第8話 特殊個体
流歌は、涙目でこちらを見つめてくる少女を観察する。
事前に聞いた話だと、探索者名はミクで、まだ十六歳の高校生。身長は百五十センチ前後。地毛なのかはわからないが、赤髪をツインテールにしていて、顔立ちも少し童顔気味。可愛らしい子なのだが、かなり疲れた表情をしている。服はワインレッドのローブ。
「……生存者発見、でしょうか。あなた、まだ人間としての理性はありますか? 私の言葉、わかります?」
壁際に座り込んでいるミクに視線の高さを合わせ、流歌も膝をつく。
「わ、わかりますっ。助けに、来てくれたんですか……?」
「ええ、まぁ、不本意ながら。お仕事で、仕方なく……」
「お、お仕事でも、いいです。良かった……助けが来て……。通信の手段は壊されちゃって……。助けは来ないんじゃないかって……。あたし、いくら死なないにしても、あんなアンデッドには絶対なりたくなくて……っ。うぅ……っ」
緊張が解れたか、ミクは幼児のように泣き出し、流歌に抱きついてきた。
「こ、怖かったですぅぅうううううう。なんかめちゃくちゃ強い魔物もいるし、もう、もう、ダメだって、あたし、醜い化け物になって……ずっと、この薄暗いダンジョンをさまようんだって……。うわああああああああああああんっ」
「……落ちついてください。まだここはダンジョンの中です。それに、できれば結界は解かないでほしかったですね……」
ミクの張っていた結界のお陰で、今いる廃屋には魔物が近づいてこなかった。結界が解かれると、また容赦なく魔物が近づいてきてしまう。
しかし、流歌がミクを慰めようと、ミクは全く泣き止まない。緊張が解けた反動で、すぐに落ち着きを取り戻すことはないだろう。
(やれやれ……。これなら死んでいてくれた方が楽だったな……)
本人を前に流石にそんなことは言えないが、正直なところはそう思う。
:死んどいてくれた方が良かったとか思ってそう。
:実際、死んでてくれた方が救助側からすると楽。誰かを守りながら戦うってしんどい。
:ウタ姫に抱きつくなんて許せません! 抱きついていいのはわたしだけですよ!
:おい、そこの探索者。ヒカリさんを怒らせると怖いぞ? 蘇生のときにめっちゃ痛くしてくるからな!
流歌の心境がリスナーにはバレているが、ミクにはわからないので問題ない。
そうこうするうち、ミクの泣き声に反応したか、魔物が集まってくる。
「もう泣いててもいいので、とにかく大人しくししててくださいね。あと、杖は落とさないように。なくしても損害賠償とか応じませんよ」
流歌は少し強引にミクを立たせる。ミクは流歌にしがみつくばかりで、戦闘の妨害にしかならない。動きにくさを感じながら、流歌は向かってくるブラックヴァンパイアを斬り伏せる。火事が怖いので火は使わない。だが、切断されたブラックヴァンパイアがうごうごしている様はやはり不気味だった。
「……少し離れてくれませんか。戦いにくいです」
「ぐす……ぐす……えぐ……」
ミクは全く聞いていない。本当に、これなら死んでいてくれたほうがマシだった。
流歌が歩き出そうとしても、ミクの足は動かない。
「私がいれば大丈夫ですから、もう少し落ちついてください」
ミクはやはり動かない。
(私が優しい人だったら、この子が泣き止むまで待つのだろうな。でも、私は冷酷なんだ)
「……やっぱり、邪魔なのでちょっと寝ててください」
流歌は剣をミクの背中に突き立てる。ミクが一度ビクンと痙攣して、すぐに動かなくなった。
:え、マジ? 殺した? 救助の際に人を殺すのってあり?
:緊急時にはありだな。でも、ウタちゃんのは違うんだぜ?
:ウタ姫ってなんでもありですよねー。思いっきり刺してるのに、気絶させてるだけなんて。
:ウタちゃんの特殊スキルの一つ。
リスナーも言っている通り、流歌は幻想剣術によってミクを気絶させただけ。肉体を一切傷つけず、精神にだけ強いショックを与えたのだ。
「私は殺していませんが、一応言っておきますと、要救助者を一時的に殺すことは認められています。要救助者の精神状態を鑑みて、生かしておくと共倒れになりそうなときには、殺しても罪に問われません。もちろん、連れ帰って生き返らせるのが前提の話ですが」
流歌は剣を引き抜き、大人しくなったミクを左肩に担ぐ。さらに、ミクが落とした杖を左手に持つ。
「……救助って、連れて帰るのが面倒くさいんですよね……。しかも、今日は三人分。二往復くらい必要でしょうか……」
リスナーに応援されるが、面倒なのは変わらない。
うんざりしながら、流歌は外に出る。二階の一室だったので、一階まで降り、それから外へ。
その直後に、流歌はまたブラックヴァンパイアに襲われる。無造作に剣を振り、そいつを斬り伏せようとしたのだが、剣は空を斬った。
「え? く……っ」
通常のブラックヴァンパイアであれば、今の攻撃で斬り殺しているはずだった。しかし、ブラックヴァンパイアは流歌の攻撃を回避し、さらに流歌の脇腹に拳をめり込ませる。
流歌はミクと共に吹き飛ばされ、地面を転がる。
流歌が起き上がる前に、ブラックヴァンパイアが追撃してくる。
流歌はミクを一旦放置してその場を離脱。流歌は難を逃れたが、ブラックヴァンパイアの蹴りはミクの頭を粉砕した。
「……あーあ、せっかく生きていたのに。っていうか、痛いですね。内臓が損傷していそうです……」
:ウタちゃん大丈夫!?
:いきなりのグロ映像きたー……。
:ウタ姫! 普通とは違う個体みたいです! 気をつけてください!
:やばかったら逃げるのもあり!
流歌は二本の剣を構えながら、特殊なブラックヴァンパイアを観察する。全身真っ黒の人型で、
しかし、流歌はその佇まいに違和感を覚える。通常のブラックヴァンパイアは獣のように野性的な振る舞いをするのだが、こいつにはどこか人間に近い雰囲気がある。
(なんだ、こいつ。イレギュラーなのか?)
ダンジョンでは、その階層に見合わない強力な魔物が出現することもある。しかし、それは本当に極稀なことで、世界でも数件しか報告されていない。原因は不明。サンプルが少なすぎて、原因究明も進まない。
流歌が考えている間にも、特殊個体が流歌を襲う。動きは素早く、地下六十六階で活動する探索者では、こいつを倒すことはまず不可能だろう。
しかし、流歌は地下八十階辺りを探索しているので、この特殊個体にも対応できる。油断していなければ、敵の攻撃は軽くかわせる。
(そういえば、めちゃくちゃ強い奴がいた、とかミクが言っていたな。こいつのことか? まぁいい。とにかく倒そう)
:ウタちゃんの心配してけど、案外余裕そうで安心した。
:こいつ、何? イレギュラー? 世界で数件しか確認されてないって話じゃなかったか?
:ウタ姫、早く倒して地下一階まで戻ってください! 痛いでしょう?
:頑張れー!
特殊個体がまた流歌に向かって突っ込んでくる。流歌はカウンターでそいつの胴を切り裂くつもりだったのだが……剣が特殊個体を切り裂くことはなかった。魔法の守りに防がれた感覚がある。
(あ、こいつ、もしかして……)
流歌は一度距離を取る。特殊個体を観察。
ブラックヴァンパイアらしくない立ち姿。この階層には似つかわしくない強さ。魔法を使用しているらしき防御。
そして、その魔力をより精密に感じ取ってみると……どうも魔物の雰囲気がない。魔物の魔力は基本的にドス黒い禍々しさがあるのだが、こいつのはもう少し薄い。
総合すると、思い当たるものがある。
(……こいつ、探索者狩りか)
納得して、流歌は心が冷え切っていくのを感じた。
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