第14話 嫌がらせはチートで解決!

 それからというもの、リーベの周りで奇妙なことが起きるようになった。

 女生徒に倉庫に呼び出されたと思ったら、鍵を閉められて、閉じこめられたり。中庭を歩いている時、上階から黒板消しが落ちてきたり。バケツを運んでいる女子とすれちがう時、泥水を吹っかけられそうになったり。

 その度にリーベはこっそり魔術を使って、被害を防いでいた。だから、気にしていなかったのだが、不思議には思っていた。


 ――何だろう?

 ――この学校って、うっかりさんが多いのかな?


 そして、また別の日はというと……。

 リーベは、校舎内の階段を必死に登っていた。普段は飛行術ですいすい~なのに、脚を使って登るとなると普段の運動不足がたたって、大労働である。


(ひいい……何で若い子はこんなものを、ずんずん登れるんだろう……)


 リーベがへろへろになりながら、階段に足をかけた時だった。

 リズムカルな足音が前方から。1人の女子が、階段を降りてくる。

 彼女はリーベの顔を確認する。


 そして――。

 すれちがう間際、リーベの肩にどんと衝撃が走った。全身を浮遊感が包む。リーベの視界には天井が映っていた。


(あ……あれ?)


 ぼんやりしていたので、理解が遅れた。

 女生徒と衝突して、階段から落ちたのだ。

 リーベは頭で理解するよりも先に、魔術を起動していた。飛行術で体を浮かせて、落下の衝撃から身を守ろうとした――その瞬間。


 とさり。


 リーベの体は何かに包まれていた。リーベは目を瞬く。視線を上げると、アルバートの顔が間近にあって、更に混乱した。

 アルバートに体を横抱きにされている。落下する寸前で、受け止めてもらったようだ。


「あ、アルバートくん!?」


 女子が悲鳴のような声を上げる。そちらに視線を向けると、彼女は顔を蒼白にしていた。


「今、突き飛ばしただろ」


 アルバートが普段からは考えられない、鋭い声を上げる。

 リーベは彼の腕の中で、「ん?」と首を傾げていた。


「下手したら、頭を打って、大怪我してたかもしれねえんだぞ」

「ち、ちがうの! たまたまだよ!? たまたま先生とぶつかって……」

「はあ? そんな言い訳が……」

「ねえ、待って、アルバートくん」


 リーベは困惑しながら、声を上げる。


「彼女の言う通りだよ。とりあえず、降ろしてくれる?」

「あ、ごめん。リーベちゃん。大丈夫だったか?」


 アルバートは打って変わって、優しげな声になる。リーベをそっと床へと下ろした。

 リーベはまったく危機感を抱いていなかった。というのも、飛行術を使えば落下することはないし、仮に怪我をしたとしても回復術で治せるからである。

 しかし、「古代魔術があるので大丈夫です!」とも言えない。

 リーベはにっこりと笑って、「まずは……助けてくれてありがとう」と告げる。


「でも、彼女もわざとじゃないし、僕も怪我はしなかったから。大丈夫だよ。君もごめんね? 僕がぼんやりしてたからぶつかっちゃって」

「え? ……え?」


 リーベが先ほどの少女に声をかければ。

 彼女は困惑して、おろおろとしている。赤くなったり青くなったりをくり返しているので、「どこか具合でも悪いのかな?」とリーベは思った。

 一方、アルバートは目を大きく見張っている。


「わざとじゃないって……。リーベちゃん、それ、本気で言ってるのか?」

「え?」

「……あの、せんせい……」


 か細い声が階段の上から降る。リーベがそちらを向くと、女生徒は勢いよく頭を下げた。


「ご……ごめんなさいっ!」


 大きな声で告げて、立ち去る。リーベはアルバートと向き直った。すると彼は、思いつめたような表情になっていた。


「リーベちゃん……ごめんな。ああいうのに目をつけられたの、おれのせいかも」


(ん?)


「最近、いろいろと嫌がらせを受けてるだろ」


(ん~?)


 会話が噛み合わない。というのも、


「嫌がらせって何のこと?」

「は? リーベちゃん、何にも気付いていなかったのか?」

「えっと?」

「ここ最近、おれが見てただけでも、いろいろと……陰湿な嫌がらせを受けてただろ?」

「そうなの?」


 リーベはきょとんとして答える。

 確かに最近は、おかしなことが身の回りで起きていた。しかし、それが故意に引き起こされているとは思ってもみなかった。

 リーベがあまりに呑気なので、アルバートは焦ったように、


「いや、たまたま運がよくて、今までは被害に遭わなかったみたいだけど! 大変なことになっていたかもしれないだろ!」


 実際はこっそり魔術で回避していたのだが、周りから見れば「やたらと運のいい男」となっていたようだ。

 アルバートにそこまで言われても、リーベはぴんとこない。どれもとるに足らない事案すぎて、それが「自分を害そうとする行為」だと気付いていなかった。


(えーっと、僕、結界も自分で張れるし。全然問題ありませんでした、なんて言えない……)


 リーベは内心で慌てながら、ふにゃりと笑顔を浮かべて、


「あ、うん……心配してくれて、ありがとう。でも、何ともなかったし。僕、気にしてないよ?」


 アルバートは唖然としている。

 そこでリーベはあることに気付いた。


「あ、そうか! あれって僕への嫌がらせだったんだね。でも、その嫌がらせが起きたのは君のせいかもっていうのは、何で?」


 考えこんでいると。

 ふ……と、笑い声が漏れる。アルバートが楽しそうに笑っていた。


「アルバートくん?」

「はー……。ははは! リーベちゃんって大物なのかもな」

「ええ?」

「まあ、とにかく、階段から突き飛ばすなんて許せねえよな。あいつらのことはおれに任せてくれよ。何とかする」

「あ……ありがとう」


 あたふたとお礼を言う。

 リーベは他の生徒から嫌われている。授業でも手を抜いているし、それは当然のことだと自分でもわかっていた。


「君……。どうして、僕に優しくしてくれるの?」


 リーベが尋ねてみると、


「リーベちゃんって、何か放っておけないからかな」


 おどけたような笑顔で、アルバートは答えるのだった。





 アルバートが「何とかする」といった翌日から、リーベの周りで奇妙なことは起きなくなった。嫌がらせが止んだのだ。


(アルバートくん……。どうやったんだろう?)


 リーベは不思議だった。

 お礼を言わなくちゃな、とリーベは放課後、彼の姿を探していた。職員室で彼の行方を尋ねてみると、ヴェルネが教えてくれた。


「ラクールくんなら、補習中です」


 厳しい声音で彼女は言う。アルバートの名を聞いただけで、苦い表情を浮かべていた。

 その反応にリーベは「あれ?」と思う。アルバートは人懐こい性格なので、教師からも好かれているものと思っていたのだが……。


「彼の数学の成績は壊滅的です! 担任のあなたからも、もっときちんと勉強するように言ってもらえませんか?」

「あはは……。でも、彼、素直ないい子じゃないですか。親切だし」

「はい? バルテ先生、いったい誰の話をしているの?」

「あれ?」


 ヴェルネは怪訝な顔をしている。リーベが辺りを見渡すと、ナルシスはさっと顔を背けて、ファブリスは肩をすくめていた。


「レオナルト・ローレンスと、その友人3名はとんでもない問題児ですよ。我々の言うことなんて聞いてはくれません」

「そうなんですか?」


 リーベは目を瞬かせる。


(おかしいな。アルバートくん、僕の前ではいい子だし。例えるなら……あれだ! 大型犬みたいな)


 アルバートの人懐こさが犬と重なって、リーベは、ふふと笑う。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る