第3章 大型犬に懐かれる理由
第13話 チート能力で証拠隠滅!…したら、証拠を見つけた
「ふあー……今日も疲れた~……」
リーベは自室で、呑気に伸びをしていた。
(授業はもう全部、自習にしよっかな……)
そう考えながら、カップに口を付ける。コーヒーが空になっていることに気付いて、「あ」と顔を上げた。指を曲げて、コーヒー豆の瓶を浮かせる。
いつものように魔術で淹れようとしてから、リーベは思いとどまった。
(んー……ちょっと普通の方法も練習しておくか)
リーベは校内でコーヒーを飲むことができなかった。いつも魔術で淹れているので、普通の淹れ方がわからないからである。
「こないだセザールに泣きついたら、送ってくれたんだよね。じゃーん」
誰に自慢するでもなく、リーベは両手を広げてみせる。すると、棚から箱がやって来て開封、魔導式コンロとコーヒーミルが飛び出した。
リーベは床に降り立つと、ポットを手にとった。
(えーっと。まずはお湯を沸かさないといけないのか……)
いつもは熱湯を魔術で生成しているので、そこからやるのは初めてだ。リーベは魔導式コンロを見る。
その数分後。
「どわー!?」
なぜか室内の一角が燃えていた。
リーベは慌てて水を生成して、鎮火する。
それから首を傾げた。
――おかしい。他の教師は難なくこれで水を沸かしていたのに? 何がいけなかったのだろう。
普段は何事も魔術でこなしているので、手でやる作業は壊滅的にどんくさいのがリーベである。まずコンロに火を点けてから、ポットに水を用意し始め、そうこうしているうちにペーパーフィルターの束を落として引火。慌てている最中、本の束を崩して更に炎上。と、散々な結果を引き起こしたのだった。
燃えカスとなった紙束を見やって、リーベは息を吐く。
(危なかった……。もし火事なんて起こしたら、ヴェルネ先生にどれだけ叱られることか。とりあえず、復元して証拠隠滅しよ)
魔術で灰燼を復元していく。
燃やした物でも復元可能なのである。
(あ、これ、前の住人の持ち物か)
リーベがこの部屋に住み始めた時、私物が残ったままになっていた。
職員に尋ねたら、「適当に処分してください」と言われたのだが、リーベは面倒くさくてそのままにしていたのだ。
本は魔術で元通りになる。それを積み上げていた、その時。ページの隙間から、1枚の紙が零れ落ちる。何かのメモのようだった。
リーベはそれを魔術で引き寄せる。内容に目を通して、ハッとした。
『今後のために、このメモを残しておこうと思います。レオナルトくんと、グレンくんが原因で、僕は命を絶つ』
一番上には日付が記載されている。夏休みの日付だった。
リーベは以前聞いた話を思い出した。
――夏休み中に自殺したカミーユ・フィレールという生徒。
――噂では彼の死にも、ローレンスくんたちが関わっていると聞いたけれど。
――以前、ローレンスくんがフィレールくんを脅している姿を、私も目撃しました。
リーベはその紙をまじまじと見つめた。
これってもしかして。
「い……遺書?」
(僕……ものすごいもの、見つけちゃった?)
カミーユ自殺の件はレオナルトの関連が疑われていたものの、証拠がないために追及することができなかったという話である。
だが、この遺書は決定的な証拠になるのではないか? これを突き付ければ、言い逃れはできないだろう。
(どうしよう?)
リーベは困り果てた。
「なるほど。こんな物が……」
ファブリスは神妙な顔付きで、遺書を眺めている。
次の日、リーベは学年主任である彼に相談していた。朝日の差す会議室で、2人は向かい合う。
「これを本当にフィレールくんが書いたのだとすると、おおごとですね……」
「カミーユ・フィレールくんの自殺の原因は、今まで明らかにされていなかったんですよね?」
「ええ、そうです」
ファブリスは痛ましげな顔付きになる。
「とても聡明な子でしたよ。それがあんなことになってしまって……本当に残念です」
「レオナルトくんも、グレンくんも僕のクラスの生徒ですが、どうしたらいいものか……」
リーベの言葉に、ファブリスは頷く。遺書を折りたたんで、胸ポケットにしまった。
「わかりました。任せてください。これは私が預かります。それと、真実が明らかになるまで、この件はどうか内密に。この話が漏洩すれば、混乱を招くでしょうから」
リーベはホッとして、礼を言う。彼に相談してよかったと思った。
2人は会議室を後にした。
職員室に向かう途中で、生徒とすれ違う。すると、彼らはファブリスに向かって、親しげに声をかけてきた。
「ファブリスちゃん、おはよー!」
「ああ、おはよう! だが、教師を呼ぶ時には『先生』を付けなさい」
ファブリスが笑いながらたしなめる。生徒は「すみませーん!」と楽しげに答えた。
その様を間近で見ていたリーベは目を伏せる。
この24年間、リーベは引きこもり生活を送っていた。誰とも関わらず、1人きりで生きていこうと決めたのは自分だ。だから、そんなことを思う資格なんてないはずなのに……。自然と羨んでしまっていた。
「……ラサル先生は、生徒たちから人気がありますよね」
「いえ、そんな。私だって未熟者です。多感な年齢な子と関わるということは難しい」
ファブリスはさらりと答え、リーベの顔を顧みた。
「バルテくんは、前職は何を?」
「えっと、いろいろあって。引きこもりを……」
あまり自慢できる経歴ではない。
ファブリスは馬鹿にすることもなく、気遣わしげな表情を浮かべた。
「では、担当クラスまで持つことになって大変でしょう。何か困ったことがあれば、いつでも私に言ってください」
リーベはもごもごと礼を言った。
予鈴が鳴り響く。リーベはホッとして、教科書を閉じた。
「今日の授業を終わります」
その言葉を聞いている者は存在しない。
授業中、生徒はやりたい放題だった。リーベのことはただの置物だと思っているのだろう。皆、雑談タイムに興じている。
リーベは相変わらず、無気力に過ごしていた。このまま12月を迎えれば、リーベの任務は「レオナルトの暗殺」に切り替わるだろう。
(まあ、それでもいいか。あー……早く城に戻って引きこもりたい)
彼はそんな風に考えていた。
カミーユの遺書を見つけてしまった。それを読む限り、彼の自殺にレオナルトが関わっているのは間違いない。
――レオナルトはやはり、どうしようもない問題児なのだ。
そんな人間を教育したいとは思えない。このまま放置を続けて、12月になったら速やかに処分して、リーベは引きこもりに戻る。
――それでいい。
できればレオナルトとはもう関わりたくないのが、そうもいかない。任務のことはどうでもよくても、放っておけない問題がある。
それはカツアゲの件である。
リーベはレオナルトが教室を出て行こうとしていることに気付いた。慌てて後を追いかける。
「レオナルトくん!」
彼は振り返ると、鬱陶しそうに顔をしかめる。
「こないだ、エリアスくんから何をとりあげたの? すぐに返して」
「うるさい。へぼ教師」
素っ気なく切り捨てると、リーベに構わず、廊下を突き進んだ。
あれからレオナルトを見かける度に、リーベは彼に声をかけた。エリアスから巻き上げたお金をとり返したかったのだ。
だが、レオナルトはいつもとり付く島がない。
(いつか魔術で、がつんってしたい……)
リーベは密かにそう思っていた。
しかし、それをやったら正体がバレてしまうので、堪えていた。
「リーベちゃん!」
アルバートが駆け寄って来る。顔を合わせると、無邪気な笑顔を浮かべて、
「なあ、リーベちゃんってさ、前にパイが好きって言ってたよな」
「うーん……まあね」
好意的な視線から逃れるように、リーベは歩き出す。彼から懐かれている理由がわからないので、落ち着かない。しかし、無下にすることもできないので扱いに困っていた。
アルバートは笑顔のまま、リーベについてくる。
「ここの購買部のパイって、結構おいしいんだぞ」
「へえ、そうなんだ」
苦笑いで応じるリーベ。
何が楽しいのか、アルバートはずっとにこにことしている。それからも、あれこれとリーベに話しかけてくるのだった。
◇
リーベの姿を、遠目から恨めしげに睨みつけている者たちがいた。
「何なの、あの地味教師! アルバートくんからあんなに声をかけてもらって!」
「しかも、あいつ、レオ様にも馴れ馴れしく話しかけているのよ! 絶対に許せない……あんな芋メガネの分際で!」
レオナルトたちの女生徒からの人気は、リーベの想像を超えるものだった。
彼女たちは嫉妬の炎に燃えていた。
図らずも彼女らを刺激してしまったリーベは、複数の女子から目をつけられるようになっていたのだが……。
(さーて、今日の夕飯は何にしようかな)
呑気に食事のことを考えているリーベは、そのことを知る由もないのだった。
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