ささくれ

惟風

ささくれ

 祠があったんだよ。木でできててさ。

 ここから北の方、雑木林になってるとこの手前辺りに、ぽつんと。

 車降りて雑木林そこ行く時に、いつの間にか目の前にあったんだな。いきなりぽんと現れたみたいに思ったけど、まあそんなわきゃない。夜だったし周りに街灯なんかもろくになくて、近づくまで見えなかっただけだ。でもそん時は飛び上がるくらいにびっくりしてさ。思わず声上げちまった。女みたいに、ひゃあっ、て。でも落ち着いてよく見るとホントみすぼらしいちっぽけな祠だ。こんなのに悲鳴あげたのが恥ずかしくって、カミさんの頭思わず小突いちまった。俺ぁ昔っからそういうとこがあるんだなあ。ああやっちまった、って時に八つ当たりしちまうの。そのせいでどこ行ってもトラブル続きで。

 そんで、あの時は祠に対してもむかっ腹が立ってきて、叩いちまったんだよな。屋根のとこをぺちっ、て。そしたら、古ぅいやつだからか端っこのとこがささくれてて、指の腹に刺さった。

 いてっ、て思った時には一滴二滴、祠にかかったんだ。

 それが、いけなかったんじゃねえかな。

 俺の血で汚しちまって、だから。

 祟られたんかな。

 その日の夜から、ずっとついてくるんだ。

 あいつが。ほら、今も。



「悪いおっちゃん、オレちょっとトイレ行ってくるわ」


 別に声をかけなくても問題ないとは思ったが、一応、男に一言断ってから席を立った。

 馴染みの飲み屋のカウンターで見慣れない奴が一人で管を巻いていて、何の気無しに一つ空けた隣に座った。男は店の天井をぼうっと眺めながら、口調だけは滑らかに滔々と語った。独り言にしてはでかい話し声で、オレは暇潰しに適当に相槌を打っていた。


 トイレから戻ると、男はカウンターに突っ伏していた。オレが来る前から相当飲んでいたようだし、さもありなん。よく見るとウンウン魘されていて、額に脂汗も浮いている。

「サメだ……ウッズシャーク……林の……番人……」

 どんな夢見てんだか、大変そうだ。

「おっちゃん飲みすぎたんじゃない、しっかりしなよ」

 適当に声をかけながらスマホをいじる。ネットニュースを開くと、近くの雑木林で女性の頭部と胴体が発見されたとの見出しが目に入った。

「嘘だろ」

「うわっ何だよ起きたのかよ」

 いつの間に目を覚ましたのか、男が身を乗り出してオレの手元を覗き込んでいた。


「俺ぁ、刻んでなんかねえんだ。そのまま埋めたはずなのに」


 男は真っ青な顔をして再び天井を見上げた。





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ささくれ 惟風 @ifuw

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