第33話 強敵
(配信はしてない。人の目を気にせず、本気で戦えばいい。この相手なら……秘奥義、剣聖の舞)
流歌は邪魔な鞘をその辺に放り投げつつ、早速、奥の手を発動。体が白銀のオーラをまとう。
全力を出せる制限時間はせいぜい十分程度だが、身体能力、動体視力、思考速度を極限まで引き上げてくれるため、世界をスローモーションで見ているような感覚になる。大抵の魔物に対して無双の力を発揮する技だ。
流歌は音速に近しいスピードでメルに接近、左手のエクスカリバーを振るう。通常の魔物であればそれだけで戦闘終了なのだが、メルは当然のごとく杖で剣を受け止める。
(エクスカリバーは最強クラスの攻撃力を誇っているはず……。ごく普通の剣みたいに受け止めないでくれ……)
嘆いても仕方ないので、流歌は続けて右の血戦鬼の剣を振るう。メルはそれを軽く受け止めるどころか、杖を振って血戦鬼の剣にヒビをいれた。
(Aランクの武器じゃ、まともに打ち合うこともできないのか! デタラメすぎるだろ!)
流歌は血戦鬼の剣を後方に放り投げる。使えない剣なら、持っていても仕方がない。
流歌はエクスカリバーのみでメルに無数の斬撃を浴びせる。地下八十八階の魔物なら、これだけで粉微塵になっているはずの攻撃だ。
しかし、やはりというか、メルは流歌の斬撃の全てを簡単に受け止める。流歌のように自身に特殊な強化を施しているわけでもないのに、素の状態で流歌と渡り合っている。
(自分がまだまだなのはわかっているけれど、ここまで差があるのか……! なんでこんな階層に飛ばすんだよ! おかしいだろ!)
攻撃しても攻撃しても、流歌はメルをその場から動かすことすらできない。
(このままじゃダメだ。自分の最善を尽くさないと。正直、これ以上の強化は負担が大きすぎるんだが……。仕方ない。……剣の誓い。私はなんとしてもメルを倒す。愛海を救い出すために。それが叶うなら、一ヶ月くらい寝たきりの生活になったって構わない)
これで能力は五割くらい上昇する。剣聖の舞に剣の誓いの重ねがけは負担が大きく、流歌は体が軋むのを感じる。
だが、その甲斐あって、メルがようやく表情を変えた。もっとも、焦り始めたわけではなく、愉快そうに微笑んでいるだけだが。
「流石、この階層に飛ばされてきただけありますね。わたくしでもあなたの相手をするのは骨が折れそうです」
そんなことを言っていられる程度には、まだまだ余裕があるということだ。
(強すぎる……。普段だったら真っ先に逃げるところだ。でも、今は逃げるわけにはいかない。とにかく、まずは押しまくる……! 空撃乱舞!)
剣で直接攻撃しながら、斬撃を飛ばしてさらに手数を増やす。
四方八方から襲い来る斬撃に、メルもようやく杖による防御以外の行動を取る。
メルが青白い光の球体に包まれる。その光は流歌が放った斬撃を防いだ。
「まだまだ、あなたはそんなものではないでしょう? ここを出て、あの金髪の子を助けに行きたいのなら、全てを出し尽くしてみてくださいよ」
「……憎たらしいことを言いますね。こっちはこれでも九十八パーくらいの力で戦っているんですよ?」
「そんなことはないでしょう? あなたの本気は、こんなものではないはずです。本気の本気を見せてくださいよ」
「本気ですよ! これが!」
最後にもう一つ、奥の手があるにはある。でも……。
「そうだとすると、ちょっと期待外れですね。えいっ」
「ぐふっ」
メルが何かの魔法を行使。流歌は腹部に衝撃を受け、三十メートルは吹き飛ばされた。
「痛……っ」
腹に穴が空いたかと思ったが、おそらく内蔵に軽く損傷を負った程度。背骨も繋がっているから、まだ動ける。
(……こんな痛み、随分と久しぶりだ。めちゃくちゃ痛い……。泣きそう……)
メルは追撃してこない。まだまだ、メルはお遊び気分だ。
流歌は立ち上がり、ポーチから取り出した中級回復を飲み干して、再び剣を構える。
「ウタさん、本気で戦ってくださいよ。このままわたくしの圧勝で終わるのではつまらないですよ?」
「これでも本気なんですけどね……」
「その本気、明日も明後日も、十年後も二十年後も、ちゃんと生きていく前提での本気でしょう? その程度の本気では、わたくしには到底敵いませんよ?」
メルは酷薄な笑みを浮かべている。どんな妥協も許さない、と言わんばかりだ。
「……メルさんの指摘は、正しいと言えば正しいです。私は、八十歳くらいまでは元気に生きていたいんです。寿命を縮めるような戦い方はしたくありません」
「そんな心づもりでは、百年かかってもわたくしに全く及びませんよ? まぁ、ウタさんがずっとここにいたいとおっしゃるのでしたら、今の戦い方を続けてくださっても構いません。どうぞ、ご自由に」
「……あなた、穏やかそうに見えて、実は結講酷い方ですね」
「ふふ? わたくし、無闇に人を殺したり、人を苦しめたりすることがないだけの、悪い魔族なんです。さぁ、ウタさん。そんな悪い魔族相手に、どうされます?」
「……私は、どうしても早くここを出なければいけません。私を待っている人がいるんです。今は死んでますけど」
「そうですね。じゃあ、本気で戦いましょ? 寿命なんて、二、三日くらいの余裕を持っておけば十分でしょう?」
「……本当に、あなたは悪い魔族だ」
寿命を大きく犠牲にすれば、確かにもっと強くなれる。自分の命を捧げても、愛海を救いたいという気持ちも、ゼロではない。
(愛海さん……。私も、あなたのこと、好きだよ。恋人になろうとか、
探索活動に没頭するあまり、もはや普通の友達も恋人も持てない自分にとって、愛海は本当に貴重な存在だ。
当たり前のように一緒にいてくれて、たくさんの笑顔を見せてくれる。
普通とはずれたところがある子だけれど、だからこそ、流歌にとっては接しやすい。
自分のずれも、愛海と一緒にいるときには気にならない。
(まぁ、私が死体を回収しなくても、誰かが回収してくれるかもしれない。でも、やっぱり、私が迎えにいってあげたいな。愛海はそれを望んでくれているんだから。だとすると、私はとにかく、メルに勝たないといけない)
寿命を削って勝つ、という考えは除外する。愛海を救出するだけではダメだ。自分が死んでしまったら、愛海が悲しむ。
この条件で打てる、最善の方法は、やはり……。
「はぁ……。全く、誰かが転移トラップなんて仕掛けなければ、こんな状況に追い込まれなくて済んだんですよ。探索者を狙って悪さをする探索者……。滅びるべきだと思います。っていうか、もう死体回収人辞めて、探索者狩りハンターでも始めてしまいましょうか? 意外と悪くない気がしますね、それも」
「人間は本当に残虐非道なことをしますよね。せっかく人が死なないダンジョンだっていうのに、それを悪用して人殺しを楽しもうって言うんですから」
「ええ、本当に。次、探索者狩りに会ったら、思い切り八つ当たりしてやります」
「あらあら、可愛そうですね」
「私を怒らせた連中が悪いんです。私も決して性格のいい探索者ではないので、徹底的に痛めつけてやります」
「そうですか。それで? わたくしとの戦いはどうされます?」
「……メルさん。これからまた奥の手を使います。あれは人に向ける力ではないと思うので、使いたくなかったのですが……」
メルが愉快そうに唇を歪める。
悪い魔族のメルだけれど、流歌は、メルのことをそんなに嫌いではない。
これからメルが死んでしまわないように、そして、自分がメルを殺してしまわないようにと、ひっそりと祈っておいた。
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