第17話 弟狐との夕食

 ある夜突然、優斗の自宅を尋ねてきた陽狐の幼い弟、理狐。

 将来的には弟になる理狐を風呂に入れた優斗は、理狐と共に陽狐の待つリビングへと向かった。


 優斗は寝間着のシャツだが、体つきが幼稚園児のような理狐は合う服が無いのでタオル一枚を腰に巻いている状態だ。


「陽狐さん、理狐くんに合うような服ってある?」


「いや〜。流石に持ってませんねえ」

 

「だよね〜。理狐くん大丈夫? 寒くない?」


「うん。大丈夫」


 キッチンのテーブルに三人分の夕食を並べている陽狐に聞くが、優斗の言葉に困ったように首を傾げる。


 そんな二人を見て「狐に戻るから大丈夫だよ」と理狐が言うが、それに対して優斗は「せっかく今からご飯なんだし、狐の姿じゃあ食べ難いだろ? ちょっと待ってて」と、二人をキッチンに残して自室へ向かった。


 そして自室の押入れを開くと、中からまだガムテープで封をしたままのダンボールを引っ張り出す。


「せめて、シャツとジャージの上だけでも」


 ガムテープを引っぺがし、ダンボールを開いて中から取り出したのは、捨てづらくて置きっぱなしだった学生時代の体操服のジャージ。


 下は着せてもずれ落ちて意味をなさないと判断した優斗は、シャツとそのジャージを手にリビングのほうへと戻った。


「ごめんね理狐くん。こんなのしか無いんだけど」


 そう言って優斗は理狐にブカブカのシャツと、その上からジャージを着せると、袖を捲りに捲って丸めていった。


「ありがとう兄ちゃん」


「どういたしまして、というにはちょっと不恰好でごめんね」


「良かったですねえ理狐くん。これで一緒にご飯が食べられますね」


「うん。嬉しい」


 陽狐の言葉に笑みを浮かべる理狐の姿を見て、優斗は和み、釣られて微笑んだ。

 そして三人は夕食を食べるためにテーブルにつく。


 優斗の対面に陽狐が、陽狐の隣に理狐が座り、三人で一緒に手を合わせる。


「いただきます」


 優斗の言葉に続き「いただきます」の言葉で始まる食事。

 本日のメニューはご飯とエノキとワカメの卵とじにしたすまし汁、サラダと優斗の好きな手羽中の唐揚げである。


「あ、そうだ優斗さん、タルタルソースありますよ?」


「お。やったあ、ありがとう陽狐さん」


 思い出して立ち上がり、冷蔵庫からタルタルソースを取り出して、優斗に渡して再び席につくと、陽狐はすまし汁に口を付けた。


 その隣で、理狐が握り箸でご飯を食べながら、視線は優斗がの容器を握って出してきた小皿に溜まったタルタルソースを見ている。


「理狐くんも付ける?」


「それなあに?」


「あれ、もしかしてタルタルソース知らない? 食べてみなよ、美味しいよ?」


 そう言って微笑むと、優斗は手羽中の骨から肉を解すと、ソースを付けて理狐の皿に乗せた。

 

「ありがとう」


 初めて食べるタルタルソースがついた鳥の唐揚げを、理狐は慣れない手つきの握り箸で掴み、口の中に放り込む。

 すると、口の中に鶏肉の旨みとタルタルの甘味と酸味が広がって、理狐の味覚を蹂躙していく。


 口には出ていなかったが、その時の理狐の驚いたような表情と、隣の姉を見上げた時のキラキラした瞳は雄弁に「美味しい」と語っていた。


「美味しい?」


 優斗の問いに首を縦に何度も振る幼い狐耳の幼稚園児。

 その姿に陽狐も嬉しそうに微笑んでいた。


「理狐くんもタルタルの虜になりましたかあ」

 

「陽狐さんも好きでしょ?」


「大好きです。まあでも優斗さんには及びませんけどね。私は優斗さんがいてくれるだけで、ご飯三杯はおかわり出来ますから」

 

「うーん。ソースと比べられてもなあ」


「比べてなんていません。私の一番は何においても優斗さんです」


 ご飯の盛られた茶碗と箸を手に持ったまま胸を張り、得意げに鼻を鳴らす陽狐の姿に苦笑し、優斗は大好物の唐揚げを頬張って肉を骨から剥がして食べていく。


「そういえば理狐くん、帰りどうするの? 今日はもう遅いし、僕明日も仕事だからなあ」


「あ、そのことでしたら、夕食が終わったら姉に電話してみます」


「そういえばお姉さんスマホ持ってるんだっけ。繋がるの? この辺りもう少し奥まで行くと圏外だよ?」

 

「あ〜。えっと、ちょっと姉が色々細工してまして、電波なくても電話できるんですよ。姉との通話限定なんですけど、こう、妖力で」


「メリーさんの電話みたいなものなのかな?」


「ああはい、そんな感じです」


 それなら通話料とか掛からないのでは? という疑問は飲み込んで、優斗は理狐の事は陽狐に任せ、夕食を食べ終わると「ご馳走様」と手を合わせ、自分の食器をキッチンのシンクに置いた。


「布団敷いてくるよ」


「もう敷きましたよ?」


「あ、本当? じゃあテレビでも見てようかなあ」


 そう言って、優斗はリビングに向かうと、ソファに腰を下ろした。

 そんな優斗に続いて陽狐は夕食を終えたので、食器をシンクに置き「ゆっくりで良いですからね」と、弟に言い聞かせて撫でると、テーブルの上に置いていたスマホに手を伸ばした。


「白狐姉さんに、電話っと」


 やっと慣れてきたスマホを操作して姉に電話を掛ける陽狐。

 その姿を見て、優斗はテレビの音量を下げると、バラエティ番組をボケっと眺めるのだった。

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妖狐なようこさんとの異類婚姻譚 リズ @Re_rize

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