口を顧みた。


「さ、どうぞ入って」

「はーい、失礼しまーす!」


 続けて響いたのは、これまた張りのある声。

 1人の男が室内に入ってくる。その容姿を視界に収め、リーベは、


(えええー!?)


 顎を外さんばかりに驚愕した。

 驚いているのはリーベだけでない。他の教員も呆気にとられて、彼の顔を見つめている。


 それはまるで、教科書の中から飛び出してきたかのような――。


「え……て、テオドール様……?」


 誰かがぼそりと呟く。

 金髪に青空のような碧眼。年若さと明るさを色濃く宿した面差しまで、そっくりだった。

 リーベは目を回しそうになりながら、彼を見つめる。



(テオにそっくり……)



 彼は皆の前に立って、明るい笑顔を浮かべた。

 堂々とした態度も、声までも、彼によく似ている。


「魔器実戦の担当として採用してもらいました! ジャン・グランテといいます! よろしくお願いします」


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三英雄の魔術師 村沢黒音 @kurone629

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