休日の過ごし方

「あ、そういえば気になってたんですが」

「ん? 何ー?」  

「古宮さんって就活どうしてるんですか?」


 この人の自由無軌道さのせいで忘れていたが、古宮さんは野々村先輩と同い年だ。つまり、順当に考えれば古宮さんも就職活動真っ只中だと思うのだが、どうもその様子はないことが不思議だった。


「あ、言ってなかったっけ? わたしは院試受けるから就活はしないよ」

「あ、そうなんですか?」


 それは少しだけ意外だ。


「だから今は絶賛、卒論に集中してるとこ。だからバイトもしばらくやめるつもりなかったりするんだよねー」

「なるほど。そうは言っても卒論も院試も大変じゃありません?」

「大変は大変だし、睡眠時間削ってる友達とかもそりゃいるけど、わたしは割と普通にやらせてもらってるよ。ま、わたし要領いいから」

「そんな気はしますね……」


 最近はたまに顔を合わせても疲労した様子ばかり見せる野々村先輩にその余裕を分けてあげてほしいものだ。


「因みに卒論何書いてるんですか?」

「若者のセックス離れの風潮とその実態について」

「……古宮さんらしいですね」


 少しだけ、この人に余裕があることに納得がいった。


 そんな感じで、久々に飲みの席で話すことになったのも事実なので、お互いの近況報告をして、古宮さんには約束通り食事代を奢ってもらった。「お返しにまたラブホ代奢ってもらおうかなー」などと言うので軽く流して、俺は帰路についた。


 家に帰り、そういえばミサキの私物、まだ郵送してなかったな、ということを改めて玄関に鎮座するダンボールを見て突きつけられた。俺は明日の朝には流石にもう郵送することを心に決め、アラームをセットしてそのまま布団に横になった。

 疲れた。昨夜、見学店でのバイトの後にカラオケでみんなに慰めてもらい、美咲への告白をして空振りに終わり、夜はバイトの後、古宮さんにお酒を奢ってもらった。明日はミサキの私物を郵送してから大学だ。少し過密スケジュールが過ぎる。

 けれど、何かすることがあるというのは自分の気持ちを誤魔化すにも良いことではあるのかもしれなかった。ミサキとの別れ話と美咲への告白の不発、ショックが重なった今、手持ち無沙汰になってしまったら俺は正気を保てないかもしれない。

 明日も部室に行けば美咲と顔を合わせるわけだが、どうしたものか。


「でも、明日も会えるのか」


 そのことは俺の気持ちをかなり昂らせてくれた。遂に告白をしてあんな面倒くさい返しをされても、なんだかんだと俺はあいつのことを好きなままだ。美咲は恋愛感情がわからないというけれど、こんなもの、ないならないで幸せなのではないかという気すらする。

 そんなことを考えているうちに、流石に疲労が溜まっており、自分でも気付かぬまま俺は眠りについていた。


 朝は自分でセットしたアラームでしっかり起床し、ミサキの私物を詰めたダンボールも問題なく郵送した。俺は一応、烏京さんに『エリの私物、マンションに送りました』と事務的な連絡を入れる。烏京さんからはものの数分で、すぐ『わかりました。お疲れ様です』とだけ返って来た。俺はその返信を見て、ミサキの様子を聞きたい衝動にかられたが、我慢した。この期に及んで、それは流石にルール違反だ。


 講義が終わり、部室に向かうと美咲がいつものように待っていた。俺はその様子を見てホッとして、自分の席に座って小説を書き始める。

 途中、昨日のことを聞こうとしても「その話はもう終わりです」と、聞く耳を持ってもらえなかった。俺はその返答にムカつきながらも、無言で作業を進めた。昨日と同じように、その日も美咲が「バイトがあります」と先に部室を出ていき、それからしばらくして俺も部室を出た。

 一緒に出て行っても良かったのだが、昨日の今日での気まずさがやはりある。果たして、あいつはこれで良いのか? わからない。せめて話をさせてくれ、と思う。

 その日は特に用事もなく家に帰り、適当に大学の課題をしながら動画を観るなどして過ごす。明日は休日で大学もバイトもないから、久々に遠出でもして適当に一日を過ごすか、などと考えた。

 自分は割と休日は外に出るタイプだ。ネットで見た美味しそうな店に行くために一日かけて電車に揺られたり、気になっていた漫画の展示会に足を運んだり、やることは山ほどある。予定が合えば、ゼミの仲間やバイトの同僚、茉莉綾さんなんかとお酒を飲みに行くこともある。

 そういう休日も、ここ数ヶ月はミサキと一緒に過ごしていたわけなので、また一人での休日を迎えるのは本当に久々だった。

 ミサキとの生活が終わり、独りになってしまうと寂しさに身を焦がれるかもしれないと思っていたが、実際に休日を迎えてみると、思っていた以上にそんなことはなかった。これは今日だけのことなのか、それとも俺が独りに戻ってもそれに耐性があるのかはまだわからないが。

 その日は今週に封切りだった映画を観に行き、帰りには本屋に寄って過ごした。追っていたライトノベルの新刊を見つけて購入し、適当に地図アプリで近くの喫茶店を調べてコーヒーを頼み、買った本を読んだ。二時間弱くらいで本を読み終わると喫茶店を出て、夕食の準備をするために家に帰る。いつも昼間の弁当を自分で作っているのもそうだが、ある程度の食材は買い溜めて冷凍庫に放り込んでいるので、それを解凍して調理をし、作り置きをしてその次の週までもたせることもある。今日は平日用のおかずを作り置きするついでにシチューを煮込んだ。

 夕食が終わるとスマホを開き、小説を書く。今日は外出をしたが、良いネタが思いついたり、サークルやネットの仲間うちで書く必要のあるイベントがあったりする場合は一日を執筆作業と大学の勉強にあてることもあるが、それもそう毎週続くようなことでもない。

 夜はスマホで配信ドラマを観て、眠くなった頃合いにスマホを充電器に挿して寝た。その次の日も似たような一日を過ごして、家に帰ると古宮さんからの連絡があったことに気付いた。


『今時間ある? 電話できるならお願いねー』


 と、軽い感じのメッセージによろしくスタンプが添えられていた。


『大丈夫ですよ』

『今は暇です』


 そんな風に俺もメッセージを返す。数分後にスマホが鳴り、古宮さんからの電話がかかって来た。


「はい、もしもし」

『もしもーし。あ、結城くん? 急にごめんねー』

「それは別に良いです。何かありました?」

『んーっとね、美咲ちゃんと話した』


 なるほど。居酒屋で古宮さんに美咲とのことを報告した時、古宮さんも自分で美咲と話してみると言っていたが、早速話したのか。行動が早い。


『あのね、最初に言うね』

「はい」

『うちの後輩が申し訳ないことをしました!』

「美咲のことを言ってるなら、うちの後輩でもありますが……」


 それは良いけど、古宮さんから謝ってくるというのはどういうことだろう。


『そうねー。聞いたのよ、美咲ちゃんの処女喪失のこと』

「……ああ」


 急に納得がいった。


「俺はもう、別に良いです」

『いやいやいや、良くはないでしょ。いや、わたしも人のこと言えるほどの人間じゃないけどさー』

「美咲に言われて俺の童貞奪おうとかしてましたもんね」

『ごめんてー! いや、それは今でも無理だったの後悔してるんだけど』


 おいこら。


『ただ、まさかそれより前にあんなアクロバティックなことをしでかしてるとは思わなかったからさ』

「その辺は古宮さん的な線引きでアウトなんですね」

『わたしは君のことを喜ばせたくてセックスしようって言ってるだけだから』

「ありがとうございます。お気持ちは嬉しいですが、ご遠慮します」


 もう何度目になるかわからないやり取りだった。


『いや、もしかして君が好きな子を寝取られることで興奮するタイプだったらそれはまた二重にごめんなんだけど』

「ご心配ありがとうございます。その件で言うと、無事に俺は傷を負いました」

『だよねえ!?』


 美咲のNTR報告で心に傷を負ったのは確かだけど。でも古宮さんが昨日に引き続き、こんだけ狼狽えてるのはちょっとだけ面白くなってきちゃったな、ということは黙っておく。


『君をからかいたいのはわたしも一緒なんだけどさ』

「やめてくださいよ?」


 古宮さんは俺の言葉を無視して続けた。


『ただねえ、ちょっと趣味が悪かったよね。こっちでも美咲ちゃんのことは叱っといた』

「それは、ありがとうございます?」


 実際、以前はかなり苦しみを与えられたが、それよりも大きなショックが重なっているので、なんかそっちは今更だな感が自分の中にあることに、古宮さんに改めてそのことに言及されて気付いた。

 まあ、今となってはどっちでも良い。美咲が処女だろうがなんだろうが。それを俺へのからかいと発起の為に利用したことも──。


「美咲とヤった金元とも話したんで、その辺りもう良いです」

『え、話したの? 殴ったりした?』

「最初はぶん殴ろうかと思いましたが」


 ──いや、どっちでも良いは嘘だわ。こっちに関しては許されることなら今でもぶん殴りたいわ。


「古宮さんはどこまで聞いたんですか?」

『多分、君と同じ。美咲ちゃんが君の創作意欲? の為にサークルの男子とヤって、その様子を録音して君に聞かせたとか』

「あー……」


 いやダメだ。どっちでも良いって自分に言い聞かせようとしたけど、改めて詳細聞くとげんなりしてくるな。


「聞いてはいないです。いや、一部聞きはしましたが、あまりにあまりで耳を塞いだので」


 当然、今も聞きたくない。一生聞きたくない。


『なんでそんなことしたのかは聞いたんだけど、そこは教えてくれなかったな』

「俺の小説の為では?」

『いや、それだけじゃなかったっぽいなと思って』

「……」


 俺は金元と話したことを思い出していた。


 ──いや、だってあの子、ボクとのセックスが終わって言ったんだよ。

 ──これなら先輩も満足してくれるでしょうか、って。


 金元の話では、美咲が最初に金元に聞いたのは男の喜ばせ方で、金元の方から「教えてあげるから一緒に寝てくれる?」と誘ったということだった。

 あ? ふざけんなよ、やっぱり殴らせろ。


『おーい、大丈夫? おっぱい揉む?』

「このタイミングでそれを言おうと思うあなたもだいぶひどい人間だと思いますが……」


 おちょくり方が違うだけだからな、あんたら。


「でも、はい。改めてありがとうございます。気にしてません」


 正確には気にはしてるが、気にしてもしょうがないと思うことにしている。


『え、やっぱりそういうのが好きだった?』

「違うって言いましたよね!?」

『ごめんなさいー! でもほら、だとするとアプローチが変わってくるでしょ? 美咲ちゃんとわたしがするところ見てみる? とか』

「それあいつに提案すんの、絶対やめてくださいよ?」


 オーケーしかねないからな。


『大丈夫。しないって。その時は君も混ぜるから』

「そういう話じゃなくてー……」


 ……ダメだ。俺今、それなら良いですって言いそうになった。


『まあ、そういうことでした。重ね重ね、美咲のバカがごめん。代わりに謝る』

「あいつがバカなのは今更なので」


 あれ以来、マジでふざけたことしかしないからな。


「でも、わざわざありがとうございます」

『いいえ、どういたしまして』


 そんな風に、古宮さんとの通話を終える。あいつホントに古宮さんには何にも言わなかったんだな。でも、別に隠していたわけでもないみたいだし、わからん。あいつが何を考えているのかずっとわからん。


 古宮さんとの通話が終わった後、なぜだか俺は悶々とした衝動にかられた。古宮さんが変な話をしたからというのもあるが、週末になるとミサキとのセックスをするのがここ最近の習慣になっていたのだ。


 ──セックスしたい。


 一生で一番なんじゃないかと思うほどに、俺は強くそう思った。ミサキの近況をまた烏京さんに聞こうとしたり、すぐにでも美咲に連絡しようと思った程に。

 美咲の言う通り、セフレでよくないか? それを今あいつに伝えたら、今からでも家に来てくれそうだ。そしたら、晴れてあいつと結ばれれば良い。美咲の恋愛感情とかどうでも良い。とにかく俺は今、とてつもなく、セックスを、したい。心臓の鼓動が高鳴る。返事をするなら今だ。美咲に電話をかければそれで良いはずなのだ。


「だああああああああああ!!」


 俺は叫びながら、スマホに保存している美咲の写真データを開く。下着姿のものから、制服コスチュームのものまで、撮影回の時に一度削除しておきながらも復旧して保存したデータが何十枚もある。美咲がふざけてやった舌出しポーズの写真なんかも、当然ある。

 それらの写真を見ながら、股間に手をやる。

 ──五分もしないうちに射精した。実に三ヶ月ぶりの、どうしようもないオナニーだった。

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