第五章 聖女と魔女とその呪い③
「先ほども言った通りよ。わたくしには未来視の能力はありません。だから、ここまでの道中で起こったことは事前にグレンに教わっていたから知っていただけ。道順もグレンが残した印通りに来ただけ。それをさも、未来視したかのように振舞っていただけよ」
「じゃあ、じゃあ、アビーのことは何で知ってたの?」
エリスが訊ねると、「グレンに教えてもらってたからよ」とイヴァンジェリンはルーカスに視線を移した。
「お前、宿屋でグレンに妹の話をしたでしょう?」
ルーカスは苦虫を嚙み潰したような顔をする。
それは初めてグレンと顔を合わせたときのことだ。
ルーカスはグレンに色々と話をしてやった。確かにその中には自分の昔話――アビーのことなんかも含まれていた。しかし、その話をルーカスは誰にもしていない。おそらく、グレンも誰にもしていないだろう。お互いそんな暇はなかった。
そのことをイヴァンジェリンが知っているというのが、未来のグレンが話した何よりの証拠に思えた。
「貴方達のことは事前に調査をしていたの。グレンから妹のことを一番大事にしているというのは聞いていたから、貴方の妹のこともね。薬の副反応で苦しんでいるというのは、それで知っただけよ」
そして、ルーカスを仲間に引き入れるのに使えると思って、使ったわけだ。本当に狡賢いだ。そして、それをさも聖女の能力で知ったかのように振舞っていたのが本当に気に食わない。
「じゃあ、私の短剣のことは? あれも調査なの?」
確かにエリスが短剣を失くしたのはイヴァンジェリンと出会う直前に出向いた仕事の中でだ。護衛の任務中、魔獣に襲われ応戦した際にエリスは短剣を失ってしまった。エリスが短剣をなくしたことを知っているのは一緒に戦ったエリスとルーカスぐらいだ。イヴァンジェリンが知りようがない。
すると、王女は「あれは単純な推理よ」と何でもないことのように言った。
「エリスの武器が槍で、短剣も使うというのは調査で知っていたわ。あのとき、貴方達の服も武器も汚れていた。貴方の槍には拭いきれていない返り血がもついていた。仕事帰りだったのでしょう? いくら貴方が大らかな性格だと言っても、流石に武器が欠けている状態で危険を伴う任務に行くとは思えない。腰には短剣を佩けるベルトもつけていた。だから、短剣を失くしたのは直前の任務でだと思ったの。間違ってなかったでしょう?」
イヴァンジェリンは『今まで未来が視えるように見せてきたのは全部種があるか、ハッタリ』と言っていたが、エリスの短剣の話は後者だったらしい。
ルーカスは一呼吸置く。
とりあえず、一通りの説明で事情は理解出来た。疑問も解消された。言いたい事はないわけではないが、今は一旦横に置いておいていい程度のものだ。
「言っておくけど、問題はこれからですからね」
一段落ついたと思っていたところ、突然イヴァンジェリンが釘を刺してきた。
「わたくしはグレンの指示通り、ここまで来ました。道もグレンが選んだもので、凶暴な魔獣も先に倒してくれていた。事前に何が起きるかも教わっていたわ。でも、ここから先は何が待ち受けているかわたくしも知らないの」
「グレンに教えてもらわなかったのか?」
「彼も知らなかったのよ。離れ離れになった後、わたくし達がどうやってアメーリア様の下までたどり着いたかは教えてもらえなかったんですって」
この後、ルーカス達はアメーリアの下へたどり着く。そして、国の加護を取り戻す。その後にグレンは王女から言付けを預かったうえで過去に帰還する。――ここまでは確定事項だとしよう。そうすると、グレンとイヴァンジェリンが話す機会はあるわけでから、教える余裕がなかったわけではないだろう。
王女は焚き火に視線を落とす。
「その点についてはわたくしも詳しく聞かなかったの。ここまでの道のりは
「良かったじゃねえか。楽できて」
本来
「言ったでしょう。主の加護を取り戻すには、まず罪を償わなければいけないと」
「だから本物の聖女サマに謝りに行くんだろう」
「謝るだけならもっと楽な手段があると思わない?」
彼女の言葉にハッとする。
確かにそうだ。わざわざ王女であるイヴァンジェリンがこんな危険を冒さずともアメーリアに直接謝る手段はいくらでもある。
「そうね。アメーリア様は転移魔法が使えるから、どこかの街に足を運んでもらうことも出来るわ。被害者側にわざわざ足を運んでもらうのが非礼と思うなら、先ぶれのグレンに転移魔法の魔法具でも渡しておけばいいのよ。そうすれば、日数をかけず、
しかし、目の前の王女はそうしなかった。それは何故か。その理由を彼女は「これが贖罪の旅だからです」と答えた。
「……贖罪」
「謝れば何でも許してもらえると思ったら大間違いよ。本当に悪いことをしたのなら、心の底から謝罪をして、相手から許しを得ないといけない」
それは国境近くの街で、王女に非礼を働いたルーカスに彼女が言った言葉だ。
「お父様の仕打ちは『すみませんでした』と謝って済む話ではないのよ。神を怒らせたの。それ相当の行動を示さなければならない」
――相手がそれで許してくれないなら、誠意を行動や形にしなくちゃいけないの。そんなことも分からないのかしら。許す許さないはわたくしが決めることなのよ。
あの時、王女はルーカスにそう言った。ルーカスも悪気はなかった。謝りもした。それでもなお許そうとしなかったイヴァンジェリンに酷く憤慨したものだ。
王女は自身の――正確に言えば父親の――過ちも同様に捉えているのだろう。謝ればいいという問題ではない。許すか許さないかは相手が決めることなのだ。そして、王女は相手の許しを得るために自ら危険を冒すことを選んだ。
「もしかしたらアメーリア様はわたくしがこんな真似をしなくても許してくださるかもしれないわ。ですが、我らが主は別です。あのお方は明確にお父様の所業に怒りを覚えている。ただでさえ、わたくしは自身が聖女だととんでもない偽りを口にしているのだもの。生半可な行動では許してもらえるわけがないのよ」
それでも、と彼女は言う。
「グレンは教えてくれた。わたくしが
それは今朝の襲撃以降の話だろう。イヴァンジェリンは聞いていなかった出来事に狼狽し、動き出すのに時間がかかった。
「きっと、あれは未来のわたくしからの挑発よ」
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