第70話・出立の日に


 翌日。荷物を載せた馬車とは別に、エントランス前にもう一台の馬車が用意されて、その中にキャトリンヌとカナレッドが乗り込むことになっていた。それをジネベラと両親が見送りの為、玄関前に出て来ていた。




「体には気をつけてね。叔母さま。カナレッドくん、叔母さまのことよろしくね」


「お任せ下さい。バリアン男爵夫人」


「こちらにきた時には、遠慮せずにうちに顔を出しなさい。カナレッドくん」


「はい。ありがとうございます。バリアン男爵」


「叔母さま。レッドさん。気をつけて。向こうに着いたら連絡頂戴ね」




 キャトリンヌとカナレッドに、それぞれ声をかけていたら、一台の馬車が門の外に止まった。それを見てジネベラの父が息を飲む。




「薬師長? どうしてここに?」




 ジネベラの父は、キャトリンヌと先代オロール公爵ユベールが元夫婦だったと知っていても、自分の留守中にユベールが、キャトリンヌの元へ通ってきていた事を知らなかった。




「キャトリンヌ」


「ユベール」




 馬車の中から転がり落ちるような様子で、ユベールが降りてきて、その後にアンジェリーヌが続いた。




「もう行ってしまうのか?」


「ええ。そろそろ出ないと船の出航時間に間に合わなくなるわ」


「昨日の話の答えをもらっていない」


「ユベール。今更だわ。それにその話は、またの機会にしましょう」




 キャトリンヌは、ここでは皆の目があるからと言っているようにジネベラには聞こえた。先代オロール公爵は、不服そうに懐からあるものを出して来た。




「せめてこれをきみに」


「なあに?」




 ユベールが差し出したのは一つの縦長の小箱だった。




「私の気持ちはあれから少しも変わっていない。もしも、私の気持ちに応えてくれる気があるのならば、それを付けて欲しい」




 キャトリンヌは躊躇する様子を見せた。するとマーサが声をかけた。




「叔母さま。もういいじゃない。後継者も育ったことだし、何よりここには二人の邪魔をする者は誰もいないわ」


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