52-抜き打ちテスト・後

あれから何時間経ったか分からないが悪手を選択する度にラルクから脇腹、足、腕などに一撃貰っていたが遂に顔面に拳を叩き込まれライアは苛立ちが頂点に達しようとしていた。

一撃を食らう度に大剣の扱い方のアドバイスをくれるが何度も何度も叩き込まれた拳の痛みは積み重なって怒りに転換されたのだ。

鼻から血が垂れるのを感じれば手で拭うとラルクを睨み付けライアは怒りながらも冴えていく思考に目を細める。


『パパぁ…ボロボロだよぉ…』


『小さな兄さんにはちとキツい光景かもしれへんなぁ…目ぇ瞑っとき?』


『某と姉上が見ておりますから…』


『やだー!パパが勝つところ見るんだもん!あんなヒゲゴリラに負けないんだもん!』


少し離れた場所からマオ達の会話が聞こえるが反応する余裕は無い。

ここまで何も出来ずにヤラれっ放しになるのは久々だった。

口の中に溜まった血も地面に吐き出しては一度訓練所の天井を見上げる。

冷静になればなるほど見様見真似で動こうとしていた自分が滑稽に思えてくればライアはラルクを見据えるとインベントリから飲水を取り出し頭から被る。


「なんだぁ?気合いの入れ直しってかぁ?」


「そうだよ…。大剣を上手く扱おうなんて思うのはヤメだ。こんな重いもんにこだわる必要なんてねぇ」


「あぁん?ならどうするつもりだ?」


「武器なんざ要らねぇ。試験内容は素手に変更だ、ラルク」


「おいおい。勝手に試験内容を変えてんじゃぁねぇぞぉ?」


「大剣に振り回されてる俺の相手も飽きただろ?男なら素手でやり合うのが一番じゃないか?」


濡れた髪を掻き上げ後ろに撫で付け視界を確保すると訓練用の大剣を投げ捨てる。

使った事もない武器を扱い続けるくらいなら相手と同じ土俵で殺り合う方がどう考えても効率が良い。

普段のライアとは打って代わり荒々しい雰囲気を見たラルクは暫し髭を己の指で撫でてからノッたというように笑みを浮かべる。


「いいだろう。試験変更だ。膝を付かずに10分耐えてみろ。それが出来たら合格だ」


〈卒業試験 発生!

目標:膝を付かずに10分耐えろ

報酬:全ステータス+10、装飾品の情報、???

このクエストは再発生いたしません〉


「絶対合格してやるよ…」


「弟子の成長ぶりを見てやらんとなぁ?」


ラルクとライアは互いに距離を詰め、あと一歩踏み込めば届く距離で足を止めては拳を構える。


『これ、わて等に合図やれってあの二人思っとらんか?』


『漢同士の熱き戦い…滾るでござるな!』


『パパー!負けるなー!』


『しゃあないなぁ…お互い全快の状態でやった方がえぇやろし黒…』


『承知…彼の者らに癒しを、癒光』


暫しの間、静かにラルクとライアが見つめ合っていると黒鉄が治癒魔法で二人を照らす。

掠り傷が癒え疲労も回復し万全の状態となった瞬間、どちらからともなく動いた。

武器を持たない時点でかなり攻撃力は落ちるもののラルクの一撃を受けても耐えられる防御力があるならライアは攻め続ける事に決める。

ラルクは左、ライアは右の拳を同時に繰り出し、拳同士がぶつかれば痛みに一瞬眉を顰める。

痛みは感じたが折れてはいないのが分かるのでそのままの状態で左の拳でラルクの顔面を狙う。

右手を上げてガードされればぶつけ合っていた拳から力を抜き僅かながら体勢を崩させてから脇腹に拳を捩じ込む。


「ぐっ!細い見た目の癖して意外と良いパンチ、してるじゃねぇか…よ!」


「かはっ!アンタは鍛え過ぎ…だっ!」


「うぉっ!意外と人体の事、わかってんなぁライア!」


「10分耐える為なら何でもする、さ!」


「ぐぁっ!」


顔面を殴られるも怯まずに脇腹目掛けて回し蹴りを繰り出してくるラルクの攻撃をもろに受けてしまうも、ライアは痛みに眉間に皺を寄せつつ脇腹に当たった足を掴むと重心の軸となるもう片方の膝の部分に己の足を掛け強引に転ばせようと力を込める。

その間も何発か空いた手で拳のやり取りをするが、関節に力を込めて対抗するラルクの憎まれ口を聴きながら片足だけでは上手く力が乗らない拳を額や頬で受け止める。

頭蓋骨が硬いとはいえ拳を諸に受ければ痛くて仕方がないが来ると分かっていれば頬の一撃もしっかりと歯を食い縛って耐えると掴んでいた足を押し込む。

膝が耐えきれずに強制的にバランスを崩されたラルクが地面に倒れると一度距離を取りライアはクエストのメッセージウィンドウを呼び出し時間を確認する。


「意外と…時間が経つのは早いんだなっ…」


このやり取りだけで約7分は経過している。

後は油断せずに対処出来れば難なく合格という所だがラルクはそこまで甘い人間ではない。

反動を付けて倒れた状態から体を起こし立ち上がると身を低くしてライアヘと向かってラルクが突っ込んでくる。

それを見て押し倒してこようとしているとライアは考えるも捕まって強制的に地面に倒されるくらいならと深く息を吐き出してからラルクに向かい走る。


「ハッハァ!パワー勝負と行くかぁ?」


「俺がラルクに力で勝てる理由が、ないだ、ろっ!」


「なにぃ!?」


確実に腰を掴んで押し倒す勢いのあるラルクと真っ向から対峙しては一か八かのタイミングをライアは計る。

完全に懐に入ろうと更にラルクが身を低くしたのを見て準備をする。

間もなく掴まれる距離に入った瞬間、ライアはラルクの頭に手を添えると動く箱を利用して飛ぶような形で超える。

鍛え抜かれているラルクの体はこれぐらいの衝撃ではバランスを崩さないと信じていたからこそ出来る芸当だ。


「おい、コラ…あそこでオレに足を掴まれてたらどうするつもりだったんだ、ライア」


「完全に俺が負けてたな。でも、いくら戦闘経験豊富でもあんな風に避けられるとは想像しなかっただろ?」


「何か考えてるとは思ったが…頭目掛けた膝蹴りくらいだと思ってたっつぅのに…。俺の首が折れたらどうしてくれるつもりだったんだ」


「そんなやわな鍛え方、ラルクがするわけないからな」


「生意気言いやがって…試験は合格だ」


あの土壇場で飛び越えるという選択肢をとったライアにラルクは呆れながらも大きな声で笑っては合格を言い渡す。

久々にいい運動になったと言いながらライアの肩を叩く。


『旦那はん、よくもまぁあんなこと考えはったなぁ』


『タイミングもそうでござるが、余程相手の事を分かってないとできない芸当でござるよ』


『パパって、結構突拍子も無いこと考えつく所あるよねー』


『………多分、小さな兄殿の方がそうだと思いまする』


『それは同意やな…』


『なんでー!?』


何とか合格をもぎ取ったライアは疲労からその場に座り込むと駆け寄ってくる三匹を受け止めながら笑みを浮かべていた。

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