これから、あの日のお別れ③
それからも皆で好き好きに曲を入れて歌った。あずささんがわかりやすく失恋ソングを入れたり、みわさんや茉莉綾さんとデュエットを歌ったり、その間もお酒を追加で注文したり、随分とわいわいやった。
かなこさんとも連絡先を交換し、何かあればいつでも相談に乗ると言ってくれた。
「それじゃあ、私はこの辺で! みんな今日もありがとう! 新しい職場でも頑張るよ! 先輩さんも、ガンバ!」
そんなかなこさんは帰りの時間になったようで、そんな風に皆に手を振って、俺の渡したバラの花束をしっかり両手に持ち、一足先に部屋から抜けた。
あずささんもほとんど同時に抜けて、俺と茉莉綾さん、ゆりあさんとみわさん、それとななみさんが部屋に残った。
「そうだ。先輩さんにはお礼言いたかったんだ」
かなこさんとあずささんの二人が抜けて、盛り上がりも段々と落ち着いてきた頃、ゆりあさんが俺の隣に座ってそう言ってきた。
「何を?」
「んー、そう言われると何をって感じではあるんだけど」
ゆりあさんは言葉を探す様子で腕組をする。
「先輩さんが皆の写真撮ってくれてるお陰で、皆前より自分を出せるようになったから、かな?」
「どういうこと?」
「先輩さんが皆の良いとこ見つけてくれて。それであの子はどんな風に撮ってもらったんだろう、みたいな話題をするようになってさ?」
そう言って、ゆりあさんは嬉しそうに笑った。
「あたしもそうだけど元々、暇な時間に稼げるくらいの気持ちで、他の子と話をするみたいな感じもなかった子は多かったし」
そう言えば、片桐さんも以前はゆりあさんのことを、楽して稼ぎたくてウチに来たキャストの筆頭みたいに言っていたっけ。そう考えると、今のこの馴染みようはかなりの変化なのかもしれない。
「まあ、先輩さんはただきっかけをくれただけなんだけど、それであたしもみわとかと仲良くなったし」
「なになに? ぼくの話?」
自分の名前が呼ばれたのを耳聡く聞きつけて、みわさんも隣に来た。
「結城さん、カノジョ候補の件、考えて……」
「みわ? 違う。そんな話はしてない」
「えー、結城さんの恋人、すごい楽しそうじゃん。エグいプレイとかしてくれそう。撮影もエグいし」
みわさんの言葉に俺は思わず苦笑して、首を横に振った。
「いや、そんな変なことしてないでしょ」
「してる。魔法少女コスで半脱ぎはエグい。楽しかったけど」
まあそれは確かに撮った。
俺の言葉に対するみわさんの返答に、話を聞いていたゆりあさんも頷いた。
「体操服で座らしてチラ見えする下着とか、フェチがニッチ。たくし上げとか」
「それは俺、指示してないんだよな」
あれ、ゆりあさんが自分から提案したから。良いと思ったから採用したけど。
「女の子をその気にさせておいて、自分が言ったんじゃないとかひどいですね」
「そうですよ。ぼくや皆に性癖満開の格好させておいて。だからぼくを恋人候補に」
「待って。二人とも酔いすぎだって」
俺が困っていると、俺の前に茉莉綾さんがやって来て、みわさんとゆりあさんの頭を軽く小突いた。
「はい、そこ! ほどほどにする! 酒は飲んでも飲まれるな!」
「えー、すずかちゃんこそ先輩さんとどうなんですか」
「そうですよ。すずかセンパイも先輩さんとよく飲んでるくせに」
みわさんとゆりあさんの問いに溜息をつく。
「私は酒に飲まれたりしてない! ハルトくんもデレデレしない! 失恋してショックだったんじゃないの!?」
「り、理不尽……」
俺今、何も悪くないだろ。
茉莉綾さんからそんな風に言われても、そこまでがっくりと来ないのは、酒が回っているのもあるだろう。
茉莉綾さんのお叱りを受け、二人はすごすごと俺の隣から離れて、コップを手に外のドリンクバーのソフトドリンクを取りに行った。
「わたしは先輩さんの写真見て、楽しそうだなーと思ってここに来ましたけどね。思ってた以上に楽しい職場で満足です。クソ客はたまにいるけど」
二人が部屋から出たのを見て、今度はななみさんが隣に来た。
「すごいですね。わたし、あんまり先輩さんと話したことないけど、恋人と別れてすぐこんな女の子にもみくちゃにされるの、果報者では?」
「それはそうかもね」
それに関しては、ミサキに言われた「ユウくんはまだ遊んでいたい」って言葉がまだ刺さってくるので、積極的に首肯する気分にはなれないのだけれど。
とは言え、かなこさんが言っていたように、茉莉綾さんとのことなど、ミサキがいたから控えていた交友関係に、罪悪感を持たずに続けられるように変わったのは事実だと認める他ない。
「集まった全員、先輩さんにあられもない姿を晒すどころか強要された子たちですもんね」
「言い方」
さっきゆりあさんにも似たこと言ったけど、強要はしてないから。
「実際のところ、どうするんですか? すぐ恋人作る気とかはない?」
「気になってる人はいるんだ」
「マジですか!? それはこの中にいたり?」
ななみさんは茉莉綾さんの方を見る。茉莉綾さんはコホンと咳払いして、ななみさんを指差した。
「ななみちゃん、突っ込み過ぎ。それと先輩さんの好きな人は大学の子だから」
「お、この人のことは私がわかってるムーブ?」
「ちーがーうー!」
「あっははー。わたし、お手洗い行ってきますー」
そう言って、ななみさんも部屋から出て、部屋の中は俺と茉莉綾さんだけになった。
「皆、酔いすぎ」
「そうだね」
不満げに吐露する茉莉綾さんに、俺は苦笑する。
「茉莉綾さんもありがとうね」
「別に?」
茉莉綾さんは改めて俺の隣に座ると、手に持っていたカクテルの残りを飲み干し、テーブルに置いた。
「お相手、アイドルだったんでしたっけ?」
「……それ、言ったっけ?」
俺が茉莉綾さんに言ったのは、ミサキは高校時代に好きだった相手だということだけだ。ミサキの職業に関しては茉莉綾さんには言ってない。
「すみません。これも美咲ちゃんが」
「あいつ……」
わかってる。茉莉綾さんだから話したんだろう、というのはわかる。ただ、あいつのデリカシーのなさは、あずささんやゆりあさんの比ではない。誰かなんか、あいつには一ぺん、お灸をすえる必要がある気がする。
「仕事の邪魔したくないから、ハルトくんからお別れするとこにしたの?」
「最初はそのつもりだと思ってたんだけどね」
ミサキのアイドル活動を続けさせたい。その為には、俺は邪魔だから身を引く。そんな綺麗な気持ちだけで別れたんだとしたら、もうちょっと美談で終われたのかもしれないけれど。
「さっき、ななみさんに言った通りだよ。俺、まだ美咲のことが好きみたいだ」
茉莉綾さんにそう言って、俺は自分のそのどうしようもない気持ちに呆れた。
「あんなやつなのに」
「あんなやつって言い方は、美咲ちゃんが可哀想だけど」
「良いんだよ」
少しずつ、美咲に対する自分の気持ちが以前のように戻っていくのを感じた。あいつを突き放した罪悪感だとか、もしも他の相手ができていたらとあい不安と後悔だとか、そんなものはもうどうでも良くなってきた。
「別れてすぐにこんなこと言うのもみっともない気がしてたんだけど」
「みっともないのは確かだね」
容赦なく俺を刺す茉莉綾さんの言葉に、俺は溜息をつくが、もう涙を流すほどではない。
「でも、それがハルトくんの正直な気持ちなんでしょ? ならしょうがないじゃん」
「そう言ってくれると助かるよ」
今の俺は何をしてもダサいと思っていたけれど、それでも俺を否定せずにいてくれるのは、本当にありがたい。
「あ、ズルい。すずかちゃん、結城さん二人きり」
「すずセンパイ、キスとかしました?」
みわさんとゆりあさんがドリンクを手に戻って来た。
茉莉綾さんは今日何度目になるかわからない溜息と共に、二人に拳を見せる。
「二人とも? そろそろ本気で怒るよ?」
みわさんとゆりあさんは、茉莉綾さんから距離を取って座った。
「ぼくだって結城さんと話したいのになー」
「センパイ、冗談ですって」
そんな感じのやり取りもしながら、残った四人でまだまだ歌い、延長を重ねて結局オールで朝まで歌い明かした。
途中、トイレの為に外に出た時にスマホのメッセージを確認すると、美咲からの返信が来ていることに気づく。
『部室行きます』
それだけの簡素なメッセージで、俺は少し安心する。それから、さっきの茉莉綾さんのことも思い出した。今何より、俺が自分の現状を伝えたいのは美咲だ。
『そっか』
『俺も行く』
『明日話すけど、カノジョと別れた』
そこまで打って、また考え込んだ後、
『今、茉莉綾さんたちと飲んでる』
とも送信した。どうせ茉莉綾さんたちと飲んだことは後で美咲の耳に入るんだし。
これ以上のことは、また明日で良い。
日が昇る頃には、酔い潰れたみわさんは横になり、ゆりあさんはそんなみわさんの横についてうつらうつらして、茉莉綾さんは最後まで起きていたのは流石だった。ななみさんも最後までずっと元気だった。眠くなって意識が朦朧としてきた俺を見かねて、茉莉綾さんが「私起きてるので少し寝て大丈夫ですよ」と言ってくれたが、始発の時間まで間もないので、そのまま起きていることにした。
始発の時間が近付き、茉莉綾さんとななみさんとで、みわさんとゆりあさんを揺すって起こすと、カラオケ店を後にして帰路についた。
「じゃあハルトくん、また」
「うん、今日はありがとう」
茉莉綾さんにも改めて礼を言って自宅のアパートに帰る。
部屋に着いて玄関を見ると、不在票が挟まっていた。そう言えばミサキの私物を配達してもらうつもりだったのをすっかり忘れていた。
こんなもの、いつまでも置いといても仕方ないのだし、改めて発送を依頼することにする。大学の始まる時間にはどうしても間に合わなかったし、今日もバイトはあるので、また明日の朝に配送を依頼し直した。
大学の一限目はほとんど眠ってしまったが、それで酔いも眠気も覚めてきた。
昨日の夜に美咲に打ったメッセージの返信も、彼女から返って来ている。
『待ってます』
美咲からの返信は、それだけだった。
大学の講義を終わらせて、俺は昨日ぶりにサークル棟へ向かう。
自分でも驚くほどに、心は穏やかだった。
改めて考えてみると、ミサキとの別れ方に何か未練を残すようなことは、烏京さんが許さなかったし、後問題は理屈ではそうでも俺の気持ちが落ち着かなかったことなのだが、その気持ちも昨夜、かなこさんや茉莉綾さん達がほぐしてくれた。
当然、ふとした時にミサキのことを思い出して気持ちが落ち込むことはあるかもしれないけれど、いつまでもウダウダ言うのはもう辞めよう。そうでないと、ミサキに対しても不誠実だろう。心の中で、俺は改めてミサキに別れを言う。
俺はサークル棟の階段を登り、文芸サークルの部室がある階に足を運ぶ。部室の中は明るく、誰かが既に部屋の中にいることがわかる。
「入るよ」
そう言って、俺は部室の扉を開く。
いつもの場所、いつもの席、いつもの格好で──。
「先輩、お疲れ様です」
美咲は俺を迎えた。
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