第68話


「ときどきああやって、遠くからこちらを見ているときがある。今更だけど後悔しているのだろうね」


「あら、一人足らないような? 乳兄弟のオラースさまは?」


「殿下がしでかしたことで、嫡男の座を奪われることになったからね。本人は仕官の道を志して必死になっているそうだよ」


「殿下に嫡男の座を奪われる?」




 彼はアンジェリーヌが、殿下との婚約解消を求めて動き出した時に、一度だけジネベラの元へ来て何とか彼女と殿下を会わせてもらえないだろうかと、二人の復縁を願っているようだった。


 ジネベラは断ったが、彼は殿下を思い、動いていたように思えた。その彼がなぜ?




「殿下の次の婚約者は彼の妹らしい。公の発表はまだだけど水面下で動きがあるらしいよ。他の高位貴族令嬢達はみな婚約していて、殿下も後がないからね。側妃様はオロール公爵家との縁を逃して、ご機嫌斜めだそうで陛下も機嫌を取るのに大変だとか。でも、次の婚約者がオラースの妹となれば、仲良く交流していたし、機嫌も戻るのではという話だよ」


「誰から聞いたの? それ?」


「ここだけでの話ってことで」




 バーノが口元に人差し指を当てた。お口にチャックと言う事ね。と、ジネベラは理解した。




「殿下が婿入りとなると、嫡男であるオラースさまは跡継ぎから外されてしまうものね。それは面白くないわよね」


「まあね。彼の両親もこの話には乗り気らしい」


「オラースさまも不憫ね。あれほど殿下の為に尽くしてきたのに、最終的に何もかも奪われてしまうなんて」




 報われない人ねと言えば、自業自得だよとバーノは言う。




「散々、殿下のお側にいると言うことで、自分が特別な人間になったかのように傲慢に振る舞ってきたし、これから多少、苦労した方が彼の為になるんじゃないか。それはあの残った金魚の糞にも言える事だけど」


「ベヤールさまは学園卒業後、王宮の護衛隊の試験を受けると聞いていたけどどうなるかしらね?」


「彼も現実を見て苦労するんじゃない。学園とは違って世間は甘くないからね」




 彼が試験に落ちるのは目に見えているよと、バーノは言った。気が付けば視界の隅にいた殿下とベヤールの姿はなくなっていた。




「オラースの妹の見た目は可愛いけど、そのせいで甘やかされ放題で育ち、マナーも良く出来ていないと聞くし、今まで婚約者の一人もいなかったのはマナーの悪さに加えて、殿下が大好きすぎていつの日か彼の妻になると言い続けて見合いの話を一切、断っていたそうだよ。両親としては嫁として家から出せそうにもないから、どこかの後家か、愛人か、最悪修道院に送ることを考えていたようだから、今回の話に大乗り気なのだそうだ。親としては、長男は出来る子だから、仕官で何とか身を立ててくれと言うところだろうな」








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